スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
酒井 大輔(さかい だいすけ、1980年6月19日 - )は… 酒井 大輔(さかい だいすけ、1980年6月19日 - )は、愛知県瀬戸市出身の元プロ野球選手(投手)。 松坂世代の一人。春日丘高では3年春の県大会で優勝。高校時代はMAX146km/hの投手であり、また50m5秒7の俊足と高校通算35本塁打という強打もあり、上位指名候補としても名前が挙がっていた。1998年のドラフト7位で広島東洋カープに入団。指名時のコメントで、「カープは好きな球団だった。」と発言した。 野手として期待しての獲得で本人も乗り気だったが、思いのほか投手としての力があったため、投手1本で行くことになった。カープキャンプを視察に来ていた江川卓も投球を見て「山口高志の再来。野手で育てると言うことだが、これだけのボールなら投手で見たい。
風岡 尚幸(かざおか なおゆき、1968年1月24日 - )… 風岡 尚幸(かざおか なおゆき、1968年1月24日 - )は、愛知県春日井市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、コーチ。 中部大春日丘高より、1985年のドラフト会議で阪急ブレーブスに6位指名されて入団。背番号は62。安定した遊撃の守備は「弓岡2世」と評された。 1988年に初めて一軍公式戦に出場。 1991年に38試合に出場。その後は1年おきに一軍に40 - 60試合出場する。 1993年オフに背番号を37に変更。 1997年オフにオリックスを自由契約になり阪神タイガースにテスト入団。移籍後も背番号が変わらなかった。 1998年は吉田義男監督の下で61試合に出場する(出場試合数は自身2番目に多かった)。
熊澤 秀浩(くまざわ ひでひろ、1966年7月30日 - )… 熊澤 秀浩(くまざわ ひでひろ、1966年7月30日 - )は、岐阜県土岐市出身の元プロ野球選手(捕手)。 中部大春日丘高では2年秋の県決勝リーグ全敗で4位となり明治神宮大会に出場、3年夏は県大会ベスト4。1984年のプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから4位指名を受け入団。 一軍出場のないまま1990年限りで現役を引退。ブルペン捕手を経て、1996年から2012年まで二軍コーチを務めた。 達川光男のブログによると、キャッチングが非常に上手く、そのキャッチングは一軍の達川光男以上であり、ブルペンでは北別府学の球をよく受けていた。 日刊スポーツ新聞社発行の選手名鑑(1987)に「熊沢天皇の末裔」と紹介されたことがある。