スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
嘉陽 宗嗣(かよう むねつぐ、1982年11月16日 - )… 嘉陽 宗嗣(かよう むねつぐ、1982年11月16日 - )は、日本のプロボクサー。沖縄県国頭郡今帰仁村出身。第31代日本ライトフライ級王者。第26代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。白井・具志堅スポーツジム所属。身長163cm。左ボクサーファイター。沖縄尚学高校卒業。トレーナーは野木丈司。 3歳上の従兄に興南高校出身で帝拳ジムにてミニマム級中堅選手だった宮城誠。宮城の影響で幼い頃からボクシングに親しみ沖縄尚学高校で金城真吉監督の指導の下アマチュアボクシングの実績を積み、卒業後、同じく沖縄出身の世界王者具志堅用高の営む白井・具志堅スポーツジムに入門。 2001年4月23日、プロデビュー戦に4R負傷判定勝利を収めた。
翁長 吾央(おなが ごお、1980年5月5日 - )は、日本… 翁長 吾央(おなが ごお、1980年5月5日 - )は、日本の男性の元プロボクサー。沖縄県那覇市出身。大橋ボクシングジム所属。沖縄尚学高校、東洋大学卒業。 高校入学と同時にボクシングを始め(自身の1学年上の生徒までは興南高校で指導する)金城真吉監督の熱血指導で、1998年インターハイフライ級で決勝で花咲徳栄高校矢代義光に判定勝利。かながわ・ゆめ国体少年フライ級、選抜も制し高校3冠を達成した。アルゼンチン・ブエノスアイレスでの世界ユース選手権ではベスト8(プエルトリコライトウェルター級代表ミゲール・コットとエールを交換した)。 高校卒業後に進学の為に上京、高校時代からの同級生の中真光石と東洋大学ボクシング部に所属し関東大学リーグ戦や全日本選手権、国民体育大会等で活躍した。
友利 正(ともり ただし、1959年12月28日 - )は、… 友利 正(ともり ただし、1959年12月28日 - )は、日本の元プロボクサー。沖縄県那覇市出身。元WBC世界ライトフライ級王者。トレーナーはデビュー当初は三迫将弘、世界戦の直前からエディ・タウンゼント。 私立沖縄高校(現、沖縄尚学高校)3年時に1977年度全日本高校モスキート級チャンピオンとなった。 1978年5月25日、18歳で三迫ジムからプロデビュー。デビューから7連勝(1KO)を飾ると、翌1979年の全日本ライトフライ級新人王を獲得した。 いつしか「具志堅二世」と呼ばれるようになり当然、世界への道も順調に歩むものだと思われた。しかし、世界戦へ挑んだ時の友利は勝ったり負けたりを繰り返す中堅ボクサーになっていたのである(精神面を鍛え直すため、会長三迫仁志が知り合いの僧侶のいる寺院に預けたこともあった)。