山本 雅基(やまもと まさき、1963年10月24日 - )… 山本 雅基(やまもと まさき、1963年10月24日 - )は、日本の社会福祉事業家。「一般社団法人ハートウェアタウン山谷実行委員会(CCRC)」「カトリック・ヨセフ・ピタウ大司教記念福祉会」代表。元「認定NPO法人 きぼうのいえ」施設長、同施設を運営する特定非営利活動法人きぼうのいえ理事長を務めていた。2018年6月をもって、特定非営利活動法人きぼうのいえを退職・退任した。 1963年に生まれ、両国で育った。 通信制の大学で西洋哲学を学び、20歳ころに日本基督教団で洗礼を受けた。1985年、日本航空123便墜落事故の報道に接し、聖職者を志す。その後、聖公会に転じて堅信礼を受けたが、さらにカトリックに改宗し、レデンプトール会の修道会志願者となって、上智大学神学部に学んだ。
東一夫(ひがし かずお、1955年3月26日 - )は、日本… 東一夫(ひがし かずお、1955年3月26日 - )は、日本の経営コンサルタントで福祉事業家。学位はMBA(ミシガン州立大学)。ホープ社会事業協同組合理事長、ホープグループ代表(複数の障がい者就労支援施設を運営する。複数の企業の代表取締役を兼任)。 大阪市都島区出身。兵庫県立西宮高等学校を経て、関西大学工学部卒業。ミシガン州立大学経営大学院修士課程修了(MBA)。 日本電気[事業会社]、シティバンク[金融会社]、三和総合研究所(現 三菱UFJリサーチ&コンサルティング)[シンクタンク]を経て、1997年4月に独立してコンサルティング会社を設立。2008年6月から福祉事業を立ち上げ、2018年3月に障害者雇用を促進するホープ社会事業協同組合を創設、現在に至る。
佐瀬 睦夫(させ むつお、1947年 - )は、日本の社会福… 佐瀬 睦夫(させ むつお、1947年 - )は、日本の社会福祉事業家。社会福祉法人県央福祉会理事長など歴任。 福島県生まれ。1969年、駒澤大学法学部卒業。同年、社会福祉法人子どもの生活研究所入社。1970年、日本社会事業学校専修科卒業。同年、社会福祉法人唐池学園(児童養護施設)入社。1975年、子どもの生活相談室(障碍児母子療育施設)を開設。 1983年、社会福祉法人県央福祉会ふきのとう舎(知的障がい者通所授産施設)の開設にともない理事および園長に就任。 1996年、県央福祉会常務理事。2012年より同理事長(神奈川県大和市)。 社会福祉法人ル・プリ理事、社会福祉法人十愛療育会理事、シーガル研修・研究機構理事など歴任。
菅波 茂(すがなみ しげる、1946年12月29日 - )は… 菅波 茂(すがなみ しげる、1946年12月29日 - )は、広島県深安郡神辺町(現・福山市)出身の医学博士、医師、福祉事業家。国際医療ボランティアAMDA創設者、理事長。医療法人アスカ会・創設者、元理事長。アスカ国際クリニック(旧・菅波内科医院)元院長。社会福祉法人遊々会創設者、理事長。 アジアを中心に以下のような世界中の災害発生地に医師を派遣している。
永野 孝男(ながの たかお、1945年〈昭和20年〉3月12… 永野 孝男(ながの たかお、1945年〈昭和20年〉3月12日 - )は、日本の政治家、福祉事業家。自由民主党 、大阪維新の会所属。大阪府議会議員(3期)、岸和田市議会議員。旭日小綬章受章者。大阪府議会副議長、岸和田市議会副議長を歴任。31代・32代岸和田市長永野耕平の父。 大阪府岸和田市三田町に生まれる。永野孝の長男。岸和田市立産業高等学校を卒業、近畿大学法学部に入学、卒業して社会福祉法人岸和田学園に奉職する。 1971年、岸和田市議会議員に当選し、同副議長を経験。大阪府議会議員選挙では落選を経験するも、2003年に当選。 自民党所属だったが2期目途中の2010年に大阪維新の会創設に参加。3期目の2011年から大阪府議会日華親善議員連盟会長、2014年5月から岡沢健二議長とともに大阪府議会副議長を務め、その任期末で政治家引退。
堀田 力(ほった つとむ、1934年4月12日 - 2024… 堀田 力(ほった つとむ、1934年4月12日 - 2024年11月24日)は、日本の検察官、弁護士、福祉事業家。さわやか法律事務所所長、第一東京弁護士会所属、公益財団法人さわやか福祉財団会長、全日本社会貢献団体機構名誉顧問。 法務省大臣官房人事課課長、甲府地方検察庁検事正、法務省官房長、さわやか福祉推進センター所長などを歴任した。 京都府出身の弁護士である。京都大学を卒業後、検察官として任官し、東京地方検察庁では特別捜査部の検事としてロッキード事件の捜査に従事した。その後、甲府地方検察庁の検事正や法務省の官房長などを歴任した。退官後は弁護士として活動するとともに、さわやか福祉推進センターを開設するなど福祉事業家として活動した。
荒崎良徳(あらざき りょうとく、1928年10月21日- 2… 荒崎良徳(あらざき りょうとく、1928年10月21日- 2014年10月13日)は、曹洞宗の僧、福祉事業家、鉄道模型研究家。 金沢で生まれる。父は荒崎良道。1951年駒澤大学文学部国文科卒業。公立高校教員を務める。1976年実家の雲龍寺住職となる。児童養護施設林鐘園々長。鉄道模型のレイアウトで雲竜寺模型と呼ばれるものを製作。
大塚 達雄(おおつか たつお、1924年4月14日 - 19… 大塚 達雄(おおつか たつお、1924年4月14日 - 1999年7月26日)は、日本の労働経済学者、福祉事業家。 1949年に同志社大学法経学部経済学科卒、1948年-1954年に京都社会福祉研究所、京都府社会福祉協議会、京都市民生局などで社会福祉事業に携わる。1954年に同志社大学文学部社会学科助手、講師、助教授、1964年に教授、1990年に名誉教授。1955年、京都YMCAによって第一回肢体不自由児療育キャンプが琵琶湖畔の佐波江で行われた際に関わった事をきっかけとして、障害児の療育キャンプ(きゅうそキャンプ)を実施。のちに京都障害児福祉協会を設立し、理事長を務めた。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。
永野 孝(ながの たかし、1914年〈大正3年〉2月6日 -… 永野 孝(ながの たかし、1914年〈大正3年〉2月6日 - 没年不明)は、日本の保護司、福祉事業家。阪南福祉事業会理事長。岸和田市長をつとめた永野耕平の祖父。 大阪府岸和田市出身。永野勇吉の長男。1931年3月に大阪府立佐野工業学校卒業、同年4月に岸和田紡績に就職し、1933年に退社、家業の別珍加工業につく。同年に司法保護団体公道授産会を設立、非行少年の収容保護を開始、父親とともに従事する。 1938年7月に別珍加工業を廃業する。1943年、公道授産会を徴用工特別錬成道場に転換する。1945年8月、終戦により公道授産会を再発足する。1948年、児童福祉施設岸和田学園に転換する。1958年、岸和田学園理事長兼園長。
藤本 幸邦(ふじもと こうほう、1910年8月29日 - 2… 藤本 幸邦(ふじもと こうほう、1910年8月29日 - 2009年12月4日)は、曹洞宗の僧、福祉事業家。 長野県長野市出身。曹洞宗円福寺住職。駒澤大学仏教学科卒。渡辺薫美に師事。戦後、長野市篠ノ井地区に篠ノ井文化協会を設立し、劇団「たんぽゝ」などの文化活動を始める。1948年養護施設円福寺愛育園を設立、「一寺院一孤児」を提唱する。曹洞宗大本山布教師、同北信越管区教化センター統括。アジア難民救済事業も行いカンボジアに小学校校舎を寄付した。1984年仏教伝道文化賞受賞。
杉村 春三(すぎむら しゅんぞう、1910年3月11日 - … 杉村 春三(すぎむら しゅんぞう、1910年3月11日 - 1994年2月8日)は日本の社会福祉家。在学時代からハンセン病のフィールドワークを始め、九州大学で学び、国立療養所星塚敬愛園、満州国立らい療養所同康院、リデル・ライト記念養老院などで働き、『らいと社会福祉』の研究をまた、老人の福祉についても研究した。
吉村 静枝(よしむら しずえ、1907年〈明治40年〉8月2… 吉村 静枝(よしむら しずえ、1907年〈明治40年〉8月21日 - 1996年〈平成8年〉10月10日)は、日本の福祉事業家。香川県で唯一の乳児院である「豊島神愛館」の創立者。香川県綾歌郡坂出町(現在の坂出市)の坂出育愛館や香川県小豆郡土庄町の豊島神愛館で、40年以上にわたり主として児童福祉分野の事業に挺身し、豊島神愛館では700名以上の戦災孤児をはじめとした子供たちを養育した。別表記は吉村シヅヱ、吉村シヅエ。 坂出町(現在の香川県坂出市横津町)で誕生した。大阪炭屋町産婦会に学び、1921年(大正10年)に香川県丸亀市で看護婦となった。この頃にキリスト教に入信した。1935年(昭和10年)に大阪府乳幼児保護協会保健婦の経緯を経て保育を学び、1938年(昭和13年)には大阪府立社会衛生学院専攻科を卒業した。
長谷川 保(はせがわ たもつ 、1903年9月3日 - 19… 長谷川 保(はせがわ たもつ 、1903年9月3日 - 1994年4月29日)は、日本の福祉事業家・教育者・政治家。 衆議院議員(7期)、衆議院文教委員長、社会福祉法人聖隷福祉事業団理事長、学校法人聖隷学園理事長、聖隷学園浜松衛生短期大学学長などを歴任した。 福祉事業家として、結核療養所など医療施設の設立を推進し、多くの患者を救うことに尽力した。これらの医療施設は、のちに聖隷福祉事業団や聖隷学園などで構成される聖隷グループに発展した[要出典]。また、日本で初めて特別養護老人ホームやホスピスをつくった人物としても知られている[要出典]。なお、政治家としても活動しており、衆議院議員を7期務め、社会福祉の向上に力を注いだ[要出典]。
塚本 哲(つかもと てつ、1901年1月8日 - 1980年… 塚本 哲(つかもと てつ、1901年1月8日 - 1980年8月1日)は、社会福祉家。 島根県生まれ。幼名・僧哲。東洋大学社会福祉学科卒。1923年、関東大震災の時、日比谷公園で被災した子供らの相談に当たる。卒業後、知的障害者施設藤倉学園の研修生となる。のち本所のスラム街へセツラーとして入り、東京市社会局勤務。戦後東京都民生局調査室に勤務し、東京都新宿生活館初代館長。老人福祉事業に取りくみ、老人クラブの結成などに関わる。1956年定年、東洋大学社会学部教授、佛教大学教授、東北福祉大学教授。
谷口節道(たにぐち せつどう、1901年 - 1986年)は… 谷口節道(たにぐち せつどう、1901年 - 1986年)は、日本の曹洞宗の僧侶、福祉事業家。霊眼寺(富山県富山市中布目)住職。児童養護施設ルンビニ苑(富山県富山市中布目)初代園長。 駒澤大学専門部を女性として初めて卒業した、5人の尼僧のひとりとしても知られる。尼僧の地位向上にも貢献した。駒澤大学での勉学を終えて、郷里の富山に戻る折、複数の戦争孤児らを見るに見かねて、ともかくも一緒に連れ帰ったのが、福祉事業の最初とされる。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。
草葉 隆圓(くさば りゅうえん、1895年(明治28年)3月… 草葉 隆圓(くさば りゅうえん、1895年(明治28年)3月13日 - 1966年(昭和41年)9月20日)は、日本の社会福祉事業家、政治家、僧侶。参議院議員(4期)、厚生大臣(第24代)。雅号・隆月。 福岡県出身。1920年(大正9年)、大谷大学を卒業し欧米に留学。1921年(大正10年)から社会福祉事業に従事し、愛知県遺友会会長となる。 1947年(昭和22年)4月、第1回参議院議員通常選挙に愛知地方区から出馬し当選(任期3年)。以後、第2回、第4回、第6回参議院議員通常選挙で再選され、連続4回当選を果たした。 参議院議員としては、参議院在外同胞引揚問題に関する特別委員長、同議院運営委員長、同外務委員長、同日米安全保障条約等特別委員長を務める。
池野 勇(いけの いさみ、1888年(明治21年) - 19… 池野 勇(いけの いさみ、1888年(明治21年) - 1978年(昭和53年)3月)は、日本の医師、社会福祉家、動物愛護者、羽黒町名誉町民(現・鶴岡市名誉市民)。 開業医を務める傍ら、羽黒町の社会福祉と動物愛護のために多額の私費を投じて奉仕活動を行った。
横川 豊野(よこがわ とよの、1883年〈明治16年〉12月… 横川 豊野(よこがわ とよの、1883年〈明治16年〉12月15日 - 1963年〈昭和38年〉11月5日)は、日本の福祉事業家、社会事業家。高知県の中学生向けの寄宿舎「学生ホーム」設立をはじめとして、福祉事業や社会事業に関する多くの役職を歴任し、教育や福祉の分野で大きな業績を残した。旧姓は、清水。 山形県西田川郡鶴岡町(現在の鶴岡市)で誕生した。実家の商家が破産したために上京し。東京明治女学校を経て津田英学塾(現在の津田塾大学)に進学したが、結核のために1906年(明治39年)に中退した。 高知県佐川の商大生と結婚したが、夫は子供が11歳のときに別の女性と関係を持ち、家を出た。豊野は信仰と子供の養育に生涯を捧げようと思ったものの、その息子が脳卒中で死去した。
石井 筆子(いしい ふでこ、文久元年4月27日(1861年4… 石井 筆子(いしい ふでこ、文久元年4月27日(1861年4月27日) - 昭和19年(1944年)1月24日)は、日本の教育者、社会福祉家。日本の近代女子教育者の一人であり、日本初の知的障害者福祉の創始者の一人である。男爵渡辺清の娘。別名・渡辺筆、小鹿島筆。滝乃川学園第2代学園長。 肥前国大村藩士の渡辺清・ゲンの長女として生まれる。父の清は弟の渡辺昇とともに明治維新の志士として中央で忙しく、筆子は故郷で祖母、母らと暮らした。1872年(明治5年)に上京し、大村藩邸に寄宿し、1873年(明治6年)に東京女学校に入学し、同級生に穂積歌子(渋沢栄一の長女)、鳩山春子(共立女子大学創立者の一人)がいた。
岩永 マキ(いわなが マキ、1849年3月29日〈嘉永2年3… 岩永 マキ(いわなが マキ、1849年3月29日〈嘉永2年3月3日〉 - 1920年〈大正9年〉1月27日)は、日本の社会事業家、福祉事業家。肥前国西彼杵郡浦上山里村(後の長崎県長崎市)の隠れキリシタン(潜伏キリシタン)の家の生まれであり、日本政府によるキリスト教弾圧「浦上四番崩れ」により配流され、帰郷後にフランス人宣教師のマルク・マリー・ド・ロ神父の指導のもと、孤児の養育施設を開き、生涯を孤児養育と救貧に捧げた。現存する児童養護施設の中でも最古のものの創設者の1人であり、孤児救済の先駆者、日本の福祉事業の礎を築いた女性ともされる。 浦上山里村の隠れキリシタンの農家で、長女として誕生した。浦上山里村は平穏な農村であると共に、隠れキリシタンの村との一面もあった。
水野 敬生(みずの たかお)は、日本の社会福祉事業家。社会福… 水野 敬生(みずの たかお)は、日本の社会福祉事業家。社会福祉法人一誠会理事。特別養護老人ホーム偕楽園ホーム施設長。 全国老人福祉施設協議会 広報委員会委員長。 1984年 駒澤大学文学部社会学科社会福祉コース卒業。社会福祉法人浄風園特別養護老人ホーム浄風園に介護職員として入職。1988年社会福祉法人光照園特別養護老人ホーム王子光照苑に生活相談員として入職。介護支援専門員などを経て、2005年に同法人王子光照苑施設長。2008年、同法人江戸川光照苑施設長。2014年、社会福祉法人一誠会偕楽園ホーム施設長を経て同法人理事に就任。デイサービスセンター初音の杜・グループホーム初音の杜管理者。 2007年、東京都功労者表彰。