スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
山尾 伸一(やまお しんいち、1968年8月6日 - )は、… 山尾 伸一(やまお しんいち、1968年8月6日 - )は、宮崎県都城市出身の元プロ野球選手(外野手)。 現在は、個人でトレーナー業を営む。 都城西高から、1986年のプロ野球ドラフト会議で西武ライオンズから6位指名を受け入団。 一軍出場のないまま、1990年限りで現役を引退。 引退後はトレーナーに転身。清原和博、石毛宏典、小久保裕紀、斉藤和巳らのトレーナーを歴任したのち、2005年秋より寺原隼人と個人契約しスランプに陥っていた寺原の筋力を強化させ復活への目途をつけた。2007年シーズンより。再び小久保の個人トレーナーとして再契約した。
益田 明典(ますだ あきのり、1965年9月23日 - )は… 益田 明典(ますだ あきのり、1965年9月23日 - )は、宮崎県都城市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。左投左打。 2019年2月6日より、愛知学院大学硬式野球部の監督を務める。 都城西高から愛知学院大学に進学。愛知大学リーグでは4年時に2季連続でリーグ優勝に貢献し、最優秀選手とベストナインに選ばれた。明治神宮大会では初戦で近大の山内嘉弘と投げ合って完投勝利。リーグ戦通算35試合登板、23勝7敗、防御率1.95。1987年のNPBドラフト会議で読売ジャイアンツから5位指名を受け入団した。背番号は33。 プロ1年目の1988年に一軍初登板を含む2試合、2年目の1989年に3試合に登板しただけで、その後は一軍登板はなく1991年に現役を引退。
大井 久士(おおい ひさし、1963年10月22日 - )は… 大井 久士(おおい ひさし、1963年10月22日 - )は、宮崎県都城市出身の元プロ野球選手(捕手)・コーチ。 西武ライオンズ入団から現役選手(9年間)・チームスタッフ(17年)・二軍バッテリーコーチ(3年)時代を含め、西武一筋29年間で、黄金期を支えた人物の一人である。 都城西高から、1981年オフにドラフト外で西武ライオンズに入団。1984年には米国1Aサンノゼ・ビーズへの留学を経験したが、常に故障との戦いで一軍出場を果たせず、1990年に現役を引退。 引退後も西武に残り、チームスタッフ(1991年 - 2007年)→二軍バッテリーコーチ(2008年 - 2010年)を務めた。チームスタッフではブルペン捕手を務め、投手の投球練習時におけるサポートや投手の調子を的確に把握した上で必要に応じて、チーム首脳陣に報告などの業務を担当。