郡 拓也(こおり たくや、1998年4月25日 - )は、東… 郡 拓也(こおり たくや、1998年4月25日 - )は、東京都三鷹市出身のプロ野球選手(捕手、内野手、外野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 三鷹市立南浦小学校時に連雀スパローズで兄と同様に野球をはじめ、三鷹市立第一中学校入学とともにシニアリーグの武蔵府中シニアに加入する。帝京高等学校進学後は、中堅手や二塁手やリリーフとして出場もあるが、捕手にコンバート。全国大会の出場はないが、高校3年時の東東京大会では同一回に二盗、三盗、本盗を続けて決める「パーフェクトスチール」を達成、その走塁が話題となった。帝京高校時代は2学年先輩に清水昇と田島洸成、1学年後輩に佐々木俊輔が在籍していた。 2016年10月20日に行われたドラフト会議では、北海道日本ハムファイターズから7位指名を受け、契約金2000万円・年俸480万円(金額は推定)で契約した。
高江洲 拓哉(たかえす たくや、1987年8月24日 - )… 高江洲 拓哉(たかえす たくや、1987年8月24日 - )は、東京都三鷹市出身の元プロ野球選手(投手)。 兄の影響で小学2年から軟式野球を始める。中学時代は硬式の三鷹リトルシニアで捕手と三塁手を務めた。同じ野球チームには矢野謙次も所属していた。 府中工業高校に進学してからはショートを守っていたが、1年秋からチームの投手の故障と地肩の強さから投手に転向。3年時にはエースとなる。春の都大会で最速143km/hを計測した。夏の西東京大会3回戦で日大三高に0-7で敗れたが、185センチから繰り出す手元で伸びるストレートがスカウトの目に留まった。 その後、2005年の高校生ドラフトで中日ドラゴンズから4巡目指名を受け、入団。
矢野 謙次(やの けんじ、1980年9月21日 - )は、東… 矢野 謙次(やの けんじ、1980年9月21日 - )は、東京都三鷹市出身の元プロ野球選手(外野手、右投右打)、プロ野球コーチ。 愛称は「ヤノケン」。 小学校2年の時に「三鷹リトルシニア」で野球を始める。同じリトルシニアには高江洲拓哉が所属していた。三鷹市立第六中学校時代の「三鷹シニア」ではエース兼4番打者として関東大会に出場。國學院久我山高校では同級生に笠木新や田村知佳(女子野球代表、高校女子野球部監督)ら、1年下に河内貴哉がいた。1997年秋季東京大会では河内の好投もあって準決勝に進むが国士舘高に敗退。翌1998年夏の甲子園西東京予選も準決勝で桜美林高に10-9で惜敗、甲子園には届かなかった。
田野倉 利男(たのくら としお、1954年4月3日 - )は… 田野倉 利男(たのくら としお、1954年4月3日 - )は、中日ドラゴンズ・ロッテオリオンズに所属した元プロ野球選手(内野手)。東京都出身。引退後はロッテの2軍コーチを務めた。 小学校時代に調布リトルリーグに入る。早稲田実高では遊撃手、4番打者として活躍。1972年春季都大会では決勝に進出し、待井昇が先発し、吉沢俊幸が4番の日大三高を降す。続く関東大会でも決勝で成東高を破り優勝を飾った。成東高には後にプロで同期となる鈴木孝政がいたが、この試合には登板しなかった。同年夏は都大会で敗れ、甲子園には出場できなかった。 ドラフト4位で中日に入団。なかなか一軍に定着できなかったが、1976年には広瀬宰の移籍もあって、遊撃手の定位置を正岡真二、梅田邦三と争う。