スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
畑 耕一(はた こういち、1974年1月18日 - )は、日… 畑 耕一(はた こういち、1974年1月18日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 京都府京都市出身。花園高校、法政大出身。 1996年、法大監督の勧めで住友金属ギラソールへ入部。同年度の実業団リーグ(現チャレンジリーグ)優勝に貢献、Vリーグ(現プレミアリーグ)昇格を果たす。しかし、母体の都合でギラソールは1998年3月付で廃部となった。 他の選手がクラブチーム「福岡ワンダーズ」を立ち上げ活動している中、畑は移籍を決意したがなかなかチームが見つからなかった。そこへくまもと未来国体に向けて強化していた財団法人熊本県スポーツ振興事業団から声がかかる。1999年、(財)熊本県スポーツ振興事業団に国体までの短期契約で入社する。
小糸 敬夫(こいと たかお、1973年8月27日 - )は、… 小糸 敬夫(こいと たかお、1973年8月27日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 京都府京都市出身。ジュニア代表に選ばれアジアジュニアで準優勝。亜細亜大学卒業後、1996年に松下電器(現在のパナソニックパンサーズ)に入団した。以前は選手兼任コーチとしても活躍していた。 ベテランのリベロとして長年チームを支えた。2011年退団。
西村 晃一(にしむら こういち、1973年6月30日 - )… 西村 晃一(にしむら こういち、1973年6月30日 - )は、日本の男子バレーボール選手、ビーチバレー選手。WINDS所属。妻は菅山かおる。 京都府京都市出身。山階南小学校4年生の頃からバレーボールを始め、京都市立山科中学校、花園高等学校、立命館大学に進学する。中学3年時の全国都道府県対抗中学バレーボール大会(さわやか杯)、高校3年時の春高バレー、大学4年時の西日本インカレではアタッカーとして優勝を経験した。 1996年、NECホームエレクトロニクスに入社、1年で廃部となりNECブルーロケッツに移籍し、アタッカーとして活躍した。Vリーグ、黒鷲旗で優勝。1998年にリベロとして全日本に選出された。
酒井 新悟(さかい しんご、1969年8月20日 - )は、… 酒井 新悟(さかい しんご、1969年8月20日 - )は、日本のバレーボール指導者。 滋賀県大津市出身。京都市の花園高等学校・国士舘大学卒業後、地域リーグ日本電装の選手として、実業団リーグの昇格を目指したが、入れ替え戦で勝つことができず、活動休止。福島国体を進める福島県から声がかかり、教員採用試験を受け合格、同県の中学教諭を務めながら、代表チームの一員となる。 国体終了後、当時V1リーグ(2部リーグ)の象印タフボーイズ入り、バレーボール選手として復帰。しかし廃部となった。1999年に新日鉄ブレイザーズ(現・堺ブレイザーズ)に移籍、リベロを担当。引退後はチームに残り、2002年から2009年までコーチ、その間2008年には全日本ジュニアチームのコーチ、そして2009年から2014年まで監督を務め、チームは2010/11シーズンと2012/13シーズンにリーグ優勝を果たした。