吉田 守男(よしだ もりお、1946年 - )は、日本の歴史学者。 1946年京都生まれ。1971年京都大学文学部(国史学専攻)卒業。1978年京都大学大学院文学研究科博士課程を単位取得満期退学。1987年樟蔭女子短期大学講師、助教授を経て、1994年より教授。2001年より大阪樟蔭女子大学教授。 京都が太平洋戦争で米軍の大規模な空襲を免れたのは文化財保護が目的だったという説や、このためにラングドン・ウォーナーが尽力したという「ウォーナー伝説」を否定し、京都は原爆投下目標の一つであり、原爆の威力を測定するために通常の空襲が抑制されていたことを明らかにした。またウォーナーが作成した文化財リストは枢軸国の被侵略国への賠償用のリストであること、ウォーナー伝説は民間情報教育局(CIE)のプロパガンダであることを明らかにした。
出典:ウィキペディア「吉田守男」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
