野中 晶史(のなか あきふみ、1985年 - )は、日本の男… 野中 晶史(のなか あきふみ、1985年 - )は、日本の男性アニメーター、アニメ監督、映像作家、教育者。静岡県浜松市出身、愛知県在住。 名古屋市立大学芸術工学部を卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻に進学。在学時からNHK Eテレの番組『Eテレ0655&2355』内の「日めくりアニメ」などのアニメーション制作を手がける。2010年に同大学院を修了(修了制作作品は『CLIMBER』)。 大学院修了後は、フリーランスのアニメーターおよびアニメーションディレクターとして活動を開始。テレビアニメの監督、MV、CM、企業PR映像のアニメーション制作など幅広い分野で活動する傍ら、継続的に短編アニメーションの自主制作を行っている。
村野 佑太(むらの ゆうた、1984年 9月24日- )は、… 村野 佑太(むらの ゆうた、1984年 9月24日- )は、亜細亜堂に所属する日本のアニメーション監督、男性アニメーション演出家である。 静岡県沼津市出身。大阪芸術大学映像学科を卒業後、2007年に亜細亜堂へ入社。制作進行を経た後に演出家へ転向。『忍たま乱太郎』『ドラえもん』など子ども向け作品を中心に活動し、2015年に『ブレイブビーツ』で監督デビュー。 宗田理の原作小説を元にした劇場初監督作品『ぼくらの7日間戦争』は、アヌシー国際アニメーション映画祭長編コンペティション部門にノミネート。また第53回シッチェス・カタロニア国際映画祭で長編アニメーション部門の最優秀作品賞受賞という、アニメ映画祭として世界最高クラスの権威を誇る映画祭にて高く評価された。
西岡 純也(にしおか じゅんや、1977年7月1日 - )は… 西岡 純也(にしおか じゅんや、1977年7月1日 - )は日本の映像作家、アニメーション作家、CGクリエイター。静岡県焼津市出身。血液型B型。 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。ミュージックビデオ、CM、企業映像制作、CGアニメーション、手描きアニメーション、漫画、絵本、 パッケージ(CD)ジャケトデザインなど幅広く活動している。 武蔵野美術大学入学後に独学でCGを学び、CGデザイナーズユニットAmorphousを結成するなど制作活動を始める。 うるうる泣く姿、前向きにがんばり続ける健気なチワワキャラクターが話題となる。 その後も長きにわたりシリーズ化されチワワブームを牽引する。
寺本 幸代(てらもと ゆきよ、1976年2月25日 - )は… 寺本 幸代(てらもと ゆきよ、1976年2月25日 - )は、日本の女性アニメーション演出家、アニメーション監督である。静岡県富士市出身。 静岡県立富士高等学校、日本大学国際関係学部を経て代々木アニメーション学院東京校を卒業後、2000年にベガエンタテイメントへ入社。OVA『アニメ古典文学館』の第1巻「竹取物語」が自身の初監督作品である。 2005年4月よりリニューアルされたテレビアニメ『ドラえもん』では、第1話「勉強べやの釣り堀」から演出を手がけるなど各話の絵コンテ・演出を担当。2007年公開の『映画ドラえもん のび太の新魔界大冒険 〜7人の魔法使い〜』では、映画ドラえもん初の女性監督に就任した。
青木 康直(あおき やすなお、1960年2月27日 -)は、… 青木 康直(あおき やすなお、1960年2月27日 -)は、日本の男性アニメーター、アニメ演出家・監督。静岡県磐田市出身。静岡県立二俣高等学校卒。血液型はB型。 高校卒業後、テレコム・アニメーションフィルムに入社。『ルパン三世 (TV第2シリーズ)』『宝島』『じゃりン子チエ』『太陽の使者 鉄人28号』などで動画マンを務めた後テレコムを退社し、スタジオディーン(以下、ディーン)へ移籍。 ディーンでは『うる星やつら』『銀河漂流バイファム』などの原画を担当した後演出家に転向し、『プロゴルファー猿』『新・プロゴルファー猿』『ビリ犬』『機動警察パトレイバー(TV版)』など、数々のテレビアニメで演出を担当した。
桜井 弘明(さくらい ひろあき、1958年12月15日 - … 桜井 弘明(さくらい ひろあき、1958年12月15日 - )は、静岡県沼津市出身のアニメーション監督。代表作に『デ・ジ・キャラット』シリーズ、『斉木楠雄のΨ難』など。日本大学文理学部国文学科出身。妻は脚本家の大場小ゆり。 大学に5年半在籍し、バンド活動に明け暮れ、ベーシストオーディションなどを受け続ける日々を過ごす。ある時、ふとしたキッカケでアニメーションに興味を持ち、卒業後は代々木アニメーション学院を経て、25歳で演出助手を募集していたスタジオワールドに入社。演出助手として最初に携わった作品は『超時空騎団サザンクロス』。テロップに最初に名が出たのは『よろしくメカドック』。よろしくメカドックを担当していた頃の先輩が小島正幸と馬場健だった。
森 まさあき(もり まさあき、1955年 - 2025年3月… 森 まさあき(もり まさあき、1955年 - 2025年3月24日)は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。静岡県静岡市出身。本名、森雅章。 東京造形大学名誉教授。日本アニメーション協会副会長。数多くのSFX(特殊効果映像)、アニメーションCMを手がける。日本におけるクレイアニメーションの第一人者。 中央大学商学部会計学科卒業。レイ・ハリーハウゼンに触発されて、大学在学中から8mmフィルムによるコマ撮り怪獣映画の自主制作を独学にて始める。「CMシリーズ」(1976年)でFUJI FILM主催 FUJI8mmコンテスト1977年「学生賞」、「麻婆豆腐との遭遇」(1977年)でPARCO主催JPCFコンテスト1977年「PARCO賞」など受賞。
杉井 ギサブロー(すぎい ギサブロー、本名:杉井 儀三郎(す… 杉井 ギサブロー(すぎい ギサブロー、本名:杉井 儀三郎(すぎい ぎさぶろう)、1940年8月20日 - )は、日本の男性アニメ監督、脚本家。日本映画監督協会会員。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。代表作に『タッチ』、『銀河鉄道の夜』、『ストリートファイターII MOVIE』、『あらしのよるに』など。タツノコプロ出身のアニメーターの杉井興治は実弟。 静岡県沼津市出身。沼津市に小学校5年生の途中まで在住。1945年7月の沼津大空襲にも遭遇している。小学校時代は漫画を愛する「マンガ少年」であった。沼津時代の末期に見たディズニーの『バンビ』に強い印象を受け、アニメーションを「一生の仕事にしよう」と決意する。
勝間田 具治(かつまた ともはる、1938年2月4日 - )… 勝間田 具治(かつまた ともはる、1938年2月4日 - )は、静岡県下田市出身の日本のアニメーション演出家、アニメ監督である。 日本大学芸術学部卒業後、叔父で俳優の岸井明の紹介で1960年に映画製作会社の東映に入社。東映京都撮影所でマキノ雅弘に師事し、工藤栄一、加藤泰、田坂具隆監督らの助手を務めた。これら監督につき、『次郎長血笑記・富士見峠の対決(1960年公開)』『次郎長血笑記・殴り込み荒神山(1960年公開)』 『ちいさこべ(1962年公開)』などの制作に関わった。その後、テレビアニメ事業に進出した東映動画(現・東映アニメーション)から請われて1964年に移籍し、アニメーションの演出家に転向。