三村 明(みむら あきら、1901年1月6日 - 1985年… 三村 明(みむら あきら、1901年1月6日 - 1985年12月23日)は、大正、昭和期の撮影監督、映画監督。日本映画カメラマン創始者の一人。海外ではハリー・三村 (Harry Mimura) の名前で知られる。 父は戦艦霧島や戦艦日向の艦長を務めた海軍少将・三村錦三郎。広島県安芸郡江田島町(現江田島市)生まれ。1919年(大正8年)逗子開成中学を卒業し、同年9月に渡米した。シアトルのスクールを経て、1924年、シカゴのニコラスセン大学予科を卒業した。全米で拡がりつつあった排日運動の払拭に際し、「キャメラマンとなってアメリカ人に日本の正しい姿を見せたい」との思いで映画界に入ることを決意したといわれる。
