鴨打 瑛二(かもうち えいじ、2004年2月29日 - )は… 鴨打 瑛二(かもうち えいじ、2004年2月29日 - )は、佐賀県小城市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 小城市立砥川小学校1年の時に砥川少年野球クラブで軟式野球を始め、6年時の2015年にはホークスJr.に選出され、NPB12球団ジュニアトーナメントに出場して準優勝している。小城市立牛津中学校時代は、硬式野球(ボーイズリーグ)の黄城ボーイズに所属。 高校は長崎県の創成館高等学校に進学し、1年夏からベンチ入り。2年夏にはチームが甲子園球場での交流試合に出場したが、自身はベンチ外だった。3年夏の長崎県大会は3回戦で大崎と対戦。先発して8回を1失点に抑え3点差でリードするも、9回に無死一・二塁のピンチを作り降板。
川頭 秀人(かわず ひでと、1985年3月26日 - )は、… 川頭 秀人(かわず ひでと、1985年3月26日 - )は、佐賀県出身の元プロ野球選手(投手)。 三日月町立三日月小学校4年時から地元の軟式野球クラブで野球を始める。三日月町立三日月中学校では軟式野球部に所属、投手を務めた。 佐賀県立小城高等学校進学後は投手兼外野手としてチームを引っ張るが、最高成績は3年時の全国高等学校野球選手権佐賀大会2回戦止まりと大舞台には全く縁が無かった。 福岡大学進学後に再び投手専任になる。ここで頭角を現し4年間の通算成績は18試合4勝1敗、防御率1.93と安定した成績を残す。また、69.2回を投げて62奪三振と脅威の奪三振率を誇った。1年後輩のエース白仁田寛和が注目を浴びる中で常に縁の下の力持ちとしてチームを支えた。
江口 孝義(えぐち たかよし、1969年5月15日 - )は… 江口 孝義(えぐち たかよし、1969年5月15日 - )は、佐賀県小城市出身の元プロ野球選手(投手)。1996年の登録名は江口 嵩芳(読み同じ)。 佐賀工業高在学中、1987年に夏の選手権にエースとして出場を果たす。大会では最速148km/hを記録するなど、本格派右腕として脚光を浴びた。チームは初戦である2回戦で東海大甲府高を2-1で破ったが、3回戦で習志野高に4-12と大敗した。 プロ入りには消極的で、高校卒業後は社会人野球のNTT九州に入社する。入社後も「アマチュアNo.1投手」と高評価を受け、社会人2年目で全日本代表メンバーにも選出された。順風満帆であったが、社会人3年目に右肩を痛め、プロ入り前に「肩の故障があるからプロ入りは拒否」と各球団に提示。
辻 発彦(つじ はつひこ、1958年10月24日 - )は、… 辻 発彦(つじ はつひこ、1958年10月24日 - )は、佐賀県小城市牛津町出身の元プロ野球選手(内野手)。愛称はハツ、はっちゃん。二塁手として歴代最多の8度のゴールデングラブ賞を受賞している。