山邑 太三郎(やまむら たさぶろう、1880年〈明治13年〉2月13日 - 1928年〈昭和3年〉2月28日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)。 兵庫県菟原郡、のちの武庫郡魚崎村(魚崎町を経て現神戸市東灘区)出身。1897年、大阪高等商業学校卒。日露戦争に従軍し、陸軍二等主計となる。魚崎村会議員、同村長、同町長、武庫郡東郷酒造組合長、東醤油(株)社長、山邑酒造、日章火災海上再保険、名古屋信託各(株)取締役、日章信託、太平洋水産、帝国紡績、日清生命保険各(株)監査役となる。 1920年の第14回衆議院議員総選挙において兵庫4区から無所属で立候補して当選した。御影師範学校附属小学校保護者会役員であったことから、1923年頃から灘校設立運動を支援。
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