スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
横山 真奈(よこやま まな、2000年12月12日 - )は… 横山 真奈(よこやま まな、2000年12月12日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 宮崎県宮崎市出身。姉の試合を観たのがきっかけで小学4年生からバレーボールを始めた。 2015年、第29回JOC全国都道府県対抗中学バレーボール大会に出場し、優秀選手賞を受賞した。宮崎日本大学高等学校を経て、2019年、鹿屋体育大学に進学。九州大学リーグ戦は、春季・秋季とも4年間優勝。2019年秋季に新人賞を受賞。2022年には、春季・秋季両方でスパイク賞、ブロック賞、ベストスコアラー賞を受賞した(春季は猛打賞も受賞)。また、2020年には、全日本大学選手権大会(全日本インカレ)で優勝し、MIP賞、スパイク賞、サーブ賞を受賞した。
東 美奈(ひがし みな、2000年3月4日 - )は、日本の… 東 美奈(ひがし みな、2000年3月4日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 宮崎県都城市出身。母の影響で小学1年生からバレーボールを始める。 宮崎日本大学高等学校を経て、2018年、鹿屋体育大学に進学。2018年と2019年、西日本インカレで連覇。2020年、全日本インカレで優勝に貢献し、自身もセッター賞を受賞した。 2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するJTマーヴェラスの内定選手となった。 2022年、大学卒業後に、JTマーヴェラスに入団した。入団1シーズン目となる2022/23シーズン、2022年10月29日に開催されたV1の開幕戦(デンソーエアリービーズ戦)に第3セットから途中出場し、Vリーグデビューを果たした(試合は逆転勝ち)。
中島 咲愛(なかじま さえ、1999年6月18日 - )は、… 中島 咲愛(なかじま さえ、1999年6月18日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 宮崎県宮崎市出身。姉の影響で小学1年生からバレーボールを始める。 宮崎日本大学高等学校を経て、鹿屋体育大学に進学。2020年、全日本インカレで優勝に貢献し、自身もレシーブ賞を受賞した。 2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する久光スプリングスの内定選手となった。 2022年、大学卒業後に、久光スプリングスに入団した。2022/23シーズンの2022年11月5日、V1女子の岡山シーガルズ戦に第4セットから出場し、Vリーグデビューを果たす。セットカウント1-2でリードされている展開からの出場で、そこからの逆転勝ちに貢献した。
井村 仁美(いむら ひとみ、1979年5月14日 - )は、… 井村 仁美(いむら ひとみ、1979年5月14日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。 宮崎県延岡市出身。小学2年よりバレーボールを始める。宮崎日大高校在学時にはインターハイや春高バレーなどを経験。 鹿屋体育大学在学中には、全日本インカレ2年連続準優勝に貢献し、自らもレシーブ賞を獲得した。2001年、Vリーグ武富士バンブーの内定選手となる。 2003年、第9回Vリーグにおいて新人賞に輝いた。また2004年から2006年にかけてチーム主将を務めた。2007年、現役引退。 2014年5月、デンソーエアリービーズのコーチに就任。 2016年10月、デンソーエアリービーズで選手兼コーチとして9年ぶりの現役復帰を発表した。
船崎 恵視(ふなさき めぐみ、現姓:安田、1977年8月14… 船崎 恵視(ふなさき めぐみ、現姓:安田、1977年8月14日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、現指導者。 宮崎県宮崎市出身。友人に誘われて小学5年よりバレーボールを始める。走ることが大好きだったので、中学では陸上部を選択したが、バレーボールへの思いが強くなり、少しでも役立つとの思いからハイジャンプの練習に集中した。高校は県内バレー強豪校の宮崎日大高校へ進学する。セッターとして出場した1年生大会で優勝し、3年次にも宮崎代表となった。 香蘭女子短期大学卒業後、V1リーグの武田薬品に入部したが、3年後に廃部。JTマーヴェラスを経て茂原アルカスに入部するも後に廃部となり、2006年、Vプレミアリーグに昇格したばかりのトヨタ車体クインシーズに入部した。
谷口 雅美(たにぐち まさみ、1976年9月17日 - )は… 谷口 雅美(たにぐち まさみ、1976年9月17日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、スタッフ。 宮崎県宮崎市出身。小学校4年生からバレーボールを始める。宮崎日大高校を経て1995年、小田急ジュノー入団。1999年小田急休部に伴い日立ベルフィーユに移籍するが、2001年日立廃部に伴いJTマーヴェラスへ移籍。第5回V1リーグから第12回Vリーグまで主将を務めた。 強烈なジャンプサーブと高さのあるスパイクを武器に、2006-07Vプレミアリーグにおいて、日本人最多得点を挙げる活躍でチーム初のリーグ準優勝に貢献。ベスト6を受賞した。その後も国内では得点を量産する活躍で、第57回黒鷲旗大会で敢闘賞を受賞、同大会から3大会連続でベスト6賞を獲得した。
江口 理代(えぐち まさよ、1976年2月5日 - )は、日… 江口 理代(えぐち まさよ、1976年2月5日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 宮崎県宮崎市出身。中学校1年生からバレーを始め、宮崎日大高校から鹿屋体育大学を経て、鳥栖久光に所属するまでは高校の教員をしていた。久光製薬スプリングスではチーム屈指のマルチプレーヤーとして第8回Vリーグ優勝に貢献。2004年久光退団後、故郷宮崎県で会社勤めをしていたが、2005年当時の監督アリー・セリンジャーに請われてパイオニアレッドウィングスで現役復帰し、同年の第12回Vリーグ優勝に貢献した。 2006年、全日本代表候補に選出されたが、膝の故障を理由に辞退している[リンク切れ]。 2008年5月、パイオニアを退団し、現役引退した。
松浦 麻琴 は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。