川村 啓真(かわむら けいしん、1999年9月6日 - )は… 川村 啓真(かわむら けいしん、1999年9月6日 - )は、富山県黒部市出身の元プロ野球選手(外野手、右投左打)。プロでは育成選手であった。 若栗小学校1年時に軟式野球チームに入団し、野球を始めた。桜井中学校軟式野球部では捕手を守り、主将にも選ばれ、中3春の全国大会16強に貢献した。 高校は新潟県の日本文理高校に進学。1年生から4番・捕手として公式戦に出場すると、3回戦白根高校戦で右翼へ公式戦第1号となる3点本塁打を放った。3年春には右翼手にコンバート。同年夏の新潟県予選決勝戦では3番打者として出場すると、逆方向に勝ち越し2点本塁打を放って夏の甲子園進出に大きく貢献した。甲子園では2試合で9打数4安打1打点(本塁打1本)、打率.444と活躍したが、2回戦の仙台育英高校戦で接戦の末敗退した。
松原 快(まつばら かい、1999年8月24日 - )は、富… 松原 快(まつばら かい、1999年8月24日 - )は、富山県黒部市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。阪神タイガース所属。 小学校3年生で野球を始め、黒部市立宇奈月中学校時代は富山東部ボーイズで捕手としてプレー。強豪の富山第一高等学校へ進学したが、チームになじめず1年の12月に退部。中学時代から熱心に誘ってくれた森崎直樹監督が指揮する高朋高等学校へ2年から転入し、投手に転向。高野連の規定で1年間は公式戦に出場できない中、球速が当初の130km/hから141km/hまで伸び、投手と一塁手を兼任した3年夏は富山大会決勝で敗れ甲子園には届かなかった。 高校卒業後は野球を辞め消防士を目指すつもりだったが、クラブチームのロキテクノベースボールクラブの投手兼任コーチの元阪神・藤田太陽から「プロを目指してやらないか」と声をかけられ入団。
藤井 翼(ふじい つばさ、1990年2月23日 - )は、富… 藤井 翼(ふじい つばさ、1990年2月23日 - )は、富山県黒部市出身の元プロ野球選手(内野手)、高校野球指導者。 2003年の日本シリーズがきっかけで、福岡ソフトバンクホークスと阪神タイガースのファンになった。富山県黒部市立桜井中学校3年時には全国中学軟式野球大会に出場し準優勝。 富山県立桜井高等学校3年時、第89回全国高等学校野球選手権大会に出場。初戦の東福岡高校戦では敬遠気味の球を打ちにいく(結果は内野ゴロ)など気迫を見せたが、チームは延長戦の末敗退。 北信越屈指の強打者として活躍し、富山県新記録となる高校通算39本塁打を放った。 2007年のドラフトで福岡ソフトバンクホークスから4巡指名を受け、契約金3000万円、年俸500万円(ともに推定)で入団した。
湯上谷 竑志(ゆがみだに ひろし、本名:湯上谷 宏(読み同じ… 湯上谷 竑志(ゆがみだに ひろし、本名:湯上谷 宏(読み同じ)、1966年5月3日 - )は、富山県出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。愛称はガメ、ガメやん。
村椿 輝雄(むらつばき てるお、1940年 - )は、元野球… 村椿 輝雄(むらつばき てるお、1940年 - )は、元野球選手(投手)。 富山県黒部市出身。富山県立魚津高等学校に進学し、野球部に入部。1958年、第40回全国高等学校野球選手権大会にエースとして出場。1回戦で優勝候補の浪華商を完封。2回戦で明治を、3回戦で桐生を破り、ベスト8に進んだ。準々決勝では徳島商業の板東英二と投げ合い、ともに得点を許さず延長18回引き分けとなり、翌日再試合となった。翌日魚津は1 - 3で敗れたものの、初出場でベスト8まで進出した活躍は「蜃気楼旋風」と呼ばれた。 高校卒業後は三菱重工業に入社し、社会人野球を続けた。また三菱重工業では横浜造船所や石川県金沢市の支社に勤務し、米国三菱重工業株式会社駐在員としてアメリカ合衆国に長期滞在していたこともある。