舘池 亮佑(たていけ りょうすけ、2003年1月3日 - )… 舘池 亮佑(たていけ りょうすけ、2003年1月3日 - )は、東京都出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。ルートインBCリーグの山梨ファイアーウィンズ所属。 東京都日野市出身。小学校2年生から野球を始める。日野市立大坂上中学校から福島県の聖光学院高等学校に進学。2年時に元ヤクルト林昌勇投手を参考にして、手足の長さを生かしたサイドスローに転向。3年時は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、全国高等学校野球選手権大会が中止に。独自大会として開催された福島2020夏季高等学校野球大会では、背番号「1」を着けチームを優勝に導く。大会では5戦全てに登板し3完投、わずか3失点であった。
宮崎 一樹(みやざき かずき、2001年8月30日 - )は… 宮崎 一樹(みやざき かずき、2001年8月30日 - )は、東京都日野市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 日野市立平山小学校1年生の時に漫画『MAJOR』の影響で野球に興味を持ち、同作がリトルリーグ編を連載していたことから、主人公の茂野吾郎に憧れて調布リトルリーグで野球を始める。日野市立平山中学校在学時は硬式野球のクラブチームである調布リトルシニアでプレーしていた。シニア時代は2学年先輩に清宮幸太郎がいた。 山梨学院高等学校に進学し、1年夏の第99回全国高等学校野球選手権大会、2年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会ではベンチ外だった。3年春の第91回選抜高等学校野球大会では背番号13で出場。
佐々木 俊輔(ささき しゅんすけ、1999年11月6日 - … 佐々木 俊輔(ささき しゅんすけ、1999年11月6日 - )は、東京都日野市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 小学校1年生の時に高幡イーグルスで野球を始め、中学時代は硬式野球のクラブチームである羽村シニアでプレーしていた。 帝京高等学校では主に内野手としてプレーした。3年夏の東東京大会では第1シードとして臨んだが、準々決勝で東海大高輪台にサヨナラ負けを喫した。3年間で甲子園大会出場はなかった。帝京高校時代は1学年先輩に郡拓也が在籍していた。 高校卒業後は東洋大学へ進学し、主に外野手としてプレー。1年春からリーグ戦に出場したが、打撃では思うように結果が出ず、控えや守備での出番が多かった。
佐々木 千隼(ささき ちはや、1994年6月8日 - )は、… 佐々木 千隼(ささき ちはや、1994年6月8日 - )は、東京都日野市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 小学校2年生から日野イースタンジュニアで野球を始め、ポジションは主に三塁手、6年生からは投手も務めた。日野市立三沢中学校では軟式野球部に所属し、ポジションは投手・三塁手・外野手。都大会ベスト8が最高成績であった。 東京都立日野高等学校では硬式野球部に所属し、1年夏から控え三塁手としてベンチ入り。2年冬には東京都選抜に選出され、3年春からはチームのエースとなった。3年夏の西東京大会では、3回戦で早稲田実業を相手に延長13回221球を投げ抜き、3失点完投勝利。
吉永 健太朗(よしなが けんたろう、1993年10月13日 … 吉永 健太朗(よしなが けんたろう、1993年10月13日 - )は、東京都日野市出身の元社会人野球選手(投手)、ベースボール5選手。右投右打。 日野市立南平小学校時に南平アトムズで野球を始める。日野市立七生中学校時には調布シニアに所属。 3年時には全国大会で春夏ベスト8の成績を残す。 2009年、日大三高に進学。1年秋よりベンチ入りし、2年生となった第82回選抜高等学校野球大会では控え投手として登板。秋からはエースとなり、第41回明治神宮野球大会ではチームを優勝に導いた。 3年時の第83回選抜高等学校野球大会ではベスト4、第93回全国高等学校野球選手権大会では優勝と結果を残した。選手権後、2011年8月28日から開催の第9回AAAアジア野球選手権大会に日本代表の一員に選ばれ、最優秀防御率賞を獲得し、オールスターチーム(ベストナイン)に選出された。
尾崎 直輝(おざき なおき、1990年5月8日 - )は、東… 尾崎 直輝(おざき なおき、1990年5月8日 - )は、東京都日野市出身の高校野球指導者。 國學院大學久我山高等学校保健体育科教諭、國學院大學附属幼稚園教員。 國學院久我山高校時代は外野手としてプレーするも肩と腰の怪我から2年途中からは主務兼学生コーチとしてチームを支える。 高校卒業後は系列校の國學院大學に進学するが硬式野球部には入部せずに母校の國學院久我山高校の野球部にて指導に当たる。 大学卒業後は母校の國學院久我山高校に教員として赴任。2013年秋からは当時23歳ながら硬式野球部のコーチから監督に昇格し、「若い監督を指導者として育ててほしい」と学校側から要請を受けた國學院大學総監督・竹田利秋より指導法を学んだ。
横川 雄介(よこかわ ゆうすけ、1984年9月12日 - )… 横川 雄介(よこかわ ゆうすけ、1984年9月12日 - )は、東京都日野市出身の元プロ野球選手(捕手)。 東京都立日野高等学校では2年秋の都大会ベスト8。2002年秋のドラフトで、隠し球と言われた強肩を買われて読売ジャイアンツに8巡目指名を受け、入団する。現役都立高校生としては初めてのドラフト指名となったうえ、都立高校からのプロ入りとしても当時では非常に珍しく、「都立の星」と期待された。 2005年オフに戦力外通告を受け、同年12月に育成選手として再契約したが、2006年に再び戦力外通告を受け、12球団合同トライアウトを受けるも獲得球団は現れず、現役を引退した。 2007年からは、阪神タイガースでブルペン捕手を務めている。
福本 誠(ふくもと まこと、1976年7月14日 - )は、… 福本 誠(ふくもと まこと、1976年7月14日 - )は、東京都日野市出身の元プロ野球選手(内野手)。
佐伯 秀喜(さえき ひでき、1971年4月28日 - )は、… 佐伯 秀喜(さえき ひでき、1971年4月28日 - )は、東京都日野市出身の元プロ野球選手(内野手)。 小学生の時は日野東リトルに所属。中学生で調布シニアに所属し全日本選抜のメンバーとしてアメリカ遠征も経験した。 国学院久我山高では2、3年夏の西東京大会でベスト4。高校通算35本塁打を記録。大学進学希望の為指名拒否を打ち出していたが、1989年度のプロ野球ドラフト会議で西武ライオンズから5位指名を受け、入団。 プロ1年目の1990年9月24日、対日本ハムファイターズ戦でプロ初打席初本塁打を放った。しかし、1991年シーズン以降は一軍出場がなく、1998年シーズンオフに現役を引退。 2016年の学生野球資格回復研修を受講した上で、翌2017年2月7日に日本学生野球協会より学生野球資格回復の適性認定を受けたことにより、学生野球選手への指導が可能となる。