スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
増田 里絵(ますだ りえ、1987年4月27日 - )は、兵… 増田 里絵(ますだ りえ、1987年4月27日 - )は、兵庫県姫路市出身の元女子プロ野球選手(内野手)。 赤穂高時代は、バドミントン部に所属。高校1年時には、兵庫県ベスト8に入り、全国大会にも出場。 小さい頃から野球が好きで、阪神タイガース鳥谷敬内野手に憧れ地元で草野球を始める。関西独立リーグに加盟していた明石レッドソルジャーズの試合を見に行った際に、選手の家族らを通して北川公一監督に硬式野球への思いを伝え、練習生としてチームに入団することが許された。当時勤めていた会社を辞め、23歳にして本格的に野球を始めた。2010年9月12日、支配下登録され、吉田えりに続く2人目の男性と同一チームでプレーする女性プロ野球選手となった。
坂野 日出一(さかの ひでかず、1940年3月25日 - )… 坂野 日出一(さかの ひでかず、1940年3月25日 - )は、兵庫県出身の元プロ野球選手。 赤穂高校から播磨造船所を経て1961年に阪急ブレーブスへ入団。 1963年に国鉄スワローズへ移籍。同年に引退。
中村 敏行(なかむら としゆき、1936年7月22日 - 1… 中村 敏行(なかむら としゆき、1936年7月22日 - 1979年12月7日)は、兵庫県出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 赤穂高校では遊撃手として活躍。1953年秋季近畿大会県予選準々決勝に進むが、喜吉文雄(大映スターズ)を打線の中軸とする滝川高に9回サヨナラ負け。翌1954年夏の甲子園県予選では決勝に進むが、またもや滝川高に完封負けを喫し甲子園出場を逸する。 1955年に大洋ホエールズへ当初は投手として入団。当時の選手名鑑では速球、カーブが武器の投手と書かれていた。1年目から一軍に上がり、三塁手として6試合に先発。翌1956年は、6月から手塚耀朗に代わり三塁手の定位置を獲得。主にチャンスメーカーとして63試合に先発出場を果たし、打率.251を記録した。