石堂 裕美(いしどう ひろみ、1989年5月13日 - )は… 石堂 裕美(いしどう ひろみ、1989年5月13日 - )は、日本のパーソナルトレーナー、株式会社GRITFIT代表取締役。ゴルフに特化したパーソナルトレーニングを中心に活動しており、メディア出演も行っている。 千葉県白井市出身。2012年、日本体育大学卒業。2020年2月よりパーソナルトレーナーとして独立。翌2021年より、ゴルファー向けのストレッチとエクササイズでゴルフの飛距離やスイング安定に特化した指導を行っている。 2024年10月、株式会社GRITFITを設立。2025年には、男子シニアプロゴルフトーナメント「ノジマチャンピオンカップ」プロアマにて、出場選手向けにラウンド前およびプレー後のストレッチを担当した。
藤嶋 拓未(ふじしま たくみ、1986年8月29日 - )は… 藤嶋 拓未(ふじしま たくみ、1986年8月29日 - )は、日本の男性歌手・ボイストレーナー。千葉県浦安市出身。 千葉県市川市で生まれ、3歳半から千葉県浦安市で育つ。 18歳から本格的に音楽を学び、ゴスペル、ソウル、Jazz、R&Bなどのブラックミュージックに影響を受ける。 音楽専門学校に在学中、ニューヨーク海外研修やグアムサイパンでの洋上コンサート、ミュージカルなど様々なイベントに参加。また、ゴダイゴ、クリスタルケイ、鈴木雅之、松浦亜弥、Skoop On Somebody、mink、HY、五木ひろしなどのコーラス隊としてTV出演や舞台などのステージに立ちプロの現場を学ぶ。 卒業と同時にゴスペルをルーツとしたボーカルグループCourageとして、ホテル、レストラン、カフェ、ブライダル、ライブハウス、野外イベント、文化会館、保育園、児童館、文化会館など様々な場所での音楽活動をスタートする。
中原 啓吾(なかはら けいご、1986年8月22日 - )は… 中原 啓吾(なかはら けいご、1986年8月22日 - )は、日本のアスレティックトレーナー、コンディショニングコーチ。千葉県船橋市出身。 プロ野球・福岡ソフトバンクホークスや東京ヤクルトスワローズでのトレーナーを経て、ATサロン代表を務める。 2005年に成田高校、2009年に早稲田大学スポーツ科学部を卒業。大学院に進学し、早稲田大学スケート部ホッケー部門のアスレティックトレーナーを務める。 2010年に大学院を退学し、プロ野球・福岡ソフトバンクホークスにリハビリ担当として入団。リハビリ組のトレーニングの計画を手掛けていたことから、2015年、2016年は二・三軍でのトレーニング担当になり、ユニフォームを着用しての指導となった。
平野 元章(ひらの もとあき、1978年8月5日 - )は、… 平野 元章(ひらの もとあき、1978年8月5日 - )は、アスレティックトレーナー、プロ野球コーチ。ストレングス&コンディショニングコーチとして横浜ベイスターズに所属し、横浜の二軍である湘南シーレックスを担当していた。 甲子園常連校の成田高校野球部出身。トレーナーを目指して、富士アスレティック・ビジネス専門学校へ進学。卒業後、地元・千葉県にあるオークスのスポーツ科学研究所へ勤務していた。 中学時代のあだ名は『モアイ』である。 2001年、横浜ベイスターズのS&Cコーチに就任。球団の、若手選手の育成・主力選手のコンディションケアなどを強化する目的もあっての起用であった。選手の体調・コンディション管理や個々のトレーニングメニューの作成などが主な仕事である。
野木 丈司(のぎ じょうじ、1960年4月30日 - )は、… 野木 丈司(のぎ じょうじ、1960年4月30日 - )は、日本の元プロボクサー、トレーナー。千葉県出身。 ボクサーを目指すも、持ち前の足の速さから、船橋市立高根中学校では陸上部で活躍。千葉県立佐倉高等学校陸上部監督であった小出義雄から、直々にスカウトされ、1976年4月に同校入学。小出の直接指導を受け、県大会5000mで優勝、さらに県高校駅伝では1区(10km)で区間新をマークし、初優勝に貢献。佐倉高校を第29回全国高等学校駅伝競走大会(1978年)出場に導く。 卒業後、当時の早稲田大学競走部監督であった中村清から誘いを受けるが、ボクサーの夢を捨て切れず小出の紹介でミカドジムに入門。プロボクサーとなり3戦3勝(1KO)をマークしたが、ジムが協栄ジムに吸収合併されることになり、その際起きたトラブルにより、当時の協栄会長金平正紀の圧力を受けた結果10年間1試合の出場も許されずに延々と干され続け、1991年に引退した。