若月 健矢(わかつき けんや、1995年10月4日 - )は… 若月 健矢(わかつき けんや、1995年10月4日 - )は、埼玉県加須市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 オリックスでは正捕手として2度のリーグ優勝、1度の日本シリーズ優勝に貢献。個人ではベストナインを1回、ゴールデングラブ賞を2回獲得している。2026年のWBCでは、正捕手として日本代表に貢献した。 妻は声優の立花理香。 小学1年から大桑ジャイアンツで野球を始める。捕手となったきっかけは、入部時に空いていたポジションが捕手だったことにあるという。加須平成中時代に加須シニアで全国8強入り。 花咲徳栄高では1年秋から捕手でレギュラーを獲得。2年生時に監督の助
加藤 翔平(かとう しょうへい、1991年3月28日 - )… 加藤 翔平(かとう しょうへい、1991年3月28日 - )は、埼玉県加須市出身の新聞記者、元プロ野球選手(外野手)。右投両打。 加須市立三俣小学校2年時に野球を始める。陸上競技やサッカーなども同時にやっていたが、父からの「陸上より野球の方が面白い」という言葉で野球に専念することになった。小学校時代は「三俣タイガース」に、加須市立昭和中学校時代は「加須シニア」に所属。その後、野球と勉強をしっかりとやって公立高校で私立に勝ちたいという思いから、春日部東高校へ進学した。 1年夏の県大会後、当時のコーチからの薦めで左打ちにも挑戦。コーチからの指導と人一倍の練習量と練習時間で、約1か月後の練習試合では早くも安打を打つなど、左打ちを自分のものにした。
矢島 陽平(やじま ようへい、1990年6月16日 - )は… 矢島 陽平(やじま ようへい、1990年6月16日 - )は、埼玉県加須市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学4年生から野球を始める。駿河台大学では東京新大学野球リーグでチームは2部、3部に在籍する状況で登板機会にも恵まれなかった。4年生の時に関西独立リーグ・神戸サンズのトライアウトを受験し、合格。2012年の1シーズンプレーし、リリーフを中心に全64試合中39試合に登板した。同年オフ、ベースボール・チャレンジ・リーグの福井ミラクルエレファンツからドラフト1位指名を受け、入団。福井への入団は「NPBのスカウトの目に止まるようなポイントを作りたい」という理由であった。
野本 喜一郎(のもと きいちろう、1922年5月8日 - 1… 野本 喜一郎(のもと きいちろう、1922年5月8日 - 1986年8月8日)は、埼玉県加須市出身のプロ野球選手、学生野球指導者。 旧制の不動岡中学校(現在の埼玉県立不動岡高等学校)卒業。第二次世界大戦が勃発すると日本軍に徴兵され、中国戦線へ送られた。 不動岡中時代から野球部の投手を務めており、戦後、社会人野球のコロムビアを経て、1950年に西日本パイレーツへ入団した。1951年、西日本パイレーツと西鉄クリッパースが合併し、西鉄ライオンズと改称したが3シーズンに渡って同チームに在籍し、1953年に近鉄パールスへ移籍し、アンダースローの投手としてプロ通算18勝をあげた。同年限りで現役を引退し、その後は郷里の埼玉県に戻り上尾町(後の上尾市)で銭湯を営んでいた。