スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
高島 宗一郎(髙島 宗一郎、たかしま そういちろう、1974… 高島 宗一郎(髙島 宗一郎、たかしま そういちろう、1974年〈昭和49年〉11月1日 - )は、日本の政治家。福岡市長(4期)。元アナウンサー。 大分県大分市生まれ。父は地元局・元大分放送アナウンサー(元社長室長)の高島晋一郎。母方の祖父は元豊後高田市長の倉田安雄。また親族に元日本テレビアナウンサーの小林完吾がいる。 大分県立大分舞鶴高等学校、獨協大学法学部卒業後、KBC九州朝日放送に入社。『アサデス。』メインキャスターや『ワールドプロレスリング』の実況などを務めた。同期には田崎日加理(退社)、宮本啓丞らがいる。 2009年4月、九州大学大学院法学府政治学専攻専修コース修士課程に入学。熊本県議(現・熊本市長)の大西一史とは研究室で隣の席であった。
吉良 州司(きら しゅうじ、1958年〈昭和33年〉3月16… 吉良 州司(きら しゅうじ、1958年〈昭和33年〉3月16日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(7期)、外務副大臣(野田第3次改造内閣)、外務大臣政務官(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、衆議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、院内会派「有志の会」代表、院内会派「有志・改革の会」代表等を務めた。 吉良は警察官である吉良市雄の子供として大分県玖珠郡玖珠町に生まれた(現在は大分市青葉台に在住)。大分県立大分舞鶴高等学校、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。大学卒業後、日商岩井(現:双日)に入社。在職中、ブラジルのジュイス・デ・フォーラ連邦大学に留学する。その後ニューヨーク本社インフラ・プロジェクト部長を経て、2002年に退職。
礒崎 陽輔(いそざき ようすけ、1957年〈昭和32年〉10… 礒崎 陽輔(いそざき ようすけ、1957年〈昭和32年〉10月9日 - )は、日本の政治家。 自治・総務官僚。自由民主党所属の前参議院議員(2期)。 第2次安倍内閣・第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣で内閣総理大臣補佐官(国家安全保障及び選挙制度担当)を、第3次安倍第2次改造内閣・第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣で農林水産副大臣、参議院行政監視委員長・文教科学委員長等を歴任。 選挙に関係する活動では、名前の表記にしばしば「いそざき陽輔」を用いる。 大分県大分市上野生まれ。佐伯市立佐伯小学校、大分市立上野ヶ丘中学校、大分県立大分舞鶴高等学校、東京大学法学部(京極純一ゼミ)卒業。1982年4月、自治省(現総務省)に入省。
足立 信也(あだち しんや、1957年〈昭和32年〉6月5日… 足立 信也(あだち しんや、1957年〈昭和32年〉6月5日 - )は、日本の医師、医学者、政治家。大分市長(1期)。筑波大学客員教授、大分大学客員教授。 医師として筑波メディカルセンター病院診療部部長、国立霞ヶ浦病院消化器科医長、筑波大学臨床医学系外科助教授、同外科講師、きぬ医師会病院外科診療科長などを歴任。 政界進出後は厚生労働大臣政務官(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、参議院政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員長、国民民主党参議院幹事長(初代)、旧国民民主党政務調査会長(初代)、民進党政務調査会長(第4代)などを歴任した。 大分県大分市上戸次で、父・二也(つぎや)、母・ウメノの次男として生まれた。
首藤 勝次(しゅとう かつじ、1953年(昭和28年)10月… 首藤 勝次(しゅとう かつじ、1953年(昭和28年)10月7日 - )は、日本の政治家。大分県竹田市長(3期)。元大分県議会議員(3期)。 大分県直入郡直入町長湯(現・竹田市)出身。大分県立大分舞鶴高等学校卒業。 1972年(昭和47年)4月、同志社大学工学部入学。同大学中退。 1976年(昭和51年)4月、父親の死去に伴い帰省。直入町役場に就職。 2001年(平成13年)3月、退職し有限会社大丸旅館社長に就任。 2002年(平成14年)5月、大分県議会議員に就任。 2003年(平成15年)、2選。 2004年(平成16年)2月、国土交通省の第5回「観光カリスマ」に選定される。 2005年(平成17年)4月1日、旧竹田市、直入郡荻町、久住町、直入町が合併し、新市制による竹田市が誕生。
後藤 博子(ごとう ひろこ、1948年(昭和23年)5月21… 後藤 博子(ごとう ひろこ、1948年(昭和23年)5月21日 - )は、日本の政治家、社会活動家。国民新党の元参議院議員(1期)。 大分県大分市出身。一男一女をもうける。国際協力事業団(JICA)支援によりブラジルのアマゾナス州マナウスに家族で工業移住。 マナウス日伯文化協会の日本語学校で日系二世・三世に日本語や日本文化について指導する。 2001年(平成13年)の第19回参議院議員通常選挙では自由民主党の公認を受け、大分県選挙区から出馬し参議院議員に初当選。2004年(平成16年)、政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が発覚している。2005年(平成17年)8月8日、郵政民営化関連法案の参議院本会議採決では反対票を投じ、「郵政解散」につながる同法案否決への道を開いた。
釘宮 磐(くぎみや ばん、1947年(昭和22年)10月6日… 釘宮 磐(くぎみや ばん、1947年(昭和22年)10月6日 - )は、日本の政治家。 大分県大分市長(3期)、衆議院議員(1期)、参議院議員(1期)、総務省顧問(鳩山由紀夫内閣)、九州市長会会長、参議院外務委員長、大分県議会議員(2期)などを歴任した。 大分県大分市出身。大分県立大分舞鶴高等学校、明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業。大学卒業後は東京都社会福祉協議会に勤務する。 1987年、大分県議会議員選挙に立候補し、初当選。1991年の県議選で再選されたが、翌1992年に県議を辞職。第16回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で大分県選挙区から立候補し、初当選した。1993年、自民党を離党して新生党の結党に参加。