小林 絹治(こばやし きぬじ、1888年(明治21年)2月20日 - 1973年(昭和48年)3月28日)は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員(7期)。 1888年(明治21年)2月20日、兵庫県加東郡河合村三和(現・小野市三和町)の農家の次男として生まれた。河合小学校を卒業し、関西大学法学部卒業。代用教員をしつつ正教員を目指したが一念発起してアメリカに渡り、1916年(大正5年)にカリフォルニア大学・同大学院法科を修了する。 帰国後は立憲政友会系の中央新聞主筆、同編集局長を経て、1921年(大正10年)には南満洲鉄道に入社。秘書、参与、ニューヨーク支店長、東京支店庶務課長を歴任した。1929年(昭和4年)に退社して立憲政友会に身を置く。
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