栗原 慶太(くりはら けいた、1993年1月10日 - )は… 栗原 慶太(くりはら けいた、1993年1月10日 - )は、日本のプロボクサー。東京都墨田区出身。KOD LABフィットネスボクシングジム所属。元OPBF東洋太平洋・第79代日本バンタム級王者。 かつては一力ボクシングジムに所属していた。 小・中学校では野球をやっていて、ボクシングは高校1年生から始めた。 2011年4月6日、後楽園ホールで清水義之とプロデビュー戦およびフライ級4回戦を戦い、初回2分56秒TKO勝ちでデビュー戦を白星で飾ったが、8か月後に行われた試合では4回判定負けでプロ初黒星を喫した。 2017年3月10日、後楽園ホールでOPBF東洋太平洋バンタム級13位のエンゲルバード・モラルデと同級8回戦を行い、初回2分59秒TKO勝ちを収めた。
粉川 拓也(こがわ たくや、1985年4月5日 - )は、日… 粉川 拓也(こがわ たくや、1985年4月5日 - )は、日本のプロボクサー。東京都墨田区出身。角海老宝石ボクシングジム所属。ニックネームは「内藤2世」。第53代・第55代日本フライ級王者。第31代OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者。入場曲は湘南乃風「Left & Right〜名も無き足跡〜」。 ボクシングを始めたのは中学2年で、その時は江戸川区のジムに入門したが、1週間で退会。高校は定時制に進むも2年で中退して就職した後、18歳で宮田ジムに入門。 2005年6月26日、ディファ有明での齋藤慶尚戦でデビュー。 10月10日、後楽園ホールでのWBC世界フライ級タイトルマッチ、ポンサクレック・ウォンジョンカム対内藤大助の前座にて茂木公弘と対戦。
加藤 督朗(かとう まさあき、1978年(昭和53年)9月2… 加藤 督朗(かとう まさあき、1978年(昭和53年)9月28日 - )は、日本の男性元キックボクサー。東京都墨田区出身。PHOENIX主宰。スネーク加藤のリングネームで知られる。元WPMF世界ウェルター級王者。 1994年(平成6年)6月、15歳で士道館扇橋道場の革命塾に入門。アマチュア制がなかったため、高校生にしてフェザー級でプロの試合に出る。しかし、5戦して4敗1分と1度も勝てなかったため、士道館総本部道場の若虎寮に入寮してキック漬けの毎日を送る。6戦目の三津山文朗戦で初勝利を飾り、「スネーク」のあだ名を授かる。 以後ジュニアライト級に転向。さらに1997年(平成9年)11月22日のエスィー樋口戦でライト級に転向すると、1998年(平成10年)1月の初代MA日本ジュニアライト級王座決定トーナメントに出場。
神風 杏子(かみかぜ きょうこ、1970年3月19日 - )… 神風 杏子(かみかぜ きょうこ、1970年3月19日 - )は、日本の元女子キックボクサー。東京都墨田区出身。元UKF女子世界王者、WKBA北アメリカ王者、第3代シュートボクシングクイーン王者。日本における女子キックボクシングのパイオニア。 白龍ジムでキックボクシングを始め、シュートボクシングでデビュー。第3代SBクイーン王座を獲得。全日本女子プロレスの興行で1992年には大田区体育館でバット吉永、1994年には日本武道館で前川久美子と異種格闘技戦も行った。 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟で活躍し、1995年6月にロサンゼルスにてWKBA女子北アメリカ王座を獲得。翌年の1996年9月には、UKF世界女子ジュニアフェザー級(スーパーバンタム級)王座を獲得。
宮田 博行(みやた ひろゆき、1966年8月31日 - )は… 宮田 博行(みやた ひろゆき、1966年8月31日 - )は、日本の元プロボクサーで、現在は宮田ジム・スポーツクラブ会長。東京都墨田区出身。東京都立江戸川高等学校卒業。 墨東ジム(現在は閉鎖)に所属し、1984年5月17日の小林仁戦でプロデビュー。3回KO勝利で飾る。 「天才現役高校生ボクサー」と呼ばれライトフライ級で全日本新人王決定戦を制した。 将来を嘱望されたが、網膜剥離のため1987年に20歳で引退を余儀なくされる。最終戦績は15戦12勝(5KO)1敗2分。 引退後は宮田ジム・スポーツクラブを設立。300人もの練習生を抱える大きなジムとなり、全日本新人王も輩出。さらに内藤大助を世界王座へと導いた。
大場 政夫 は、日本の男性プロボクサー。東京都墨田区出身。1… 大場 政夫 は、日本の男性プロボクサー。東京都墨田区出身。1970年にWBA世界フライ級王座を獲得し、5度防衛した。1973年に交通事故で死去。現役世界王者のまま事故死したことから「永遠のチャンプ」と称される。