スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
渡辺 淳之介(わたなべ じゅんのすけ、1984年〈昭和59年… 渡辺 淳之介(わたなべ じゅんのすけ、1984年〈昭和59年〉10月23日 - )は、日本の音楽プロデューサー、実業家、作詞家、ファッションデザイナー。株式会社WACKの創業者で元代表取締役。東京都八王子市出身。作詞家としてのクレジットは「JxSxK」。 BiS(新生アイドル研究会)の仕掛人として知られる。桐朋中学校卒業、桐朋高校中退、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。 都内でも有数の進学校に通うも中学2年生の頃に不登校となり、高校2年生で中退。当時バンドを組んでおり、デビューできる自信があったと語っている。しかしその後バンドの解散を機に音楽業界への就職を考え始め、学歴の必要性を感じたため大学入学資格検定を取得し、早稲田大学政治経済学部に入学。
大貫 卓也(おおぬき たくや、1958年 - )は、日本のク… 大貫 卓也(おおぬき たくや、1958年 - )は、日本のクリエイティブディレクター、アートディレクター、グラフィックデザイナー。大貫デザイン代表。多摩美術大学教授。 東京都出身。桐朋高校、多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業(1980年)。同年博報堂入社。新人の頃に任されたとしまえんの仕事でいきなり東京ADC賞を受賞。以降次々と話題作を世に出し「クリエイティブの博報堂」の象徴的存在となる。当時大貫が在籍していた同社の「宮崎グループ」は金鳥のCMなどで知られる電通関西「堀井組」と並ぶ名物チームとして業界にその名を轟かせ、優秀な美大生たちが次々と就職した。そのシンプルで強力な作風は佐藤可士和を初めとする多くのグラフィックデザイナーに影響を与えた。
海藤 春樹(かいとう はるき、1947年3月28日 - )は… 海藤 春樹(かいとう はるき、1947年3月28日 - )は、日本の照明デザイナー、ライトコンポーザー。国内外の数多くのステージライティング、店舗の照明を手がける。株式会社海藤オフィス代表。一般社団法人 光と音・環境文化研究院 代表理事。 東京都出身。桐朋中学校・高等学校を卒業。日本大学藝術学部演劇学科卒業。 1970年頃から照明デザイナーとして活動開始。 演劇、ミュージカル、コンサートなどの舞台照明では「見せるもの」が一番引き立つような、「照明自体の存在を感じさせない照明」として常に独自の手法をつかい空間を作り出している。近年はアートディレクターとしても多くのプロジェクトを手がけている。 2006-2010年、芸大客員教授・東京芸術大学非常勤講師・ICSカレッジオブアーツ特別講師。
松田光弘(まつだ みつひろ 1934年4月2日 - 2008… 松田光弘(まつだ みつひろ 1934年4月2日 - 2008年5月17日)は、日本のファッションデザイナー。 1934年4月2日、東京八王子の呉服店に生まれる。桐朋中学校・高等学校を経て早稲田大学教育学部を卒業後、文化服装学院、セツ・モードセミナーで学び、三愛へ入社する。退職後の1967年3月、ファッションブランド「ニコル」を立ち上げ、数寄屋橋阪急に店舗をオープンする。その後、1971年には服飾会社である株式会社ニコルを設立して代表取締役となる。ファッションの創作においては、コントラストの強い色調や複数テーマによるデザイン傾向もみられた。肝細胞癌のため、2008年5月17日に東京で逝去。