浦本 政三郎(うらもと せいさぶろう、1891年〈明治24年〉5月21日 - 1965年〈昭和40年〉10月8日)は日本の医学博士、尺八奏者。山形県鶴岡市出身。号である浦本 浙潮(うらもと せきちょう)の名でも知られる。 1891年(明治24年)、山形県西田川郡大宝寺村新斎部万年橋(現在の鶴岡市新海町)の名家、榊原家に生まれる。幼少期を鶴岡市で過ごすが、荘内中学校在学中に熊本の浦本家に入り、熊本中学校に転校する。その後は旧制五高、京都帝国大学医科大学、同大学院を経て1921年(大正10年)に医学博士となる。その後は東京慈恵会医科大学の教授を務め、1951年(昭和26年)ごろに退職、浦本研究所を開設する。
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