森 薫(もり かおる、1904年(明治37年)4月24日 - 1986年(昭和61年)9月18日)は、日本の実業家である。出身地は大阪府。神戸電鉄の会長、阪急電鉄・北大阪急行電鉄の社長を務めた。 大阪府出身。宗太郎の息子。 1928年、京都帝国大学工学部電気工学科を卒業し、当時の新京阪鉄道に入社した。当時、新京阪を含む京阪電気鉄道グループは事業の拡張のため多くの大学・専門学校卒業生を採用しており、森もその一人だった(戦後、京阪の社長を務めた青木精太郎は同じ京大電気工学科を卒業して同期で京阪に入社している)。新京阪の京阪への合併、京阪と阪神急行電鉄の合併による京阪神急行電鉄の発足と京阪の再分離を経て、阪急電鉄に就職した。
出典:ウィキペディア「森薫 (実業家)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
