清水 粲蔵(しみず さんぞう、1852年(嘉永5年2月) - 1895年(明治28年)11月29日)は、明治時代の政治家。教育者。衆議院議員(1期)。 清水金六の子として美濃大垣藩領安八郡上開発村(岐阜県安八郡和合村を経て現大垣市)に生まれ、のち清水又市の養嗣子となる。京都に遊学したのち、吉田秀穀に漢学を学び、大垣藩儒の員野村煥の門に入った。1876年(明治9年)岐阜師範学校を卒業し、同校助教授となる。岐阜伊奈波学校に転じたのち教職を辞し、1880年(明治13年)岐阜県属となった。1882年(明治15年)岐阜県会議員に当選し、同常置委員などを歴任した。 1890年(明治23年)7月の第1回衆議院議員総選挙では岐阜県第2区から出馬し当選。
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