天辰 正守(あまたつ まさもり、1886年(明治19年)8月19日 – 1963年(昭和38年)8月2日)は、大正から昭和期の弁護士、政治家。衆議院議員(立憲政友会)。 鹿児島県薩摩郡平佐郷天辰村(平佐村、川内町、川内市を経て現在の薩摩川内市天辰町)で、医師・天辰登雲の二男として生まれた。医師の道を避けて1917年(大正6年)京都帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業。福岡地方裁判所所属の弁護士となった。その後、判事となり、那覇地方裁判所判事、鹿児島地方裁判所判事、熊本地方裁判所判事を歴任した。1923年(大正12年)に退官し、衆議院嘱託として欧米各地を視察した。翌年に帰国し、再び弁護士を鹿児島市で開業した。
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