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上条 憲太郎(かみじょう けんたろう、1901年 - 197… 上条 憲太郎(かみじょう けんたろう、1901年 - 1977年)は、日本の教育者、長野県教育長などを歴任した。 長野県東筑摩郡笹賀村(現在の松本市笹賀)に生まれ、松本高等学校 (旧制)から東京帝国大学文学部へ進んだが、在学中に満州へ渡り南満州鉄道が運営する鞍山の中学校で教鞭を執った。1926年に復学して美学芸術学を専攻し、卒業後、静岡県や千葉県での教職を経て、1940年長野中学校校長、1944年長野青年師範学校校長などを歴任した。 第二次世界大戦後の1946年には信濃教育会会長となったが、第22回衆議院議員総選挙に際して、組織内候補者への応援が選挙違反に問われ5か月で会長職を辞任した。その後、1955年に長野県教育長に就任し、折から教員の勤務評定が全国的に教育現場の問題となる中、「長野方式」と称される方式の導入を主導した。
塩野 直道(しおの なおみち、1898年12月15日 - 1… 塩野 直道(しおの なおみち、1898年12月15日 - 1969年5月10日)は、日本の算術教育者。4つ珠そろばんの普及者。島根県出身。 東京帝国大学卒業後、松本高等学校 (旧制)教授を経て文部省の図書監修官となる。 国際数学者会議で絶賛された画期的な教科書『尋常小学算術』を編集する。その際、乳井貢によって提唱された4つ珠そろばんによる珠算教育を全国で実施した。 数学者の遠山啓らが1958年に提唱した水道方式が筆算中心の計算指導体系であることに対して、暗算を重視して激しく反対した。 東京大学名誉教授で行政法学者の塩野宏の父である。 文部省時代、国定の小学校算術教科書の編集にあたった塩野は、「児童の数理思想を開発し、日常生活を数理的に正しく指導すること」を算術教育の目的とした。