徳川 頼韶(とくがわ よりあき、1917年(大正6年)12月3日 - 1958年(昭和33年)12月6日)は、紀州徳川家第17代当主。 1917年(大正6年)12月3日、徳川頼貞と島津忠義の十一女・為子の長男として東京府東京市芝区白金三光町(現在の東京都港区白金)で生まれる。父の頼貞にとって唯一の男子であったが、生来病弱であった。 1936年(昭和11年)7月18日、母方の伯父である島津忠重夫妻の北海道旅行に随行して上野駅を出発し、翌7月19日に青函連絡船翔鳳丸で北海道に渡った。北海道旅行は空知郡上富良野村(現在の上富良野町)にある島津家富良野農場(島津農場)の視察を目的としていたが、他にも北海道庁真駒内種畜場、王子製紙苫小牧工場、日本製鋼所室蘭製作所などの見学をする一方、五稜郭、登別温泉、洞爺湖など北海道各地の観光も行っている。
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