スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
橘 俊江(たちばな としえ、1969年9月12日 - )は、… 橘 俊江(たちばな としえ、1969年9月12日 - )は、日本のフリーアナウンサー。 石川県立小松高等学校、日本女子大学を卒業後、大手コンピュータ会社のシステムエンジニアになるが、NHK長野放送局が1998年長野オリンピックの開催を前にして契約キャスターを募集していることを知り、これに応募・合格。放送業界へ転向し、オリンピック関連の番組を主に担当する。 NHKとの契約の終了後、2000年に北陸放送 (MRO) に入社。同局のアナウンサーになり、テレビ番組とラジオ番組の双方に出演する。 後に北陸放送を退社し、フリーに転向。2009年から2010年までQVCのショッピングナビゲーターを務めていた。
塚田 誉(つかた ほまれ、1963年(昭和38年)9月25日… 塚田 誉(つかた ほまれ、1963年(昭和38年)9月25日 - )は、石川県を拠点に活躍する日本のフリーアナウンサー。 石川県加賀市出身。父親は山中塗の蒔絵師。加賀市立山代小学校、加賀市立山代中学校、石川県立小松高等学校を経て上智大学文学部心理学科を卒業後、1986年テレビ宮崎にアナウンサーとして入社。1990年2月、開局準備中だった地元のテレビ金沢に入社。 2007年4月から土曜夕方の情報番組『Smile!』で冠コーナーとなる「誉のドコ行く?」がスタート。同番組終了後は平日夕方の『となりのテレ金ちゃん』『花のテレ金ちゃん』に引き継がれ、現在も放送されている(後述)。 2016年1月に交通事故により両足を骨折。
上坂 典子(うえさか のりこ、1961年1月7日 - )は、… 上坂 典子(うえさか のりこ、1961年1月7日 - )は、日本のフリーアナウンサー。元北陸放送(MRO)アナウンサー。石川県小松市出身。現在は、北陸放送の番組を中心に出演している。 父親の転勤で栃木県、東京都などを転々としたあと帰郷し地元の石川県立小松高等学校を卒業、成城大学文芸学部に進学し、卒業後、1983年に北陸放送へ入社。1998年に北陸放送を退社後は、フリーの立場で古巣の北陸放送やえふえむ・エヌ・ワンの出演(後者は現在出演していない)のほか、イベントの進行などの活動をしている。特に、毎年1月に石川県能美市で開催されていた「松井秀喜選手と新春市民の集い」の進行は様々なやり取りがあり有名であった。
笹原 忠義(ささはら ただよし、1954年6月6日 - 20… 笹原 忠義(ささはら ただよし、1954年6月6日 - 2014年5月17日)は、日本の実業家、元アナウンサー。石川県加賀市出身。 加賀市立山代中学校 → 石川県立小松高等学校を経て、慶應義塾大学法学部卒業後の1977年に北陸放送へアナウンサーとして入社。笹原自身はアナウンサー志望ではなかったため、入社試験時は一般職を受験した。当時の入社試験では全員が長いニュース原稿を読まされる中で笹原だけが息継ぎせずに一息で読み、その面白さからアナウンサーとして採用された。これは自慢ではあったが、肺活量が5,600ccもあったという。 1998年には細川久米夫市長の収賄容疑での逮捕、辞職に伴い、旧松任市の市長選挙への立候補を打診されたが断っている。
辰巳 平一(たつみ ひらかず、1948年9月25日 - )は… 辰巳 平一(たつみ ひらかず、1948年9月25日 - )は、北陸放送の元アナウンサー。 石川県能美郡寺井町(後の能美市佐野町)出身。石川県立小松高等学校卒業。 1972年に北陸放送に入社し、同局のアナウンサーになる。同期に、同じくアナウンス職に就いた西川章久と記者職に就いた矢田富郎がいる。 定年退職してからも、引き続きMROラジオ『げつきんワイド!おいね★どいね』のパーソナリティを務めていた。また社外では、北陸学院大学社会学科の非常勤講師、能美市町会連合会総会の会長、石川県教育文化財団の理事を務めている。