高梨 裕稔(たかなし ひろとし、1991年6月5日 - )は… 高梨 裕稔(たかなし ひろとし、1991年6月5日 - )は、千葉県茂原市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 野球を始めたのは小学2年生の時。内野手だった中学生時代には、公式戦で安打を1本しか放てなかった影響で、下級生にレギュラーの座を奪われかけた時期があった。 千葉県立土気高等学校への進学直後には、友人からの誘いでサッカーへの挑戦を考えたものの、結局野球部へ入部。1年時の夏までは三塁手だったが、監督の勧めで、1年時の秋から投手へ転向した。投手転向の直後は122km/hだったストレートの最高球速が、3年時には142km/hを計測。甲子園出場はできなかったが、3年夏に自身の投球を見た高橋一三からの誘いで、当時高橋が硬式野球部の監督を務めていた山梨学院大学へ進学した。
井上 雄介(いのうえ ゆうすけ、1986年9月5日 - )は… 井上 雄介(いのうえ ゆうすけ、1986年9月5日 - )は、千葉県茂原市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 千葉経大附属高校では、シニア時代からのチームメイトである松本啓二朗と左右の投手の二枚看板を形成し、打線の中軸を担った。3年夏に甲子園に出場。3回戦ではダルビッシュ有を擁する東北高校を下し、その後ベスト4まで勝ち上がった。 進学した青山学院大学では野手転向を考えていたが、大学側は投手として評価しており、転向せず投手として活躍した。同期に高島毅、久古健太郎がいる。文学部史学科に在籍し、卒業論文のテーマは「承久の乱」だった。東都大学リーグ通算39試合登板、8勝11敗、防御率2.61、159奪三振。
長田 昌浩(ながた まさひろ、1984年6月10日 - )は… 長田 昌浩(ながた まさひろ、1984年6月10日 - )は、千葉県茂原市出身の元プロ野球選手(内野手)。 中学時代は陸上競技部へ入部し、市原シニアに所属。高校は東海大望洋高に進学し、1年春からレギュラーとして活躍、2年夏の千葉大会準優勝。 高校時代から好守、俊足、巧打のショートとして注目され、西岡剛等と共に「ポスト松井稼頭央」として注目された。高3夏の千葉大会では日米11球団19人のスカウトが彼のプレーを見ている。 2002年度ドラフト会議にて「巨人以外の指名なら東海大進学」を表明し、読売ジャイアンツから4巡目指名を受け、入団。「篠塚2世」として期待された。 ルーキーイヤーの2003年高卒新人選手では松井秀喜以来の一軍キャンプスタートとなり、多大な期待を受けた。
福元 淳史(ふくもと あつし、1983年8月24日 - )は… 福元 淳史(ふくもと あつし、1983年8月24日 - )は、千葉県茂原市出身の元プロ野球選手(内野手)。 小学生の時に本納パワーズで野球を始め、中学時代は市原シニアで野球を続ける。 市立船橋高校に入学後、1年生でレギュラーを掴み、2年時に夏の千葉県大会ベスト4、主将を務めた3年時にも夏の千葉県大会ベスト4で甲子園出場経験は無し。高校通算20本塁打。同期に林昌範、2学年下に大学でも後輩となる村田和哉がいる。 大学は東都大学野球の中央大学へ進学。入学と同時にメンバー入りを果たす。2004年秋リーグで初めて規定打席に到達。「五番・一塁」で8打点(リーグ4位)を挙げ、51季ぶり24回目のリーグ優勝に貢献した。