スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
高木 勇人(たかぎ はやと、1989年7月13日 - )は、… 高木 勇人(たかぎ はやと、1989年7月13日 - )は、三重県津市出身のプロ野球選手(投手)、コーチ。右投右打。ベースボール・チャレンジ・リーグの神奈川フューチャードリームス所属。 小学4年から野球を始め、三重・海星高校では投手として2年秋に県大会優勝、東海大会4強。3年夏は準決勝で中井大介がいた宇治山田商業高校に敗れた。プロ志望届を提出したが指名はなかった。 高校卒業後は社会人野球・三菱重工名古屋に7年在籍。都市対抗大会に6度出場(うち2度は補強選手)。最速153km/hの速球は各球団のスカウトからも注目され、毎年のようにドラフト候補に挙がっていた。制球の悪さがネックとなり指名を見送られ続けたが、2014年に大きく改善され、10月のドラフトにて読売ジャイアンツから3位指名を受け入団。
岡本 篤志(おかもと あつし、1981年5月20日 - )は… 岡本 篤志(おかもと あつし、1981年5月20日 - )は、三重県名張市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。現役時代は一貫して西武ライオンズ・埼玉西武ライオンズに所属。2016年の現役引退を機に、タレントとして活動している。 大阪府茨木市で出生。小学校5年生の時に、三重県名張市へ転居した。 海星高等学校(三重県)の2年生だった1998年には、140km/hを超える速球を武器に、エースとして第80回全国高等学校野球選手権大会に出場。翌1999年の第71回選抜高等学校野球大会では、チームを準々決勝進出に導いた。3季連続で阪神甲子園球場での全国大会出場を目指した夏の三重県大会でも決勝に進んだが、3点リードの9裏に4点を失ってサヨナラ負けを喫した。
広田 庄司(ひろた しょうじ、1975年4月3日 - )は、… 広田 庄司(ひろた しょうじ、1975年4月3日 - )は、三重県四日市市出身の元プロ野球選手(投手)。 海星高等学校では3年春、夏とエースとして甲子園に出場。本格派左腕投手として注目されるが、春は真木将樹擁する東筑紫学園に、夏は平井正史がエースの宇和島東に初戦で敗れる。東都大学野球リーグの立正大学へ進学、入学時は西口文也が4年生エースだったが、春からリーグ戦に登板。秋から2部降格も最優秀選手、最優秀投手となる活躍で西口との両輪で翌春の1部復帰を決める。東都大学1部リーグ通算53試合登板、15勝27敗、防御率3.41、262奪三振。2部リーグ通算7試合、6勝0敗、防御率1.45。 プロも注目していたが日本通運へ進み、木村一喜とのバッテリーで1年目のスポニチ大会で優勝に貢献、日本選手権では大会タイ記録の6者連続三振。
北野 勝則(きたの かつのり、1967年10月10日 - )… 北野 勝則(きたの かつのり、1967年10月10日 - )は、三重県出身の元プロ野球選手(投手)。 小学6年の時に野球を始める。三重・海星高3年時の1985年に、エースとして第67回全国高等学校野球選手権大会に出場。3回戦で東海大甲府高に敗れたものの、オーバースローによる本格派のサウスポーとして、NPB球団のスカウトから注目された。 1985年のプロ野球ドラフト会議で、横浜大洋ホエールズからの4位指名を受けて入団。背番号は48で、身長が187cmだったことから、「ジャンボ」というニックネームが付けられた。 プロ2年目の1987年には、MLBテキサス・レンジャーズ傘下(当時)のルーキー級ビュート・カッパーキングスに野球留学。