福島 章太(ふくしま しょうた、2002年10月24日 - … 福島 章太(ふくしま しょうた、2002年10月24日 - )は、岡山県備前市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 6歳の頃から野球を始め、備前市立片上小学校を経て備前市立備前中学校へ進学。中学時代は瀬戸内ボーイズでプレーした。 岡山県立倉敷工業高等学校へ進学すると、1年時の秋にはエースナンバーを背負う程まで成長するも、2年時の春に左肘を疲労骨折してしまい、冬にクリーニング手術を受けた。3年時は新型コロナウイルスの影響で甲子園が中止になったため、高校3年間での甲子園出場は叶わなかったものの、岡山県の独自大会や8月に開催されたプロ志望高校生合同練習会に参加した。 2020年のプロ野球ドラフト会議では、中日ドラゴンズから4位指名を受け、11月19日に契約金3500万円、年俸550万円で仮契約を結んだ。
万波 中正(まんなみ ちゅうせい、2000年4月7日 - )… 万波 中正(まんなみ ちゅうせい、2000年4月7日 - )は、岡山県備前市生まれ、東京都練馬区出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 友達に誘われ、練馬区立開進第二小学校の2年時に、投手としてブルーフェニックスで野球を始めた。 練馬区立開進第二中学校への進学後は、陸上競技部と東練馬シニアに所属。陸上競技の東京都大会では、1年時に100メートル障害決勝で2位、3年時に砲丸投5kgの部で優勝した(記録は14m85)。その一方で、3年時には東練馬リトルシニアの外野手兼エースとして、リトルシニアの日本選手権大会でチームを準決勝進出に導いた。この時点で身長がおよそ190cmにまで達していたほか、ストレートで最速138km/h、バットのスイングで150km/hを超えるスピードを計測。
頓宮 裕真(とんぐう ゆうま、1996年11月17日 - )… 頓宮 裕真(とんぐう ゆうま、1996年11月17日 - )は、岡山県備前市出身のプロ野球選手(捕手、内野手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 備前市立伊部小学校の1年時に、捕手として伊部パワフルズで野球を始めた。当時のチームメイトに、実家が隣同士で2歳年下の山本由伸がいた。当時は山本も捕手だったため、キャッチボールではいつも山本と一緒だったという。備前市立備前中学校在学中には、ボーイズリーグの瀬戸内マリナーボーイズに所属していた。 岡山理科大学附属高等学校への進学後は、1年夏からのベンチ入りを経て、1年秋から「4番・捕手」としてレギュラーに抜擢。2年時に春の岡山県大会で優勝したが、在学中は春夏とも甲子園球場の全国大会と縁がなかった。
橋本 義隆(はしもと よしたか、1979年12月6日 - )… 橋本 義隆(はしもと よしたか、1979年12月6日 - )は、岡山県和気郡日生町(現:備前市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 岡山県和気郡日生町(現:備前市)出身。中央大学時代は読売ジャイアンツの阿部慎之助とバッテリーを組んでいた。2年秋から1部。東都大学1部リーグ通算3勝9敗、2部通算1試合勝敗なし。大学卒業後は社会人野球のホンダに所属し、角度のある140km/h台中後半のストレートとスライダー、フォーク、チェンジアップなど多彩な変化球を織り交ぜた投球を武器に、2004年の第75回都市対抗野球大会での準優勝に貢献、敢闘賞にあたる「久慈賞」を受賞した。同年のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから3巡目で指名を受け、入団。
山根 雅仁(やまね まさひと、1975年11月19日 - )… 山根 雅仁(やまね まさひと、1975年11月19日 - )は、岡山県和気郡日生町出身の元プロ野球選手(投手)。
柴原 実(しばはら みのる、1960年8月6日 - )は、岡… 柴原 実(しばはら みのる、1960年8月6日 - )は、岡山県出身の元プロ野球選手(外野手)。 金山学園高(現:岡山学芸館高)から社会人野球の常石鉄工を経て、1982年のドラフト4位で阪急ブレーブスに入団。 1986年は一軍で80試合に出場。4月9日に行われたウエスタン・リーグの南海戦で3打席連続三塁打の新記録を作る。 当時のチームの外野陣は層が厚く、なかなか一軍定着ができなかった。 しかし、1992年にはレギュラー右翼手の藤井康雄が故障したため、藤井復帰までスタメン出場の機会が増えていた。1996年限りで現役引退。 1997年から1998年にかけてオリックスでコーチを務め、オリックス退団後は常石鉄工に戻りコーチを務めた。
兼光 保明(かねみつ やすあき、1957年4月21日 - )… 兼光 保明(かねみつ やすあき、1957年4月21日 - )は、岡山県和気郡吉永町(現・備前市吉永町)出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。