松永 俊之(まつなが としゆき、1946年〈昭和21年〉12… 松永 俊之(まつなが としゆき、1946年〈昭和21年〉12月30日 - )はフリーアナウンサー。埼玉県大宮市(現在のさいたま市大宮区)出身。株式会社マツプロ代表取締役社長。実兄は元TBSアナウンサーの松永邦久。 地方公務員の父と歌好きな母の間に生まれ、子供時代は喋るのが好きでコメディアンを将来の夢に自習時の教室や遠足のバス内で即席落語を行いクラスを沸かせていた。その後埼玉県立大宮高等学校を経て國學院大學法学部に入学、兄がTBSへ入社したこともあり日本テレビ等9社の面接を受け、卒業後の1969年に北海道放送(HBC)に入社。入社翌年には局内のレコード室のアルバイトを務めていた女性と結婚し一女をもうける。
橋田 光雄(はしだ みつお、1946年12月30日 - )は… 橋田 光雄(はしだ みつお、1946年12月30日 - )は、日本の経営者。神戸新聞社社長を務めた。 兵庫県神戸市出身。1969年に関西学院大学商学部を卒業し、同年に神戸新聞社に入社。2001年に取締役に就任し、2004年2月に常務、2006年2月に専務を経て、2008年2月には社長に就任。2010年2月には相談役に退いた。
橋本 五郎(はしもと ごろう、1946年〈昭和21年〉12月… 橋本 五郎(はしもと ごろう、1946年〈昭和21年〉12月29日 - )は、日本の新聞記者、読売新聞特別編集委員。 1946年、秋田県山本郡琴丘町(現・三種町)に生まれ。秋田県立秋田高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、1970年4月読売新聞社入社。地方部浜松支局に配属。1975年、 本社(現:東京)社会部に異動。1976年、本社政治部に異動し、政治部次長・論説委員・政治部長を歴任。渡邉恒雄の腹心といわれるようになる。 1998年、編集局次長に就任。1999年3月から読売新聞グループ本社傘下である日本テレビの『ジパングあさ6』、『ズームイン!!朝!』にコメンテーターとしてレギュラー出演し、以降NNN系列の報道番組に出演。
岡本 直之(おかもと なおゆき、1946年12月29日 - … 岡本 直之(おかもと なおゆき、1946年12月29日 - )は、日本の実業家。近畿日本鉄道代表取締役副社長や、三重交通グループホールディングス代表取締役社長、三重交通代表取締役会長、三交不動産代表取締役会長、名阪近鉄バス代表取締役会長、三重県商工会議所連合会会長等を歴任した。 三重県伊賀市出身。1965年三重県立上野高等学校卒業。1970年大阪市立大学商学部卒業。伊藤淳巳ゼミ出身。同年近畿日本鉄道入社。2003年近畿日本鉄道取締役。2005年近畿日本鉄道専務取締役。2007年近畿日本鉄道代表取締役副社長。2010年三重交通グループホールディングス代表取締役社長、三重交通代表取締役会長、三交不動産代表取締役会長、名阪近鉄バス代表取締役会長。
菅波 茂(すがなみ しげる、1946年12月29日 - )は… 菅波 茂(すがなみ しげる、1946年12月29日 - )は、広島県深安郡神辺町(現・福山市)出身の医学博士、医師、福祉事業家。国際医療ボランティアAMDA創設者、理事長。医療法人アスカ会・創設者、元理事長。アスカ国際クリニック(旧・菅波内科医院)元院長。社会福祉法人遊々会創設者、理事長。 アジアを中心に以下のような世界中の災害発生地に医師を派遣している。
藤澤 武(ふじさわ たけし、1946年12月29日 - )は… 藤澤 武(ふじさわ たけし、1946年12月29日 - )は、NHKの元エグゼクティブアナウンサー。 大分県立津久見高等学校を経て日本大学を卒業後、1970年入局。 現役時代は九州・四国・中国・近畿・中部・関東・東北と北海道以外全ての地域で勤務。長らくスポーツ実況を担当し、特に『大相撲中継』では輪島・貴ノ花(初代)、北の湖、千代の富士、若貴フィーバーの時代、千代大海登場の1999年初場所まで23年間務めた。 その後スポーツから退いて報道のアナウンサーとなった。2010年ごろまでは嘱託でNHK BSニュースを担当していたが、2011年からNHK鳥取放送局のシニアスタッフとして赴任し、2013年3月まで担当していた。
上田 準二(うえた じゅんじ、1946年〔昭和21年〕12月… 上田 準二(うえた じゅんじ、1946年〔昭和21年〕12月27日 - )は、日本の実業家。ファミリーマート代表取締役社長や、ユニー・ファミリーマートホールディングス代表取締役社長を経て、同社相談役。 秋田県横手市大森町出身。秋田県立横手高等学校 卒業後すぐには就職せず、地元の郵便局長に声を掛けられ、昼は電報配達、夜は電話交換手をしていた。 1970年山形大学文理学部卒業。同年、伊藤忠商事入社。入社が内定した際、母は「下駄屋」や「反物屋」へ就職するものだと勘違いしたとのエピソードがある。経理部勤務を経て翌年、大阪畜産支部へ異動。その間海外赴任を経験し、1986年に業務本部へ異動。1989年には畜産第一課長となり、その後加工センター長、営業本部長、経営企画本部長となる。
近江 友介(おうみ ゆうすけ、1946年12月26日 - )… 近江 友介(おうみ ゆうすけ、1946年12月26日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションはFW(左ウイング)。 都内の小学校入学後すぐに群馬県前橋市に転居。小学4年生のときに埼玉県浦和市(現さいたま市)に転居した。浦和市立高等学校3年次に主将として日高憲敬や鈴木保らと共に1965年度の高校選手権優勝に貢献。法政大学を経て1970年に日立製作所に入部。同年に日本代表に選出され、1970年のアジア競技大会など、国際Aマッチ5試合に出場した。
藤本 建夫(ふじもと たてお、1946年12月24日 - )… 藤本 建夫(ふじもと たてお、1946年12月24日 - )は、日本の経済学者、甲南大学名誉教授。 高知県生まれ。1969年岡山大学法文学部経済学科卒業、1974年京都大学大学院経済学研究科博士課程満期退学。1985年「ドイツ帝国財政の社会史」で経済学博士。1978年甲南大学経済学部助教授、1983年教授。2015年名誉教授。 2025年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
内田 勝一(うちだ かついち、1946年12月23日 - )… 内田 勝一(うちだ かついち、1946年12月23日 - )は、日本の法学者。勲等は瑞宝中綬章。専門は民法。早稲田大学名誉教授、元副総長、元孔子学院院長。篠塚昭次門下。同門には、早稲田大学総長の鎌田薫や浦川道太郎がいる。東京都出身。
井上 道義(いのうえ みちよし、1946年12月23日 - … 井上 道義(いのうえ みちよし、1946年12月23日 - )は、日本の指揮者・ピアニスト・作曲家。2007年1月から2018年3月までオーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督、2014年4月から2017年3月まで大阪フィルハーモニー交響楽団首席指揮者を、それぞれ務めた。2024年に引退した。 東京生まれ。実の父はアメリカ人であり、育ての父が亡くなった数年後の45歳のとき母に問うたところ、アメリカ人であることを知った。父母ともに子供が外国人との間に生まれた子であったことを周囲に隠していたという。父はアメリカ合衆国生まれで、祖父は広島県からの移民。 成城学園出身。ピアノを室井摩耶子、山岡優子に学ぶ。
阿部 豊太郎(あべ とよたろう、1946年12月23日 - … 阿部 豊太郎(あべ とよたろう、1946年12月23日 - )は、日本の経営者。丸美屋食品工業社長を務めている。東京都出身。 1970年に東京大学経済学部を卒業し、同年に日本長期信用銀行に入行した。1985年に丸美屋食品工業に転じ、1994年6月に社長に就任。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
佐藤 典人(さとう のりひと、1946年12月23日 - )… 佐藤 典人(さとう のりひと、1946年12月23日 - )は、日本の地理学者、法政大学名誉教授。専門は、気候学。法政大学通信教育部部長や、法政大学野球部部長なども務めた。 秋田県大仙市生まれ。 1970年に法政大学文学部地理学科を卒業し、1976年に大学院人文科学研究科地理学専攻博士課程在学した。その後、1992年に「東北地方の梅雨期のひと雨降水量分布に関する気候地理学的研究」により、法政大学から文学博士を取得している。 1975年に法政大学文学部研究助手となり、以降、1978年に専任講師、1981年に助教授、1986年に教授と昇任し、1997年から1998年にかけてはニュージーランドのオタゴ大学客員教員であった。
土屋 恵一郎(つちや けいいちろう、1946年12月23日 … 土屋 恵一郎(つちや けいいちろう、1946年12月23日 - )は、日本の法学者(法哲学)、演劇評論家。前明治大学学長、名誉教授、博士(法学)。教務理事。観世文庫理事。北京大学日本文化研究所顧問。 東京都墨田区向島出身。1969年明治大学法学部卒業、法学研究科博士課程単位取得満期退学。明治大学法学部助教授、教授をへて、学長を2020年まで務め、名誉教授。中村雄二郎のもとでハンス・ケルゼン、ジェレミ・ベンサムなどの研究をするかたわら、能を中心とした演劇研究の「橋の会」に参加し、身体論とりわけ舞踏・舞踊・ダンスについての評論があり、1990年『能 現在の芸術のために』で芸術選奨新人賞受賞。芸術選奨選考委員。
山崎 裕之(やまざき ひろゆき、1946年12月22日 - … 山崎 裕之(やまざき ひろゆき、1946年12月22日 - )は、埼玉県上尾市出身の元プロ野球選手(内野手)。 実家は和菓子店。小学校低学年の頃に実家の裏の造り酒屋の若い衆に初めて野球を教わる。中学入学後に野球部に入部して本格的に野球を始め、最初は投手を務めた。中学卒業後は、埼玉県立上尾高等学校野球部監督の野本喜一郎からの熱心な勧誘があったことや、2歳上の兄が以前所属していたことから、上尾高校への進学を決めた。上尾高校では1962年、1年生の時に三番・ピッチャーとして夏の甲子園予選西関東大会決勝に進出するが、佐野嘉幸を四番打者に据えた甲府工に惜敗し、甲子園には届かなかった。 2年春の1963年春の選抜に遊撃手兼控え投手として初出場を果たす。
高木 文子(たかぎ ふみこ、1946年〈昭和21年〉12月2… 高木 文子(たかぎ ふみこ、1946年〈昭和21年〉12月22日 - )は、日本の旧皇族。高木代々吉の妻。皇籍離脱前の身位は女王で、皇室典範における敬称は殿下。旧名、文子女王(ふみこじょおう)。盛厚王と同妃成子内親王の第1王女。明治天皇の玄孫、大正天皇と貞明皇后の曽孫、昭和天皇と香淳皇后の孫、第125代天皇・明仁の姪、第126代天皇・徳仁の従姉にあたる。 1946年(昭和21年)12月22日、東久邇宮家の盛厚王と昭和天皇の第1皇女子である照宮成子内親王との間に、第2子(長女)として、東京都芝区高輪南町の東久邇宮邸に於いて誕生した。12月28日、文子(ふみこ)と命名された。1947年(昭和22年)10月14日、父方の祖父・東久邇宮稔彦王とともに、皇室典範(昭和22年法律第3号)第13条により皇籍離脱した。
鳥海 光弘(とりうみ みつひろ、1946年12月22日 - … 鳥海 光弘(とりうみ みつひろ、1946年12月22日 - )は、日本の地球科学者、東京大学名誉教授。 1946年神奈川県生まれ。1965年神奈川県立多摩高等学校卒業。1969年東京大学理学部地学科(地質学・鉱物学)卒業。1972年同大学院理学系研究科地質学専攻修士課程修了。1974年、同博士課程中退。1974年「関東山地の三波川変成岩の岩石学的研究」で理学博士の学位を取得。1974年、東京大学総合資料館助手、1978年愛媛大学理学部助教授、1985年東京大学理学部助教授、1991年同教授、1999年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。2011年定年退官、名誉教授、海洋研究開発機構海洋地球生命史研究分野分野長。
上村 清隆(かみむら きよたか、1946年12月22日 - … 上村 清隆(かみむら きよたか、1946年12月22日 - )は、日本の政治家。新潟県南魚沼郡湯沢町長(第6代、2期)。
矢野 雅文(やの まさふみ、1946年12月22日 - ) … 矢野 雅文(やの まさふみ、1946年12月22日 - ) は、日本の神経科学者。東北大学名誉教授。科学技術庁長官発明賞受賞。 福岡県出身。1969年九州大学薬学部卒業。1971年九州大学大学院薬学研究科製薬化学専攻修士課程修了。1974年九州大学大学院理学研究科生物学専攻博士課程単位取得退学、日本学術振興会奨励研究員。1975年九州大学理学部研究生。1977年帝京大学薬学部助手。1980年東京大学薬学部助手。1985年東京大学薬学博士。1986年東京大学薬学部講師。1987年科学技術庁長官発明賞受賞。1990年東京大学薬学部助教授。1992年東北大学電気通信研究所教授。2004年東北大学電気通信研究所副所長。
高田 坦史(たかだ ひろし、1946年12月22日 - )は… 高田 坦史(たかだ ひろし、1946年12月22日 - )は、日本の実業家。トヨタアドミニスタ代表取締役会長を経て、民間人初の中小企業基盤整備機構理事長や、全日本シーエム放送連盟理事長を務めた。 静岡県出身。1959年静岡市立東中学校入学。1965年静岡県立静岡高等学校卒業。1969年神戸大学経済学部卒業、トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。国内企画部室長を経て、1995年宣伝部長。2001年には佐々木眞一、金田新、小野博信、白井芳夫、井川正治らとともに、取締役に昇格。 2003年トヨタ自動車常務役員。2005年トヨタ自動車専務取締役。2009年トヨタアドミニスタ代表取締役会長、トヨタ名古屋教育センター取締役会長、トヨタマーケティングジャパン代表取締役社長、トヨタモーターセールス&マーケティング代表取締役社長。
光栄 堯夫(みつはな たかお、1946年12月22日 - )… 光栄 堯夫(みつはな たかお、1946年12月22日 - )は歌人、文芸評論家。 茨城県生まれ。東洋大学文学部国文学科卒業、上智大学大学院文学研究科修士課程修了。 大学在学中より詩誌「L'ETRANGER」を編集。その後、歌誌「個性」の同人として、加藤克巳に師事。詩、短歌以外にも、評論、小説と広く文芸の領域に関わる。歌集『姿なき客人』(五月書房、2003年)は、デザイナー・田淵裕一とのコラボレーションによる展覧会「輪郭の幻影 光栄堯夫歌集「姿なき客人」から」へと発展する。 現在は短歌を中心に活動を行っているが、その作風は、モダニズム短歌の影響を受けながら、いわば現代の黙示録的状況を描く手段として活用するところに独自性がある。
太田 英昭(おおた ひであき、1946年(昭和21年)12月… 太田 英昭(おおた ひであき、1946年(昭和21年)12月22日 - )は、日本のテレビプロデューサー、実業家。フジ・メディア・ホールディングス社長、産経新聞社会長を務めた。一般社団法人ジャパンフォワード推進機構代表理事。勉強会「立志塾」主宰。 北海道千歳市出身。中央大学法学部卒業後、フジテレビジョン入社。社会教養部に配属される。同期に山田良明(共同テレビジョン社長)、久保田榮一(扶桑社・育鵬社社長)。吉田填一郎(日本テレビアナウンサー)は大学の同期。 『小川宏ショー』(アシスタントディレクター)、『おはよう!ナイスディ』(チーフディレクター)、『なんてったって好奇心』(チーフプロデューサー)、『ザ・ノンフィクション』(立ち上げ)など情報番組の制作に携わる。
高坂 光幸(こうさか みつゆき、1946年〈昭和21年〉12… 高坂 光幸(こうさか みつゆき、1946年〈昭和21年〉12月22日 - )は秋田県北秋田郡鷹巣町出身の日本の映像監督、製作主任である。 立命館大学英米文学科を卒業後、映画製作会社の男プロに助監督として入社したが、すぐに男プロが倒産してフリーに、その後は京都映画撮影所の助監督として活動、『必殺シリーズ』では『必殺仕掛人』から助監督を務め、『必殺仕業人』の第27話で初めて監督を務めた。その後も必殺シリーズの監督を務めたが、『必殺仕事人』の第34話で監督を務めて以降は監督業からは遠ざかり、制作主任、制作者として活動している。 2022年に立東舎から発刊された高鳥都による著書『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』(ISBN 978-4-8456-3804-8) ではインタビューが掲載された。
汀 夏子(みぎわ なつこ、1946年12月21日 - )は、… 汀 夏子(みぎわ なつこ、1946年12月21日 - )は、女優で元宝塚歌劇団雪組トップスター。大阪市出身。
堀田 泰司(ほった やすじ、1946年12月21日 - )は… 堀田 泰司(ほった やすじ、1946年12月21日 - )は、日本の法学者、弁護士。専門は民法で、特に請負契約を研究対象とする。九州国際大学名誉教授、前学長、法学部・大学院法学研究科教授。広島県三原市出身。 新版不動産取引の基礎、(共著)青林書院、1983年 民法と現代社会、(共著)嵯峨野書院、1989年 民事裁判例の基本原理、(共著)嵯峨野書院、1989年 債権法各論・市民社会の法シリーズⅣ、(編著)嵯峨野書院、1998年 現代民事法学の構想・内山尚三先生追悼論文集、(編著)信山社、2004年 『債権法各論』〔新現代社会と法シリーズⅣ〕(編著)(嵯峨野書院、2006年 『民法総則』〔新現代社会と法シリーズⅠ〕(編著)(嵯峨野書院、2007年 『民法総則』〔スタンダール民法シリーズⅠ〕(編著)(嵯峨野書院、2015年 『債権法各論』〔スタンダール民法シリーズⅣ〕(編著)(嵯峨野書院、2016年 『物権・担保物権法』〔スタンダール民法シリーズⅡ〕(編著)(嵯峨野書院、2019年|-|主な論文 建設請負契約における諸問題(一)、(二)、(三・完)(単著)建設総合研究24巻3・4合併号、1975年、建設総合研究25巻1号、1976年、建設総合研究25巻2号、1976年 ジョイント・ヴェンチャーに関する一考察(単著)八幡大学論集第31号第3号、1981年 請負と所有権移転の時期(単著)現代民法学の基本問題(中)、第一法規、1983年 安田先生の借地借家法論(単著)安田民法学、八幡大学社会文化研究所、1984年 債権譲渡の対抗要件(単著)債権法重要論点研究、酒井書店、1988年 中間省略登記(単著)物権法重要論点研究、酒井書店、1991年 定期借家制度における問題点(単著)、財産法諸問題の考察・小林一俊博士古希記念論集、酒井書店、2004年|-|学会発表 わが国に於ける公共工事請負契約の問題点(第85回九州法学会)1992年|-|その他
川上 康男(かわかみ やすお、1946年12月21日 - )… 川上 康男(かわかみ やすお、1946年12月21日 - )は、日本の実業家である。株式会社長府製作所代表取締役会長、サンポット株式会社取締役、下関商工会議所会頭、山口県商工会議所連合会会頭。 1946年、長府製作所の実質的創業者である川上米男の四男として山口県下関市に生まれる。静岡大学工学部を卒業後、1971年に長府製作所に入社。その後、取締役営業所長や取締役宇都宮工場長を歴任し、1997年12月9日に代表取締役社長に就任。社長在任中には、東証一部上場を果たし、暖房機器メーカーのサンポットを子会社化するなど会社を大きく成長させた。2012年3月23日付で代表取締役会長に就いた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
堤 俊作(つつみ しゅんさく、1946年12月21日 - 2… 堤 俊作(つつみ しゅんさく、1946年12月21日 - 2013年9月1日)は、日本の指揮者。 1946年生まれ。桐朋学園大学卒業。指揮を齋藤秀雄に師事。東京交響楽団副指揮者、及び 同正指揮者を経て、1975年に東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団を設立、常任指揮者として17年にわたってその育成に努めた。1974年、ロンドンでルパート指揮者コンクールに入賞。1978年、ジュネーブ国際音楽コンクール指揮部門で最高位を受賞。ロンドン交響楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、シモン・ボリバール交響楽団などに客演。バレエ音楽の指揮者としても活動。1988年から1992年まで札幌交響楽団の専属指揮者。その間、三枝成彰のヴァイオリン協奏曲の委嘱公演、東南アジア演奏旅行などを行った。
東野 治之(とうの はるゆき、1946年12月20日 - )… 東野 治之(とうの はるゆき、1946年12月20日 - )は、日本の歴史学者。専攻は日本古代史、文化財史料学。大阪大学名誉教授。奈良大学名誉教授。教授。東京国立博物館客員研究員。日本学士院会員。博士(文学)(東京大学)。紫綬褒章受章。 1946年、兵庫県西宮市で生まれた。甲陽学院中学校・高等学校を卒業(46回卒業生)。甲陽学院中学時代からすでに漢文に親しみ、白文で読むことができたという。大阪市立大学文学部に進学し、1969年に卒業。同大学大学院文学研究科国史学専攻に進み、1971年に修士課程を修了した。 1970年から奈良文化財研究所文部技官として勤務。その後、奈良大学助教授に転じた。1982年、大阪大学教養部助教授に就任。
小林 千草(こばやし ちぐさ、1946年12月20日 - 2… 小林 千草(こばやし ちぐさ、1946年12月20日 - 2021年11月2日)は、日本の国語学者、作家。 鹿児島県生まれ、京都府育ち。1969年京都教育大学国文科卒。1972年東京教育大学大学院文学研究科修士課程修了。1985年佐伯国語学賞受賞、1993年成城大学短期大学部助教授、1998年教授、2001年「中世文献の表現論的研究」で東北大学文学博士、2002年同著で新村出賞受賞。2004年東海大学文学部教授。2012年定年、特任教授(2015年3月まで)。千草子(せん・そうこ)の筆名で小説・評論も書く。夫も国語学者の小林賢次。
天野 文雄(あまの ふみお、1946年12月20日 - )は… 天野 文雄(あまの ふみお、1946年12月20日 - )は、日本の美学者、能楽研究者。京都造形芸術大学舞台芸術センター所長、大阪大学名誉教授。 東京都八王子市生まれ。早稲田大学第一法学部卒業後、編集者などを経て國學院大學文学部に学士入学。1980年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1996年『翁猿楽研究』で法政大学文学博士、また同書で観世寿夫記念法政大学能楽賞を受賞する。上田女子短期大学助教授、大阪大学文学部助教授を経て、1996年教授。2006年大阪大学文学部長に就任。2008年『世阿弥がいた場所』で河竹賞受賞。2006年より2014年まで日本演劇学会会長。2010年大阪大学を定年退職、名誉教授となる。
浦野 千賀子(うらの ちかこ、1946年12月20日 - )… 浦野 千賀子(うらの ちかこ、1946年12月20日 - )は、日本の女性漫画家。大阪府門真市出身。 貸本漫画で漫画家としてデビューした。代表作『アタックNo.1』は1969年にアニメ化され、一大バレーボールブームを巻き起こすに至った。 夫は漫画家の名胡桃ゆう(2009年6月死去)。浦野の作品のストーリー、ネームの多くは夫が担当していたという。漫画家のさだやす圭は義弟(夫の弟)である。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
中尾 則幸(なかお のりゆき、1946年(昭和21年)12月… 中尾 則幸(なかお のりゆき、1946年(昭和21年)12月19日 - )は、日本の政治家、実業家。北海道メディアポート代表取締役。参議院議員(1期)を務めた。 北海道早来町(現安平町)生。北海道苫小牧東高等学校、早稲田大学第一文学部卒業後、札幌テレビ放送に入社。プロデューサーを務める。 1992年、第16回参議院議員通常選挙に北海道選挙区から立候補し、初当選。当初は日本社会党会派に所属したが、1995年北海道知事選挙で新進党・社会党が推薦する前副知事の堀達也ではなく、自民党・自由連合が推薦し、新党さきがけが支持する伊東秀子を金田誠一と共に支援したため、党より除名処分を受ける。その後は新党護憲リベラルに所属。
桃井 恒和(ももい つねかず、1946年12月19日 - )… 桃井 恒和(ももい つねかず、1946年12月19日 - )は、日本の新聞記者、実業家。株式会社読売巨人軍代表取締役会長。 株式会社読売新聞東京本社総務局局長、株式会社読売新聞東京本社執行役員、株式会社読売巨人軍ではオーナーや社長などを歴任した。 神奈川県出身。栄光学園高等学校を経て東京大学文学部卒業後の1970年に読売新聞社に入社。 読売新聞では主に社会部記者として活動、犯罪報道を担当した。2000年3月に読売新聞東京本社社会部長に就任。2000年5月に京都大学で開催された『日本刑法学会』大会では第3分科会「犯罪報道と人権」にてマスコミ側関係者としてコメンテーターを務めている。 2002年1月に東京本社編集局次長、2003年に東京本社総務局人事部長、2004年には東京本社執行役員(総務局長兼任)にそれぞれ就任。
黒谷 研一(くろや けんいち、1946年12月19日 - )… 黒谷 研一(くろや けんいち、1946年12月19日 - )は、日本の海事実業家。川崎汽船代表取締役社長を務めた。 岐阜県大垣市出身。1969年関西学院大学経済学部卒業、川崎汽船入社。1997年定航部担当役員付部長。1998年コンテナ船事業担当役員付部長。1999年理事。2003年からシンガポール子会社の“K”LINE PTE LTDのマネージング ダイレクターを務めた。2010年に本社取締役を経ない異例の人事で川崎汽船の代表取締役社長に抜擢され、赤字のコンテナ船の立て直しにあたったが、2011年に「一身上の都合」を理由に退任した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
平尾 和雄(ひらお かずお、1946年12月19日 - )は… 平尾 和雄(ひらお かずお、1946年12月19日 - )は、日本のノンフィクション作家。 埼玉県出身。東京都立大学 (1949-2011)卒。1972年ネパールのダウラギリ県タトパニ村でネパール人女性スルジェと結婚、旅館・スルジェ館を開業。87年帰国。 1981年『ヒマラヤ・スルジェ館物語』で第3回講談社ノンフィクション賞受賞。
坂本 廣子(坂本広子、さかもと ひろこ、1946年12月19… 坂本 廣子(坂本広子、さかもと ひろこ、1946年12月19日 - 2018年6月28日)は、日本の料理研究家。イラストレイターの坂本佳奈は娘。 兵庫県神戸市出身。旧姓・原田。1969年同志社大学文学部英文学部卒。美作大学大学院卒。2016年「学校外食育の指導方法に関する研究」で学術博士。幼児期からの食育の重要性を説き、NHK「ひとりでできるもん!」監修を務めた。相愛大学客員教授。 2018年6月28日、肺血栓症のため死去。71歳没。
中野 雅男(なかの まさお、1946年12月19日 - )は… 中野 雅男(なかの まさお、1946年12月19日 - )は、実業家である。全日空商事元代表取締役社長である。 山口県出身。1970年3月、山口大学経済学部卒業。同年7月、全日本空輸(ANA)入社。1998年3月、同社販売本部国内販売推進部長。2001年4月、同社執行役員西日本販売カンパニー長。2002年1月、同社同役員営業推進本部副本部長及び販売業務室長。2003年6月、同社常務取締役執行役員同本部長。2005年4月、同社専務取締役同役員同本部長。2006年4月、全日空商事常勤顧問。同年6月、同社代表取締役社長に就任した。2012年3月31日付で社長を退任し、非常勤の顧問となった。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
久田 宗弘(ひさだ としひろ、1946年12月19日 - )… 久田 宗弘(ひさだ としひろ、1946年12月19日 - )は、日本の実業家。DCMホールディングス代表取締役会長兼CEO。愛知県常滑市出身。 くろがねやがカーマと提携していた関係で同社長からカーマに転向し、社長に就任。その後、カーマが松山市に本社を置くダイキと提携関係となり、それにホーマックが加わる形で、DCM Japan(後のDCMホールディングス)を設立。この提携を経営統合にまで昇華させ、DCM Japanホールディングス(後のDCMホールディングス)を設立。カーマの社長と兼任で設立と同時に副社長に就任した。 ところが、コンプライアンス担当の副社長(ダイキの社長)が辞職したのに続き、ホーマック関係者からインサイダー問題で逮捕者(ホーマックと取引のある企業の社長)が出たことで、同社出身である前田勝敏社長が引責辞職したことに伴って、前田の指名を受け社長に昇格した。
佐々木 眞一(ささき しんいち、1946年12月18日 - … 佐々木 眞一(ささき しんいち、1946年12月18日 - )は、日本の技術者、実業家。トヨタ自動車代表取締役副社長や、トヨタ東京自動車大学校理事長、名古屋グランパスエイト代表取締役社長を経て、首都高速道路取締役会長、日本科学技術連盟理事長、道路新産業開発機構会長。 秋田県秋田市千秋中島町生まれ。秋田県立秋田工業高等学校ラグビー部出身の父眞平が、トヨタ自動車ラグビー部の選手となったため、小学校入学前に一家で愛知県豊田市に移住した。 1965年、愛知県立岡崎高等学校卒業。1970年に北海道大学工学部機械工学科卒業、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。長く品質管理を担当し、トヨタモーターマニュファクチャリングUK品質管理部長、堤工場品質管理部長等を経て、2001年に小野博信、金田新、白井芳夫、井川正治、高田坦史らとともに取締役昇格。
原 尞(はら りょう、1946年12月18日 - 2023年… 原 尞(はら りょう、1946年12月18日 - 2023年5月4日)は、日本の推理作家。本名は原 孝。私立探偵沢崎を主人公とするハードボイルド小説で人気を博した。1989年直木賞受賞。佐賀県鳥栖市在住。 佐賀県鳥栖市生まれ。福岡県立福岡高等学校を経て、九州大学文学部美学美術史科卒業。福岡高校の同期に医師の中村哲がいる。 大学卒業後の1969年春、上京。設立されたばかりのCBS・ソニーに「公募で入社した最初の“新卒”の社員」として入社し、企画部に配属される。地方の大学から入社した唯一の新卒社員だったという。だが会社員生活は性に合わず、ほとんど仕事をすることなく2か月で退社。その後、フリージャズ・ピアニストとして活動し、高木元輝や阿部薫らと共演した。
山田 良明(やまだ よしあき、1946年12月18日 - )… 山田 良明(やまだ よしあき、1946年12月18日 - )は、ドラマを手がけるテレビプロデューサー。共同テレビジョン取締役相談役、フジクリエイティブコーポレーション(FCC)取締役、バスク取締役。
三浦 雅士(みうら まさし、1946年12月17日 - )は… 三浦 雅士(みうら まさし、1946年12月17日 - )は、日本の編集者、文芸評論家、舞踊研究者。日本芸術院会員。1978-80年は執筆時に今井裕康というペン・ネームを使用した。 「ユリイカ」「現代思想」の編集長を経て評論家に。文学、芸術、思想を中心に批評活動を展開する。著書に『メランコリーの水脈』(1984年)、『小説という植民地』(1991年)、『考える身体』(1999年)、『人生という作品』(2010年)など。 青森県弘前市出身。青森県立弘前高等学校卒業。 1969年、青土社創業とともに入社、『ユリイカ』創刊に参画。1972年より『ユリイカ』編集長。1975年より『現代思想』編集長。1982年退社。
吉永 陽一(よしなが よういち、1946年12月17日 - … 吉永 陽一(よしなが よういち、1946年12月17日 - )は、日本の音楽教育者、教員。神戸山手大学特任教授、兵庫県吹奏楽連盟副会長、関西吹奏楽連盟理事、NPO法人アマバンド&スポーツ副理事長。兵庫県神戸市兵庫区出身。
山内 俊夫(やまうち としお、1946年(昭和21年)12月… 山内 俊夫(やまうち としお、1946年(昭和21年)12月17日 - )は、日本の実業家、元政治家。香川県丸亀市出身。 参議院議員(2期)、文部科学副大臣(福田康夫改造内閣、麻生内閣)、香川県議会議員(2期)などを務めた。 1965年香川県立丸亀高等学校卒業、1969年早稲田大学教育学部教育学科卒業。セーラー広告勤務を経て、家業の株式会社山内不動産を承継し代表取締役社長。このほか瀬戸大橋タワー副社長等を歴任した。 1972年 丸亀青年会議所入会。その後青年会議所四国地区協議会会長、香川県社会教育委員などを歴任。 1991年 香川県議会議員に初当選、1995年に再選。 1998年 第18回参議院議員通常選挙(香川県選挙区)に自民党公認、公明党推薦で初当選。
有藤 通世(ありとう みちよ、1946年12月17日 - )… 有藤 通世(ありとう みちよ、1946年12月17日 - )は、高知県高岡郡宇佐町(現:土佐市)出身・千葉県船橋市在住のプロ野球解説者、元選手(内野手、外野手)・監督。プロゴルファーの有藤実花(長女)、有藤智香(次女)、有藤英世(長男)の父。
加藤 国洋(加藤 國洋、かとう くにひろ、1946年(昭和2… 加藤 国洋(加藤 國洋、かとう くにひろ、1946年(昭和21年)12月17日 - 2024年 (令和6年) 6月2日)は、日本の政治家。元山形県尾花沢市長(2期)、元山形県議会議員(3期)、元尾花沢市議会議員。 山形県尾花沢市出身。日本大学法学部法律学科卒業。1970年(昭和45年)4月、殖産相互銀行(現・きらやか銀行)に就職。1988年(昭和63年)9月、同行を退社。1989年(平成元年)4月、株式会社佐藤商会取締役に就任。 1991年(平成3年)7月、尾花沢市議会議員に就任。何期市議を務めたかは不明。 1999年(平成11年)4月の山形県議会議員選挙に初当選。計3期、県議を務めた。県議時代は自由民主党に所属した。
苧阪 直行(おさか なおゆき、1946年12月16日 - )… 苧阪 直行(おさか なおゆき、1946年12月16日 - )は、日本の心理学者。京都大学名誉教授。専門は、認知科学・社会脳科学・ワーキングメモリ。大阪大学脳情報通信融合センター招聘教授、日本学士院会員。2020年春、瑞宝重光章受章。文学博士。 父・苧阪良二は心理学者で京都大学名誉教授、妻・苧阪満里子も心理学者で大阪大学名誉教授。 京都府出身。1965年京都府立鴨沂高等学校卒業。1971年京都教育大学教育学部卒業。1976年京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学、1979年「周辺視に於ける明るさ受容機構の精神物理学的研究」で文学博士の学位を取得。1977年追手門学院大学専任講師、1981年同助教授、1987年京都大学文学部助教授、1994年教授、2008年文学研究科長・文学部長、2010年定年退任、名誉教授。
大松 繁(おおまつ しげる、1946年12月16日 - )は… 大松 繁(おおまつ しげる、1946年12月16日 - )は、愛媛県出身の日本の電子情報工学・システム工学者。大阪府立大学名誉教授。元大阪工業大学および徳島大学教授。工学博士(大阪府立大学)。日本学術振興会科学研究費委員会元専門委員。文部科学省科学研究費専門委員会元委員。システム制御情報学会2007会長。計測自動制御学会フェロー・元理事。電気学会フェロー・電子・情報・システム部門2007副部門長。スペインのITイノベーション研究機関AIR Instituteテクニカルアドバイザー。元Springer Lecture Notes on Distributed Computation and Artificial Intelligence Editor。
米村 天心(よねむら てんしん、1946年12月16日 - … 米村 天心(よねむら てんしん、1946年12月16日 - 2016年6月20日)は、秋田県鹿角郡花輪町(現在の鹿角市)出身の高島部屋所属の元大相撲力士、元プロレスラー。大相撲時代の四股名は高昇 紀彰(たかのぼり としあき)で最高位は幕下75枚目。本名、米村勉(よねむら つとむ)。 高島部屋に入門して米村の四股名で1962年9月場所初土俵、その後四股名を鹿角山(かづのやま)、高昇(たかのぼり)と改め幕下まで昇進したが、伸び悩み1969年1月場所限りで廃業となった。 大相撲廃業後は、金子武雄が経営するボディビル・ジムでトレーナーをしていたが1972年に金子の勧めで国際プロレスに入団。国際プロレス崩壊後は、マイティ井上とともに全日本プロレスに移籍した。
樫本 孝(かしもと たかし、1946年(昭和21年)12月1… 樫本 孝(かしもと たかし、1946年(昭和21年)12月15日 - )は、日本の政治家。実業家。大阪経済大学理事。阿波バラス社長。 大阪経済大学経済学部卒業。徳島文理大学大学院総合政策学研究科修了。徳島県吉野川市出身。 徳島県鴨島町(現:吉野川市)出身。大阪経済大学経済学部を卒業し、大学卒業後は阿波バラスへ入社。1992年(平成4年)に鴨島商工会議所(現:吉野川商工会議所)の会頭に就任。 1991年(平成3年)に徳島県議会議員選挙に出馬し初当選し、2019年(令和元年)まで通算5期務めた。その間、2009年(平成21年)から2010年(平成22年)まで徳島県議会副議長、2012年(平成24年)から2013年(平成25年)まで徳島県議会議長を務めた。