許 国雄(きょ こくゆう 中: 许国雄 Xu Guoxiong 1922年10月1日–2002年5月20日)は台湾(中華民国)の政治家で教育家、医学博士、歯学博士。 元国民大会代表。東方工商専科学校の創設者・学長。元台湾省教育会理事長。中華民国全国教育会監事長。陳水扁政権では僑務委員会顧問を務めた。中国国民党評議委員。 許は、2.28事件で市参議員(市会議員)であった父親を国民党軍に殺されたが、その後、蔣経国(後の中華民国総統)と談判し、台湾の「政治改革」を訴えた。蔣から国民党への入党をすすめられ、入党している。 許は、国民党の中から台湾の政治改革を推進し、自称「李登輝派」として活動した。現在[いつ?]の日本では、国外に亡命して台湾の改革運動に取り組んだ台湾人にばかりスポットが当てられているが、実際は許のように国民党の中からこれを推進した人も数多く存在した[独自研究?]。
出典:ウィキペディア「許国雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
