スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
伊達 佳内子(だて かなこ、1996年9月17日 - )は、… 伊達 佳内子(だて かなこ、1996年9月17日 - )は、日本のパブリックスピーカー、モデル。亘理伊達家の直系の血筋。2018年度『ミス・ワールド』日本代表。第68回『ミス・ワールド世界大会』トップタレント部門での日本人初の優勝者。6ヶ国語を話すマルチリンガル。 1996年9月17日 - 東京都渋谷区広尾に生まれる。幼稚園から高等学校までの14年間を学習院にて学ぶ。 2005年9月19日 - 『平成17年度 全国吟詠コンクール決勝大会』幼年の部で優勝。 2014年9月16日 - 『平成26年度 全国吟詠コンクール決勝大会』少年の部で3位。 2015年 - 慶應義塾大学法学部政治学科に入学。同年、第67回『日米学生会議』に参加。
結城 るみな(ゆうき るみな、1995年4月25日 - )は… 結城 るみな(ゆうき るみな、1995年4月25日 - )は、日本のAV女優。R project所属 東京都出身で、学習院女子中・高等科を経て学習院大学を中退した。AVデビュー時は大学卒業と称した。大学3年時に「ミス学習院コンテスト2016」でグランプリとなる。2016年4月から2017年3月まで「浅蔵小百合(あさくら さゆり)」の芸名 で芸能プロダクション・オフィス彩に所属した。 2020年2月にMGS動画「シロウトTV」にタレント・るみなとして出演する。AVメーカーのプレステージから「結城るみな」名義でデビューすることが同年2月20日に発表された。 週刊ポスト(小学館)の2020年3月20日号で初グラビアが掲載される デビュー以来プレステージ系列から作品を発売し、4作目からプレステージ専属女優となる。
佳子内親王(かこないしんのう、1994年〈平成6年〉12月2… 佳子内親王(かこないしんのう、1994年〈平成6年〉12月29日 - )は、日本の皇族。身位は内親王。敬称は殿下。お印はゆうな。勲等は宝冠大綬章。 第126代・今上天皇(徳仁)の姪。今上天皇の弟宮で皇嗣(皇位継承順位第1位)である秋篠宮文仁親王の次女。皇位継承順位第2位の悠仁親王の姉。 上皇(第125代天皇・明仁)の孫である。 近親皇族として2014年(平成26年)12月に成年皇族となると、宮中行事に参列するほか、公務に携わっている。少年の主張全国大会や全国高校生手話パフォーマンス甲子園、全日本高等学校馬術競技大会などの出席が恒例となっており、外国公式訪問を経験するなど、公務の幅を広げ、最近では主だった皇族の活動を非常に多く担っている。
星蘭 ひとみ(せいら ひとみ、1994年5月26日 - )は… 星蘭 ひとみ(せいら ひとみ、1994年5月26日 - )は、元宝塚歌劇団専科・星組の娘役。 東京都港区、学習院女子高等科出身。身長163cm。愛称は「せーら」、「まゆ」。 2013年、学習院幼稚園、学習院初等科、学習院女子中等科・高等科を経て、宝塚音楽学校入学。 2015年、宝塚歌劇団に101期生として入団。月組公演「1789」で初舞台。その後、星組に配属。 入団当初からスラリとしたプロポーションと圧倒的な美貌で注目を集め、2017年の「ベルリン、わが愛」で新人公演初ヒロイン。 2018年の「ANOTHER WORLD」で2度目の新人公演ヒロイン。 2019年12月23日付で専科へと異動。ベテランが中心のスペシャリスト集団・専科に、入団5年目の若手娘役が異動するのは極めて異例であり、専科異動後は映像を中心に活動すると発表。
小室 眞子(こむろ まこ、1991年〈平成3年〉10月23日… 小室 眞子(こむろ まこ、1991年〈平成3年〉10月23日 - )は、日本の元皇族。アメリカ合衆国ニューヨーク州の弁護士・小室圭の妻。勲等は宝冠大綬章。 皇籍離脱前の身位は内親王で、皇室典範における敬称は殿下。旧名、眞子内親王(まこないしんのう)、お印は木香茨(もっこうばら)であった。 秋篠宮文仁親王と同妃紀子の第1女子(第1子)。今上天皇は伯父に、黒田清子(紀宮清子内親王)は叔母にあたる。妹に佳子内親王、弟に悠仁親王がいる。上皇と上皇后美智子の初孫。 皇族時代の住居は、東京都港区元赤坂の赤坂御用地内にある秋篠宮邸。改修工事に伴い、2019年(平成31年)2月から結婚まで「御仮寓所(ごかぐうしょ)」に両親及び妹弟と仮住まいしていた。
眞子内親王(まこないしんのう、1991年〈平成3年〉10月2… 眞子内親王(まこないしんのう、1991年〈平成3年〉10月23日 - )は、日本の皇族。秋篠宮文仁親王と同妃紀子の第1女子。第125代今上天皇の初孫。身位は内親王。皇室典範における敬称は殿下。成年に伴い、宝冠大綬章受章(旧勲等では勲1等宝冠章に相当)。学位はレスター大学修士(学術)(博物館学)。お印は木香茨(もっこうばら)。妹に佳子内親王、弟に悠仁親王がいる。現在、内親王では最年長。
皆川 玲奈(みながわ れいな、1991年6月30日 - )は… 皆川 玲奈(みながわ れいな、1991年6月30日 - )は、TBSテレビのアナウンサー。 青山学院高等部、青山学院大学総合文化政策学部卒業。中学は学習院女子中等科に1年余り在学しており、そこでは同い年の眞子内親王と学友で、何回か一緒に弁当を食べたことがあったという。 小学生だった2003年に第9回全日本国民的美少女コンテスト審査員特別賞受賞。受賞をきっかけに「星川玲奈」としてオスカープロモーションに所属。2005年にはミスセブンティーンに選出されるなど、高校卒業までタレントとして実績を残す。その後、大学在学中の一時期には本名の「皆川玲奈」としてキューブに移籍し、テレビドラマに出演するなど女優として活動していた。
絢子女王(あやこじょおう、1990年〈平成2年〉9月15日 … 絢子女王(あやこじょおう、1990年〈平成2年〉9月15日 - )は、日本の皇族。高円宮憲仁親王と同妃久子の第3女子。第123代大正天皇の皇曾孫。第125代今上天皇の皇従姪。姉に承子女王、千家典子がいる。身位は女王。皇室典範における敬称は殿下。お印は葛(くず)。栄典は宝冠牡丹章(旧制度での勲二等宝冠章に相当)。学位は修士 (福祉社会・城西国際大学)。現在、女王では最年少。
桑野 東萌(くわの とも、1985年2月1日 - )は、劇団… 桑野 東萌(くわの とも、1985年2月1日 - )は、劇団四季出身の女優・ダンサーで、ヨガインストラクター。 東京都出身、血液型B型。学習院大学文学部哲学科卒業。 父親が福岡県出身。3歳からリトミック体操を、7歳から橘バレエ学校にてクラシックバレエを始める。牧阿佐美バレエ団「くるみ割り人形」などに子役として出演。1998年にはNBA全国バレエコンクールで5位に入賞している。 14歳でアメリカ・ニュージャージー州のバレエ学校に入学し、クラシックバレエ・コンテンポラリー・ジャズダンス・キャラクターを学ぶ。在学中に同バレエ団の公演に多数出演。帰国後はバレエダンサーとして活動をしながら、劇団若草ミュージカルスタジオにて声楽・演技を学ぶ。
瑶子女王(ようこじょおう、1983年〈昭和58年〉10月25… 瑶子女王(ようこじょおう、1983年〈昭和58年〉10月25日 - )は、日本の皇族。身位は女王。敬称は殿下。お印は星。勲等は勲二等宝冠章。学位は学士(日本文化)(学習院女子大学・2006年)。第126代・今上天皇(徳仁)の再従妹(はとこ)にあたる。第123代大正天皇のひ孫。寬仁親王と同妃信子の第2女子。現在、存命中かつ皇籍離脱していない皇族14名のうちのひとりであり、天皇の血を直系で受け継ぐ男系皇族(親王・内親王・王・女王)8名のうちのひとりである。 寬仁親王と信子妃の第二子として誕生。松濤幼稚園から学習院幼稚園に移り、初等科・女子中等科・女子高等科を経て、学習院女子大学国際文化交流学部日本文化学科卒業。
彬子女王(あきこじょおう、1981年〈昭和56年〉12月20… 彬子女王(あきこじょおう、1981年〈昭和56年〉12月20日 - )は、日本の皇族。身位は女王。敬称は殿下。2025年9月30日より三笠宮家3代当主。お印は雪(ゆき)。勲等は勲二等。学位は DPhil(オックスフォード大学・2011年)。 第126代・今上天皇(徳仁)の再従妹(はとこ)にあたる。第123代大正天皇のひ孫。寬仁親王と同妃信子の第1王女。 現在、存命中かつ皇籍離脱していない皇族14名のうちのひとりであり、天皇の血を直系で受け継ぐ男系皇族(親王・内親王・王・女王)8名のうちのひとりである。 彬子は、現在の内親王・女王(天皇と血縁関係にある女子で皇籍にある者)では最年長となる。また麻生太郎は伯父に当たり、大久保利通の来孫でもある。
有奈 めぐみ(ありな めぐみ 1978年11月30日 - )… 有奈 めぐみ(ありな めぐみ 1978年11月30日 - )は、日本のAV女優。 AV・水商売界隈では「伝説のヤリマン」として認知されている。 戦国武将真田幸村の末裔。父親の母、つまり祖母が真田の末裔である。父母は学習院の同級生で恋愛結婚。父は建設会社の社長、母は専業主婦。祖父は東大の名誉教授だった。 小さい頃は「庶民と話さなくていい」と言われ育つ。学習院初等科卒業。学習院女子中等科で金髪にしたため自主退学。初体験は15歳で、他校の同級生とだった。 自主退学になり、中等科から高等科へ進学ができなかったことを父親は恥として母親に「お前の育て方が悪い!」と離婚届を叩きつけ、有奈の誕生日に離婚の話が進み、兄の誕生日に離婚届が提出された。
増田 みのり(ますだ みのり、本名:高須 美乃里)、1977… 増田 みのり(ますだ みのり、本名:高須 美乃里)、1977年11月15日 - )はフリーアナウンサー。父はフジテレビ元アナウンサーで解説委員の増田明男、夫は放送作家の高須光聖。 東京都出身。父がソウル支局記者をしていた関係で、小学生の時に韓国ソウルに住んでいたことがある。ソウルでは日本人学校に通っていたため韓国語を学ぶのは大学生になってからだったという。学習院女子高等科、2000年3月、学習院大学法学部政治学科卒業後の同年4月、ニッポン放送に入社。入社同期は、元ディレクター、エンターテインメント開発局エンターテイメント開発部、現・CP局コンテンツプロデュースルーム副部長の桐畑行良。 元ミス東京(第42代)、元着物の女王で、日本けん玉検定1級という経歴を持つ。
瀬戸山 美咲(せとやま みさき、1977年 - )は、日本の… 瀬戸山 美咲(せとやま みさき、1977年 - )は、日本の劇作家、演出家、脚本家。演劇ユニット「ミナモザ」主宰。2022年3月に日本劇作家協会会長に就任。 東京都出身。中学1年から高校1年まで演劇部に所属。学習院初等科、学習院女子中・高等科、早稲田大学政治経済学部(日本政治思想史ゼミ)卒業。大学時代は演劇をやらず手話のサークルに入っていたが、大学4年のときに北区・つかこうへい劇団のオーディションを受けて2公演ほど音響の手伝いをする。大学卒業後は就職はせずにフリーライターとなり、週刊誌やファッション誌に記事を書く。週刊現代のライターとしてジャーナリズムの裏側を覗いたことが、後に社会派演劇と称される下地を作ることになる。
本庄 麻里子(ほんじょう まりこ、1975年〈昭和50年〉3… 本庄 麻里子(ほんじょう まりこ、1975年〈昭和50年〉3月13日 - )はRKB毎日放送の元アナウンサー。妹はフリーアナウンサーで、元・瀬戸内海放送アナウンサー兼報道記者の本庄里恵子。 神奈川県横浜市出身。学習院女子高等科、学習院大学文学部心理学科を卒業後、1997年4月、RKB毎日放送に入社。同期の中野伊万里(2001年寿退社)や後輩の池尻和佳子らと、番組の企画で若手女子アナユニット「ピーチーズ」の結成に加わり、初代メンバーを務めた。 2010年末に結婚。その後妊娠し、翌年3月末以降順次番組を降りて出産・育児休暇に向けたシフトに入り、6月から翌年3月まで産休、育休を取得し、2012年春改編で現場復帰。
鈴木 結女(すずき ゆめ、1969年4月22日 - )は東… 鈴木 結女(すずき ゆめ、1969年4月22日 - )は東京都出身の女性シンガーソングライター。既婚。 1991年、大学3年の年にヴァージン・ジャパン初の女性アーティストとしてアルバム『自分の色』でデビュー。 1995年、アニメ『NINKU -忍空-』のオープニングテーマ「輝きは君の中に」がヒットし、日本レコード協会「ゴールドディスク賞」を受賞。 1999年、夫の仕事の関係でアメリカ合衆国ペンシルベニア州のピッツバーグに移住し、以後は音楽活動を休止。 2000年、ピッツバーグにて男児を出産。 2002年 - 2010年、カナダ・トロント市、アメリカ合衆国・カリフォルニア州サンディエゴ市に居住。
黒田 清子(くろだ さやこ、1969年〈昭和44年〉4月18… 黒田 清子(くろだ さやこ、1969年〈昭和44年〉4月18日 - )は、日本の元皇族。上皇明仁、上皇后美智子の長女。伊勢神宮祭主(2017年〈平成29年〉6月19日 - )で、東京動物園協会副理事長・黒田慶樹の妻。勲等は勲一等。皇籍離脱前の身位は内親王で、皇室典範における敬称は殿下。旧名、清子内親王(さやこないしんのう)、諱は清子、御称号は紀宮(のりのみや)、お印は未草(ひつじぐさ)であった。第125代天皇明仁(上皇)と美智子(上皇后)の第1皇女子(2男1女のうち第3子)。第126代天皇徳仁及び秋篠宮文仁親王(皇嗣)の妹。学位は学士(国文学)(学習院大学・1992年〈平成4年〉)。 1969年(昭和44年)4月18日午後8時36分、皇太子明仁親王と同妃美智子夫妻(当時)の第三子(2男1女のうち第1女子)として宮内庁病院にて誕生。
とよた 真帆(とよた まほ、1967年(昭和42年)7月6日… とよた 真帆(とよた まほ、1967年(昭和42年)7月6日 - )は、東京都出身の女優、モデル、タレント。オフィス・メイを経て、トップコートへ移籍。2022年2月より(株)SPICA 所属(代表取締役兼任)。(株)グローバルプロモーションと業務提携。 1983年、学習院女子高等科在校中の17歳の頃からモデルを始める。これ以前に14歳頃の時にも、当時から既に身長が高く体格が良いことで「ミミ萩原の次に」として女子プロレスにスカウトされたこともあると明かしている。1984年に文化学院美術科へ転校。1986年にアニエス・ベーの日本人モデルとしてパリコレクションへ出演した。1989年から女優業を開始。 2002年7月9日に映画監督の青山真治と結婚。
木下 智佳子(きのした ちかこ、1963年8月25日 - )… 木下 智佳子(きのした ちかこ、1963年8月25日 - )は、テレビ朝日の元アナウンサー。東京都板橋区出身。旧姓は前川。
筒井 櫻子(つつい さくらこ、1960年4月10日 - )は… 筒井 櫻子(つつい さくらこ、1960年4月10日 - )は、エフロード(フルハウスグループ)所属のフリーアナウンサー。元フジテレビアナウンサー。 東京都豊島区出身。学習院大学経済学部経営学科卒業後、1983年にフジテレビのアナウンサーとして入社。同期に牛尾奈緒美、牧原俊幸、松尾紀子がいる。『FNNモーニングコール』などでキャスターを担当。また、1986年10月から1988年3月まで、大阪の関西テレビ本社まで出向き『シュートinサタデー』の総合司会→『土曜大好き!830』の初代アシスタントを務めていた。1992年10月 - 1994年3月までパリ支局に駐在、1997年 - 2001年まで事業部で勤務した後、2001年にアナウンス室に復帰した。
平岡 紀子(ひらおか のりこ、1959年(昭和34年)6月2… 平岡 紀子(ひらおか のりこ、1959年(昭和34年)6月2日 - )は、日本の演出家。父は三島由紀夫。母は平岡瑤子。結婚後は、冨田紀子となった。三島没後20年に、三島の戯曲『葵上』『弱法師』の演出を手がけ、母親の死後は、弟・威一郎と共に三島の著作権保護に努めた。 1959年(昭和34年)6月2日、父・三島由紀夫(本名:平岡公威)と母・瑤子(旧姓:杉山)の長女として誕生。19時頃、虎の門病院に駆けつけた三島は、新生児室のガラス越しに初めての我が子を見る。6月8日のお七夜で「紀子」と命名された。三島はもともと「尹」と名付けたかったが、当用漢字にないので諦め、その代わりに後に書かれる小説『宴のあと』(1960年)の登場人物に沢村尹と名付けたとされる。
石井 菜穂子(いしい なおこ、1959年 - )は、日本の財… 石井 菜穂子(いしい なおこ、1959年 - )は、日本の財務官僚。財務省副財務官等を経て、2019年に退官し、地球環境ファシリティ事務局長に就任。 東京都出身。松濤幼稚園、学習院初等科、学習院女子中・高等科を経て、1981年東京大学経済学部卒業、大蔵省入省。理財局国債課に配属。ハーバード大学国際問題研究所研究員、国際金融局調査課係長、国税庁国際業務室課長補佐、弘前税務署長、主税局総務課長補佐(広報)兼主税局調査課長補佐(内国調査)、IMF政策審査局エコノミスト、国際局、ハーバード大学国際開発研究所研究員、世界銀行東アジア局(ベトナム担当)、金融庁証券取引等監視委員会特別調査課長、財務省国際局開発機関課長、世界銀行スリランカ担当局長、2006年「長期経済成長を支える制度に関する研究」で東大博士 (国際協力学)。
秦 万里子(はた まりこ、1956年3月28日 - )は、日… 秦 万里子(はた まりこ、1956年3月28日 - )は、日本の歌手、ピアニスト、作曲家、作詞家。 東京都杉並区出身。祖父は日本コロムビア元社長の秦米造。祖父も音楽好きだった影響から自宅には多数のレコードがあり、幼少から音楽に親しむ。3歳よりピアノをはじめ、5歳の時に自作曲で発表会に出る等、作曲をはじめていた。初等科から女子高等科まで学習院で学ぶ。 その間、アメリカンポップス、プログレッシブロックなどを片っ端からコピーし、楽譜がなくてもなんでも弾けるようになる。 国立音楽大学器楽科ピアノ専攻に進学。在学中よりバンドのキーボーディスト、ダディ竹千代&東京おとぼけCATSのメンバーとしても活動。その一方、作曲家・鈴木邦彦経営のポップスク講師として、スタジオにもミュージシャンとして出入りを始める。
佐藤 直子(さとう なおこ、1955年1月2日 - )は、東… 佐藤 直子(さとう なおこ、1955年1月2日 - )は、東京都千代田区出身の元女子プロテニス選手。元日本プロテニス協会理事長。東京国際大学特命教授・硬式テニス部監督。BS朝日放送番組審議会委員、日本スポーツ協会監事、日本スポーツ仲裁機構理事、公益財団法人日本テニス助成財団理事長。 2011年3月に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。平田竹男教授のもとでトップスポーツビジネスを研究する。 主に1970年代後半から1980年代にかけて活躍した。主に全豪オープンで好成績を出し、1977年1月開催の大会でシングルスベスト8、1978年大会で女子ダブルス準優勝の記録を残した。 夫は、外交官の塩口哲朗。
永岡 桂子(ながおか けいこ、1953年〈昭和28年〉12月… 永岡 桂子(ながおか けいこ、1953年〈昭和28年〉12月8日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)。同団体総局長。 文部科学大臣(第29代)、教育未来創造担当大臣(第2次岸田第1次改造内閣)、文部科学副大臣(第4次安倍第2次改造内閣)、厚生労働副大臣(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、農林水産大臣政務官(第1次安倍内閣)、衆議院消費者問題に関する特別委員長、同文部科学委員長、自由民主党幹事長代理、同政務調査会副会長、同副幹事長、同政務調査会内閣第一部会長、同マルチメディア局次長などを歴任。夫は衆議院議員を務めた永岡洋治。 東京都渋谷区出身。父は飼料会社社長である。学習院女子中等科、学習院女子高等科、学習院大学法学部卒業。
仁科 亜季子(にしな あきこ、1953年〈昭和28年〉4月3… 仁科 亜季子(にしな あきこ、1953年〈昭和28年〉4月3日 - )は、日本の女優である。本名は仁科 章子(読み同じ)。仁科 明子(読み同じ)の名でデビューするも、活動休止を経て、1999年に芸能界復帰の際に芸名を仁科 亜季子へと改名している。東京都目黒区出身。身長158cm。B84cm、W58cm、H86cm(1975年1月)。CINEMACT→イマージュエンターテインメント所属。信濃大町観光大使。 学習院女子高等科卒業。油絵が好きで、美大に行くつもりだったが、父と雑誌に載ったグラビアを見たNHKのプロデューサーの薦めにより、1972年(昭和47年)、庄司薫原作のテレビドラマ 『白鳥の歌なんか聞えない』(NHK、銀河ドラマ)出演を機に芸能界デビューした。
千 容子(せん まさこ、1951年〈昭和26年〉10月23日… 千 容子(せん まさこ、1951年〈昭和26年〉10月23日 - )は、日本の元皇族。千宗室(茶道裏千家第16代家元)の妻。勲等は勲一等。皇籍離脱前の身位は内親王で、皇室典範における敬称は殿下。旧名、容子内親王(まさこないしんのう)、お印は楓(かえで)であった。三笠宮崇仁親王と同妃百合子の第2女子(3男2女のうち第4子)。明仁(上皇)は従兄、徳仁(第126代天皇)は従甥にあたる。姉に近衞甯子(甯子内親王)、兄に寬仁親王、桂宮宜仁親王、弟に高円宮憲仁親王がいる。学位は法学士。 松濤幼稚園、学習院初等科、学習院女子中等科、同高等科を経て、学習院大学法学部法学科に入学。3年修了後、スイスの全寮制の学校で学び、後にパリに移り、ソルボンヌ大学で学ぶ。
岩井 友見(いわい ゆみ、1951年5月3日 - )は、日本… 岩井 友見(いわい ゆみ、1951年5月3日 - )は、日本の女優、司会者、日本舞踊正派岩井流宗家として十一代目 岩井半四郎(じゅういちだいめ いわい はんしろう)を名乗る。東京都出身。夫は俳優の船戸順。女優の仁科亜季子と仁科幸子は妹。株式会社フジプランニング所属。 1951年、歌舞伎俳優10代目岩井半四郎の長女として東京都に生まれる。1964年、名跡・岩井粂三郎、9代目岩井半四郎 (1945年死去) の岩井家の養女となる。3歳の時に歌舞伎座にて日本舞踊の初舞台を踏む。文化学院英文科に進学。岩井流家元を襲名。以後、時代劇などのテレビドラマ、舞台などで俳優として活動する。 その後、乗馬シーンの撮影中に落馬し、約60日間に及ぶ治療を余儀なくされる。
安藤 和津(あんどう かづ、1948年3月6日 - )は、日… 安藤 和津(あんどう かづ、1948年3月6日 - )は、日本のエッセイスト、タレント。東京都台東区柳橋出身。本名は安藤 和子(あんどう かずこ)、旧姓は荻野(おぎの)。 1948年3月6日、犬養健の子として生まれる。犬養健は、元首相犬養毅の三男である。誕生時、父は51歳で、孫と祖父と見られることが多かった。母は実家の石材店が倒産したため、女学校をやめて柳橋の芸者に転じ、後に料亭「をぎ乃」を始めた。和津が友人と映画などに出かける予定と知ると、友人宅に電話して確認するほど厳しく管理されて育った。 学習院初等科、学習院女子中・高等科を経て、上智大学文学部独文科中退。2年間の英国留学後、1979年(昭和54年)に奥田瑛二と同棲を経て結婚。
近衞 甯子(このえ やすこ、1944年(昭和19年)4月26… 近衞 甯子(このえ やすこ、1944年(昭和19年)4月26日 - )は、日本の元皇族。三笠宮崇仁親王と同妃百合子の第一女子。旧名、甯子内親王。近衛忠煇(日本赤十字社社長)夫人。お印は楠。勲等は勲一等。学位は文学士(学習院大学)。
池坊 保子(いけのぼう やすこ、1942年〈昭和17年〉4月… 池坊 保子(いけのぼう やすこ、1942年〈昭和17年〉4月18日 - )は、日本の政治家。特定非営利活動法人萌木理事長。学校法人いわき明星大学理事。特定非営利活動法人日本伝統文化協会名誉顧問。横綱審議委員会委員。第125代天皇明仁の再従妹に当たる。夫は華道家の池坊専永。 衆議院議員(5期)、文部科学大臣政務官、衆議院文部科学委員長、文部科学副大臣、公明党女性委員会副委員長、衆議院青少年問題に関する特別委員長、財団法人日本漢字能力検定協会理事長、公益財団法人日本相撲協会評議員会議長などを歴任した。 1942年4月18日、旧羽林家の梅溪家に属する子爵として貴族院議員に選出されていた梅溪通虎の三女として、東京府(のちの東京都)に生まれる。
正仁親王妃 華子(まさひとしんのうひ はなこ、1940年〈昭… 正仁親王妃 華子(まさひとしんのうひ はなこ、1940年〈昭和15年〉7月19日 - )は、日本の皇族。元華族。身位は親王妃。敬称は殿下。お印は石南花(しゃくなげ)。勲等は勲一等宝冠章。旧名は津軽 華子(つがるはなこ)。皇室会議議員。 常陸宮正仁親王の妃。常陸宮は昭和天皇の第2皇子であり、平成の天皇であり現上皇(明仁)の皇弟。 彼女は第126代今上天皇(徳仁)、皇嗣秋篠宮文仁親王の叔母に当たる。 第126代・今上天皇(徳仁)の叔父である、伯爵・津軽義孝の第4女子であり、戦後に皇室に嫁いだ妃の中で唯一の旧華族家出身者である。宮邸は、東京都渋谷区東にある常盤松御用邸。 1940年(昭和15年)7月19日、東京府東京市淀橋区(現:東京都新宿区下落合)の津軽伯爵邸にて華族・津軽義孝伯爵令嬢として誕生。
福永 嫮生(ふくなが こせい(旧姓:愛新覚羅)、1940年(… 福永 嫮生(ふくなが こせい(旧姓:愛新覚羅)、1940年(昭和15年)3月18日 - )は、愛新覚羅溥儀の実弟である溥傑の次女。 1940年(昭和15年)3月、溥傑と嵯峨浩(日本の侯爵家出身)夫婦の次女として、一時的に戻っていた母の出身地・東京の順天堂病院で生まれる。同年6月に父のいる満洲(現在の中華人民共和国東北部)に渡った。 1945年(昭和20年)日本の降伏とともに満洲国は崩壊し、父と母娘は生き別れとなった。嫮生は母とともに1年4か月にわたって国共内戦のなか中国大陸を流転した末、1947年(昭和22年)日本に引き揚げた(詳細は嵯峨浩#流転の日々を参照のこと)。 日本に引き揚げた後は、日吉(神奈川県横浜市港北区)に移っていた母の実家の嵯峨家で育つ。
森村 桂(もりむら かつら、1940年〈昭和15年〉1月3日… 森村 桂(もりむら かつら、1940年〈昭和15年〉1月3日 - 2004年〈平成16年〉9月27日、本姓:三宅)は、日本の作家。父は作家の豊田三郎、母は歌人の森村浅香。 作家・豊田三郎の長女として生まれる。公立小学校入学後、学習院初等科に4年次編入し、学習院女子中・高等科を経て、学習院大学文学部国文学科に入学した。大学在学中、19歳の時に父・三郎が病気のため急死。以後一時家計が苦しくなり、また母親との困難な関係を抱え、苦悩のうちに大学生活を送る。 大学卒業後、女性週刊誌(誌名未詳)記者となるが、ゴシップを追うばかりの取材が嫌になり、2か月で退社して暮しの手帖社に入社。ここも短期間で退社し、1964年にニューカレドニアに一人旅に出る。
島津 肇子(しまづ はつこ、1939年〈昭和14年〉11月1… 島津 肇子(しまづ はつこ、1939年〈昭和14年〉11月13日 - )は、日本の旧皇族。島津忠広の妻。北白川宮永久王と同妃祥子の第1王女子。旧名、肇子女王(はつこじょおう)。皇籍離脱前の身位は女王で、皇室典範における敬称は殿下。兄に北白川宮道久王がいる。 なお、香淳皇后に仕えた女官長保科武子は大叔母(父方の祖父の妹)にあたり、保科の後任女官長が母の祥子である。 北白川宮永久王と同妃祥子の第2子(第1王女子)として誕生。1940年(昭和15年)9月4日、永久王が出征中に殉職(戦死扱い)すると、その三年祭(三周忌)頃まで永久王の遺児として兄の道久王ともども、世間の注目を浴びる。1947年(昭和22年)10月14日、皇室典範第11条2項により、祖母・房子(明治天皇第7皇女子周宮房子内親王)や母、兄とともに皇籍離脱。
松井 康子(まつい やすこ、1939年10月3日 - )は、… 松井 康子(まつい やすこ、1939年10月3日 - )は、日本の元女優。本名同じ。牧 和子(まき かずこ)の芸名でも活動した。 父・松井久(山口県下関市長松井信助の三男)、母・宏子の娘として東京府東京市世田谷区に生まれる。母方祖父の小笠原長生は子爵であり、松井の母・宏子は華族の出である。学習院初等科・学習院女子中等科・学習院女子高等科を経て、1958年4月、学習院大学文学部に入学。 1958年の秋、通院していたかかりつけの歯科医が松竹の嘱託医であったことが縁で、松竹社長・城戸四郎にスカウトされる。大学を中退し松竹に入社。 1959年、内川清一郎監督の映画『パイナップル部隊』でデビュー。当初は大部屋女優で、デビュー作となった同作品でも端役であった。
島津 貴子(しまづ たかこ、1939年〈昭和14年〉3月2日… 島津 貴子(しまづ たかこ、1939年〈昭和14年〉3月2日 - )は、日本の元皇族。島津久永の妻。勲等は勲一等。皇籍離脱前の身位は内親王で、皇室典範における敬称は殿下。旧名は、貴子内親王(たかこないしんのう)、諱は貴子、御称号は清宮、お印は橘であった。昭和天皇と香淳皇后の第5皇女子(第7子、末子)。第126代天皇・徳仁(今上天皇)と秋篠宮文仁親王の叔母。第125代天皇・明仁(上皇)と常陸宮正仁親王の妹。 1939年(昭和14年)3月2日午後3時55分、産気づいた香淳皇后は産殿に入り、午後4時35分に第5皇女(第7子、末子)を出産する。誕生時の身長は51.2cm(1尺6寸9分弱)、体重は3503g(935匁弱)であった。
愛新覚羅 慧生(あいしんかくら えいせい、1938年2月26… 愛新覚羅 慧生(あいしんかくら えいせい、1938年2月26日 - 1957年12月4日頃)は、清および満洲国皇帝・愛新覚羅溥儀の実弟の溥傑の長女。天城山心中で死亡した女性として知られる。 ※以下の記述は、脚注を除き、愛新覚羅浩1992年・舩木1989年による。 1938年、溥傑と嵯峨浩の第一子として、満洲国の首都新京(現在の長春市)で生まれた。1939年、父が満洲国駐日大使館に勤務となり、東京に行く。1940年に妹の嫮生(こせい)が生まれた後、新京に戻る。新京にいる間は皇帝である伯父の溥儀に大変可愛がられた。 1943年(昭和18年)春、学習院幼稚園に通うために再び日本に渡り、神奈川県横浜市港北区日吉にある母の実家の嵯峨家に預けられた。
酒井 通子(さかい みちこ、1933年〈昭和8年〉9月4日 … 酒井 通子(さかい みちこ、1933年〈昭和8年〉9月4日 - )は、日本の旧皇族。久邇宮朝融王と同妃知子女王の第3王女子。旧名、通子女王(みちこじょおう)。皇籍離脱前の身位は女王で、皇室典範における敬称は殿下。今上天皇の従伯母にあたる。 1933年(昭和8年)9月4日、久邇宮朝融王と同妃知子女王の第3王女子として誕生。御七夜の9月10日に「通子」と命名された。1947年(昭和22年)10月14日、皇室典範第11条1項により、皇籍離脱。皇籍離脱後は、「久邇 通子(くに みちこ)」と名乗った。その後は、大協石油(現・コスモ石油)に勤務。学習院大学時代の同級生だった永岡義久と結婚するも4年で離婚。その後、酒井省吾と知り合い結婚。
オノ・ヨーコ(小野 洋子、1933年〈昭和8年〉2月18日 … オノ・ヨーコ(小野 洋子、1933年〈昭和8年〉2月18日 - )は、日本の前衛芸術家、音楽家、平和運動活動家。1969年にビートルズのメンバーだったジョン・レノンと結婚。共に平和活動、音楽、創作活動を行ったことでも知られている。ニュースクール大学でジョン・ケージが開いた作曲講座の出席者らと1960年代の前衛運動を主導し、「フルクサス」の関係者でもあった。 1933年(昭和8年)2月18日、小野英輔・磯子の長女として東京で出生した。兄弟姉妹は、洋子(ヨーコ)・啓輔・節子の3人であった。 父・英輔は、日本興業銀行総裁を務めた小野英二郎の三男であり、ピアニストから銀行員に転じ、ヨーコが生まれたときは横浜正金銀行サンフランシスコ支店に勤務していた。
池田 厚子(いけだ あつこ、1931年〈昭和6年〉3月7日 … 池田 厚子(いけだ あつこ、1931年〈昭和6年〉3月7日 - )は、日本の元皇族、神社本庁総裁。勲等は勲一等。皇籍離脱前の身位は内親王で、皇室典範における敬称は殿下。旧名、厚子内親王(あつこないしんのう)、諱は厚子(あつこ)、御称号は順宮(よりのみや)、お印は菊桜であった。伊勢神宮祭主(1988年 - 2017年)。旧岡山藩主池田家第16代当主池田隆政の妻。昭和天皇と香淳皇后の第4皇女子。東久邇成子、久宮祐子内親王、鷹司和子の妹。第125代天皇・明仁(上皇)、常陸宮正仁親王、島津貴子の姉。東久邇信彦、高木文子、壬生基博、東久邇真彦、東優子の叔母。第126代天皇・徳仁(今上天皇)、秋篠宮文仁親王、黒田清子、島津禎久の伯母。
久我 美子(くが よしこ、1931年1月21日 - 2024… 久我 美子(くが よしこ、1931年1月21日 - 2024年6月9日)は、日本の女優。身長153cm。本名:小野田 美子(おのだ はるこ)、旧姓:久我(こが)。所属芸能事務所はワタナベエンターテインメント。 侯爵、貴族院議員久我通顕の長女。母は日本橋区薬研堀町のべっ甲商、永峰セルロイド工業社長篠崎宗太郞長女與志江。久我家は村上天皇まで遡る村上源氏の流れを汲む清華家の家格であり、華族の家柄である。東京市牛込区(現・東京都新宿区)に生まれる。1946年、 女子学習院(女学校課程)在学中、第一期東宝ニューフェイスに合格。同期に三船敏郎・堀雄二・伊豆肇・若山セツ子・堺左千夫らがいる。1947年、女子学習院を中退し、『四つの恋の物語』で映画デビューを果たす。
鷹司 誓玉(たかつかさ せいぎょく、1929年(昭和4年)1… 鷹司 誓玉(たかつかさ せいぎょく、1929年(昭和4年)10月28日 - )は、浄土宗大本山善光寺大本願の第121世法主。尼公上人。大僧正。全日本仏教婦人連盟名誉会長。 鷹司信敬(公爵鷹司煕通の四男)と母敦子(水野家出身)の娘として東京で生まれる。俗名は「榮子(しげこ)」。幼い頃を杉並区で過ごす。女子学習院に入学。父が大阪府堺市立水族館館長に就任したので堺に移住したが、戦時中で勉学ができる環境になく父の元を離れ、再び女子学習院に転学。終戦後は、京都府立女子専門学校に入学。卒業後、大阪市立女子専門学校の研究室に勤務。その後、新制大学となった慶應義塾大学文学部(通信教育課程・第2類)に入り、古代から中世にかけての日本史を研究し卒業。
鷹司 和子(たかつかさ かずこ、1929年〈昭和4年〉9月3… 鷹司 和子(たかつかさ かずこ、1929年〈昭和4年〉9月30日 - 1989年〈平成元年〉5月26日)は、日本の元皇族。鷹司平通の妻。勲等は勲一等。皇籍離脱前の身位は内親王で、皇室典範における敬称は殿下。旧名、和子内親王(かずこないしんのう)。諱は和子、御称号は孝宮。お印は白菊であった。伊勢神宮祭主(1974年 - 1988年)。昭和天皇と香淳皇后の第3皇女子。第125代天皇・明仁(上皇)と常陸宮正仁親王は弟、第126代天皇・徳仁(今上天皇)と秋篠宮文仁親王は甥にあたる。 1929年(昭和4年)9月30日午前6時16分、宮中において昭和天皇と香淳皇后の第3皇女子として誕生。御七夜の10月6日午前9時に浴場の儀、午前11時に命名の儀が執り行われ「孝宮和子」と命名された。
岩佐 美代子(いわさ みよこ、1926年(大正15年)3月1… 岩佐 美代子(いわさ みよこ、1926年(大正15年)3月1日 - 2020年(令和2年)1月17日)は、日本の国文学者。学位は、文学博士(立教大学)。鶴見大学名誉教授。 父は法学者の穂積重遠。兄は西洋史学者の穂積重行。父方の祖父は法学者の穂積陳重。母方の祖父は陸軍軍人、政治家の児玉源太郎。父方の曾祖父は実業家の渋沢栄一。一家の間では渋沢似の顔と言われる。 1930年(昭和5年)頃から昭和天皇の第1皇女・照宮成子内親王に「宮仕え」し、前田美意子らとともに特に親しい学友のひとりだった。なお、学友として出仕するにあたり宮内省から辞令がくだされていた。1945年(昭和20年)女子学習院高等科卒業。 その後、厚生省勤務の医師岩佐潔(1922年(大正11年) - 1972年(昭和47年))と結婚、2児を儲けるが、1962年(昭和37年)国文学研究を志す。
酒井 美意子(さかい みいこ、1926年(大正15年)2月1… 酒井 美意子(さかい みいこ、1926年(大正15年)2月18日 - 1999年(平成11年)10月5日)は、日本のマナー・皇室評論家。旧姓・前田。加賀前田家16代当主で侯爵・前田利為の長女。母は雅楽頭系酒井家宗家20代当主で伯爵・酒井忠興の次女菊子。同家22代当主・酒井忠元の妻。 女子学習院中等科の学生だった頃、同じ旧大名華族の娘である級友と幕末の前田家について次のような会話をしたという。
東久邇 成子(ひがしくに しげこ、1925年〈大正14年〉1… 東久邇 成子(ひがしくに しげこ、1925年〈大正14年〉12月6日 - 1961年〈昭和36年〉7月23日)は、日本の旧皇族。盛厚王の妃。勲等は勲一等。旧名は、成子内親王(しげこないしんのう)、諱は成子(しげこ)、御称号は照宮(てるのみや)、お印は紅梅 (こうばい)。結婚から皇籍離脱前までの名は、盛厚王妃 成子内親王(もりひろおうひ しげこないしんのう)。昭和天皇と香淳皇后の第1皇女子(2男5女のうち第1子)。第126代天皇徳仁、秋篠宮文仁親王、島津禎久は甥、黒田清子(紀宮清子内親王)は姪に当る。また、久宮祐子内親王、鷹司和子、池田厚子、島津貴子は妹に、第125代天皇・明仁(上皇)と常陸宮正仁親王は弟に当る。
崇仁親王妃 百合子(たかひとしんのうひ ゆりこ、1923年〈… 崇仁親王妃 百合子(たかひとしんのうひ ゆりこ、1923年〈大正12年〉6月4日 - 2024年〈令和6年〉11月15日)は、日本の皇族、旧華族。大正天皇第4皇子で昭和天皇の弟宮の三笠宮崇仁親王の妃。身位は親王妃。敬称は殿下。勲等は勲一等。お印は桐(きり)。旧名は、高木 百合子(たかぎ ゆりこ)。2023年9月まで皇室会議予備議員。子爵・高木正得第2女子。 東京府東京市赤坂区赤坂青山高樹町(現:東京都港区南青山)の高木子爵邸に華族令嬢として誕生。華族・高木正得子爵の二女。母の邦子は入江為守子爵二女で夫の崇仁親王とは、はとこにあたる。姉に衣子、妹に桃子、小夜子がいる。 1928年(昭和3年)、女子学習院幼稚園に入園。
犬養 道子(いぬかい みちこ、1921年4月20日 - 20… 犬養 道子(いぬかい みちこ、1921年4月20日 - 2017年7月24日)は、日本の慈善家・環境活動家・小説家。 首相を務めた犬養毅の孫にあたる。カトリック信徒。 現在の東京都新宿区四谷に犬養健・仲子夫妻の長女として生まれる。父・健は犬養毅の嗣子で親子2代の政治家であり、母方の曾祖父が長与専斎と後藤象二郎である。母方の祖父は男爵長与称吉。従姉の娘に緒方貞子、異母妹に安藤和津がいる。 女子学習院、津田英学塾で学んだ後、アメリカ合衆国やフランスに留学。 1970年代以降ヨーロッパに在住し、環境破壊抑止を目指した「みどり一本」運動を提唱したり、1979年から世界の飢餓、難民問題に深くかかわった。また欧州滞在中は、ジュネーヴ空港に近いフランスの街フェルネ=ヴォルテールに住み、ライフワークの聖書研究のかたわら、難民支援活動を積極的に展開した。
大給 湛子(おぎゅう きよこ、1919年(大正8年)8月2日… 大給 湛子(おぎゅう きよこ、1919年(大正8年)8月2日 - 2019年(令和元年)8月1日)は、日本の元皇族。朝香宮鳩彦王第2王女子。旧名は湛子女王。兄に孚彦王・正彦王、姉に紀久子女王がいる。大給義龍伯爵夫人。明治天皇の孫世代では最後の存命者であった。