スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
永山 雄太(ながやま ゆうた、1992年9月13日 - )は… 永山 雄太(ながやま ゆうた、1992年9月13日 - )は、日本の男子元プロバスケットボール選手。沖縄県出身。 宜野湾市立普天間中学校、沖縄県立北谷高等学校、国士舘大学を卒業。 国士館大学4年生の時、2014年の第66回全日本大学バスケットボール選手権大会に出場し、5位となる。 2015-16シーズンは大塚商会アルファーズでプレー。 2016-17シーズン、青森ワッツに移籍。 2018-19シーズン、鹿児島レブナイズに移籍。2023年2月17日に、このシーズン限りで現役から引退することを表明した。
根間 洋一(ねま ひろかず、1979年5月12日 - )は、… 根間 洋一(ねま ひろかず、1979年5月12日 - )は、沖縄県出身のバスケットボール指導者、元プロバスケットボール選手である。選手としてのポジションはガード/フォワードであった。 北谷高校から法政大学を経て、2002年に横浜ギガキャッツに入団。オールジャパンベスト8に貢献した。 ギガキャッツが廃部となったため、2005年に福岡レッドファルコンズへ移籍したが、レッドファルコンズも消滅の憂き目に遭う。 2006年、富山グラウジーズにドラフト外で入団。主将に指名される。 2008年現役引退。アシスタントコーチに転じる。しかし2008-09シーズン途中で福島雅人ヘッドコーチが更迭されたため石橋貴俊がヘッドコーチに就任するまで代行として指揮を執った。
下地 一明(しもじ かずあき、1976年12月4日 - )は… 下地 一明(しもじ かずあき、1976年12月4日 - )は、日本のバスケットボール指導者、選手である。 選手としては中学生の頃から全国規模の大会で好成績を収め、日本代表候補にも選ばれるが、マルファン症候群に起因する心臓疾患によって、日本リーグのOSGフェニックスに所属していた2001年、引退を余儀なくされる。その後は指導者に転身し、bjリーグの富山グラウジーズ、埼玉ブロンコスでヘッドコーチとして指揮を執った。2017年3月より、富山グラウジーズのアシスタントコーチを務めている。 沖縄県出身。小学3年生まで静岡県で育ち、その後沖縄に戻る。八重瀬町立東風平中学校入学時には既に身長が177cmあり、上級生の勧めで高身長を活かすことのできるバスケットボールを始める。