スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
諸江 剣語(もろえ けんご、1987年2月23日 - )は、… 諸江 剣語(もろえ けんご、1987年2月23日 - )は、石川県金沢市出身の元フットサル選手。フットサル日本代表。フリーザ。ポジションはフィクソ、アラ(2021より)。 石川県金沢市出身。小学年代では中村わかばとサッカースポーツ少年団に所属、中学年代では泉クラブのジュニアユース1期生であり、10番を背負った泉クラブでは2002年の第7回全日本ユース (U-15) フットサル選手権大会で準優勝した。高校年代では長時間電車に揺られて静岡県までセレクションを受けに行き、静岡学園高校にサッカー留学。11番を背負ってレギュラーを張った。同期には狩野健太、中村友亮、加門亮平、1学年上には小林祐三、松下幸平、横山拓也、1学年下には杉山力裕、先崎勝也などがおり、中村とは現在も親友の間柄である。
中村 友亮(なかむら ゆうすけ、1986年10月6日 - )… 中村 友亮(なかむら ゆうすけ、1986年10月6日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手、現フットサル選手。サッカーでのポジションはミッドフィールダー、フットサルでのポジションはアラ。しながわシティ所属。2014年からフットサル日本代表。 154cmと小柄ではあるが瞬発力やテクニックに秀で、ドリブル突破を持ち味としている。2014-15シーズンのFリーグ登録選手中もっとも身長の低い選手である。 サッカー推薦ではなく一般入学で静岡学園高等学校に入学し、3年間親元を離れて寮生活をした。入学当初はA・B・Cと3チームある中で最下級のCチームだったが、1年冬にはAチームに昇格し、2年次には右ウイングのレギュラーとして全日本ユース選手権で準優勝し、サッカー静岡県選抜にも選出された。
渡井 博之(わたい ひろゆき、1985年3月5日 - )は、… 渡井 博之(わたい ひろゆき、1985年3月5日 - )は、静岡県静岡市出身のフットサル選手。フットサル日本代表。 静岡学園高等学校では同学年に安藤淳や谷澤達也、1学年上に永田充、1学年下に小林祐三、松下幸平、横山拓也がいた。3年時には選手権に出場(1回戦敗退)。 東海フットサルリーグのXEBRA SHIZUOKAを経て、2009年に関東フットサルリーグのFUGA TOKYOに移籍。FUGAでは地元の目黒区に住み、10番を背負った。2010年8月の神津島合宿ではチームメイトと野球やキックベースを楽しんでいる。 2011年にはFリーグのデウソン神戸に移籍したが、11月には肋軟骨を骨折して寝返りも打てない苦しい日々を送った。
後呂 康人(うしろ やすと、1983年7月29日 - )は、… 後呂 康人(うしろ やすと、1983年7月29日 - )は、ペスカドーラ町田所属のフットサル選手。ポジションはアラ・ピヴォ。 小学2年からサッカーを始め、高校時代は静岡学園高等学校サッカー部に所属、卒業後は福井工業大学に進学しサッカー部に所属。 2004年大学2年時に、NIKE主催でリフティングパフォーマンスを競うフリースタイルクラッシュの東京、大阪両大会で優勝し、初代日本一に輝いた。 大学卒業後、フットサルに転向。ペスカドーラ町田の母体となったCASCAVELに入団しFリーグ参入後もプレーを続けた。 2010年にペスカドーラ町田を退団し、ステラミーゴいわて花巻に移籍。キャプテンとして2年間プレーしたのち、ブラジルサンパウロ州1部リーグA.A.A ITAPEVAに移籍。
広山 晴士(ひろやま はるお、1971年6月16日 - )は… 広山 晴士(ひろやま はるお、1971年6月16日 - )は、日本の元サッカー選手、フットサル選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはフォワード。 愛知県の刈谷81FCの出身で、静岡学園高校では加藤正浩と同期。高校卒業後、ジヤトコサッカー部を経て、1991年に日本サッカーリーグ2部の読売ジュニオールに加入。同年8月18日に行われたJSLカップ1回戦のトヨタ自動車戦で公式戦デビュー。 1992年、読売ジュニオールが日本プロサッカーリーグのヴェルディ川崎のサテライトチームとして再編されたことに伴い、同クラブに加入。トップチームでの出場機会はなく、1993年限りで退団した。 その後はフットサル選手に転向すると、AZULやP.S.T.C LONDRINAなどでプレーし、日本のフットサル界の草分けのひとりとなった。