川崎 義徳(かわさき よしのり、1931年11月29日 - 2024年7月25日 )は日本の裁判官。滋賀県生まれ。 京都大学卒業。1954年に司法修習生となる。1956年に岐阜地裁・家裁で裁判官実務を経験し、1965年に最高裁調査官、1967年に最高裁事務総局で民事局課長、1972年に那覇地裁総括判事、1975年3月に東京地裁総括判事を経験。1975年4月に司法研修所事務局長に就任するも、1976年5月に女性が法曹界に進出するのに否定的発言をするという形で女性研修生に対する差別として、同年9月14日に研修所から書面による厳重注意処分を受けた(裁判官訴追委員会から訴追請求を受けるも不訴追となった)。
出典:ウィキペディア「川崎義徳」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
