スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
水井 泰子(みずい やすこ、1975年9月19日 - )は、… 水井 泰子(みずい やすこ、1975年9月19日 - )は、日本の元バドミントン選手、現性:須賀。夫は、法政大学バドミントン部総監督の須賀隆弘、姉はバドミントン選手の水井妃佐子。 奈良県大和高田市出身。姉である妃佐子の影響でバドミントンを始める。姉と同じ四條畷学園中学校・高等学校に進学。中学校時代は全国中学校バドミントン大会で3年連続出場して1990年、中学校3年次では女子シングルスで優勝を果たしている。 四條畷高校進学後は全国高等学校総合体育大会に3年連続出場し、高校1年(1991年)、高校2年(1992年)と女子シングルスで2年優勝、高校3年(1993年)も決勝に進出したが、中山智香子(当時・旭川実業高等学校)に敗れて3連覇を逃している。
水井 妃佐子(みずい ひさこ、1972年3月29日 - )は… 水井 妃佐子(みずい ひさこ、1972年3月29日 - )は、日本の元バドミントン選手。妹は同じ日本代表のバドミントン選手である水井泰子。 奈良県大和高田市出身。四條畷学園高等学校時代、1989年11月、平成元年度全国高等学校総合体育大会女子シングルスで、当時:熊本中央高等学校の宮村愛子(その後、アトランタ五輪日本代表)を破って優勝。四條畷学園女子短期大学進学後、1990年の全日本総合バドミントン選手権大会で初優勝。同短期大学卒業後、1992年4月、フジチュー(後のMMGアローズ)に入社。 1992年バルセロナオリンピックの女子シングルスと女子ダブルスに出場し、シングルスベスト16、鴻原春美と組んだダブルスでもベスト16。
鴻原 春美(こうはら はるみ、1965年6月24日 - )は… 鴻原 春美(こうはら はるみ、1965年6月24日 - )は、日本の元バドミントン選手。現姓:岩城。 大阪府大東市出身。中学校1年からバドミントンを開始し、四條畷学園中学校・高等学校在学時は、1980年、全国中学校選手権優勝、1982年度高校選抜において、女子シングルス3位、ダブルス優勝、1983年度、全国高校学校総合体育大会は女子シングル、ダブルス共に優勝。1984年3月、同中学・高校卒業後、同年4月、四條畷学園女子短期大学に進学。1984年、全日本学生バドミントン選手権大会シングルス優勝、1985年、同大会シングルス連覇、ダブルス優勝。 1986年1月、台北オープン女子ダブルス2位、3月、ヨネックス・ジャパンオープン3位、同月同短大卒業後、同年4月、三洋電機に入社。
徳田 敦子(とくだ あつこ、1955年〈昭和30年〉9月15… 徳田 敦子(とくだ あつこ、1955年〈昭和30年〉9月15日 - )は、日本のバドミントン選手。本名:津谷 敦子。 大阪府出身。四條畷学園中学校・高等学校卒業、四條畷学園短期大学卒業。卒業後はサントリーに入社し、全日本総合バドミントン選手権大会で1978年に女子シングルス優勝、女子ダブルスで1977年と1978年に高田幹子と、米倉よし子と1979年から1984年、1986年、1987年に合計10度優勝。1981年には東宮御所に招待され、当時の皇太子明仁夫妻と歓談している。 1992年8月25日、桜田淳子、山﨑浩子らとともに韓国のソウルオリンピックスタジアムで行われた統一教会の合同結婚式に参加した。