監物 永三(けんもつ えいぞう、1948年〈昭和23年〉2月13日 - )は、岡山県倉敷市生まれの元体操競技選手。日本体育大学名誉教授、元日本体操協会副会長。1968年メキシコシティーオリンピック、1972年ミュンヘンオリンピック、1976年モントリオールオリンピック男子団体金メダリスト。日本体育大学社会体育学科教授、副学長、アドミッションセンター長などを歴任した。 1968年メキシコシティーオリンピックにおいて、男子体操競技で当時最年少となる20歳8カ月で金メダリストとなった。世界体操選手権とオリンピックでは種目別のあん馬で合計4個のメダルを獲得。日本の男子体操黄金時代に唯一、金メダルが獲れずに「夢のタイトル」と呼ばれたあん馬で、もっとも金メダルに近いと言われた選手であった。
出典:ウィキペディア「監物永三」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
