福永 嫮生(ふくなが こせい(旧姓:愛新覚羅)、1940年(昭和15年)3月18日 - )は、愛新覚羅溥儀の実弟である溥傑の次女。 1940年(昭和15年)3月、溥傑と嵯峨浩(日本の侯爵家出身)夫婦の次女として、一時的に戻っていた母の出身地・東京の順天堂病院で生まれる。同年6月に父のいる満洲(現在の中華人民共和国東北部)に渡った。 1945年(昭和20年)日本の降伏とともに満洲国は崩壊し、父と母娘は生き別れとなった。嫮生は母とともに1年4か月にわたって国共内戦のなか中国大陸を流転した末、1947年(昭和22年)日本に引き揚げた(詳細は嵯峨浩#流転の日々を参照のこと)。 日本に引き揚げた後は、日吉(神奈川県横浜市港北区)に移っていた母の実家の嵯峨家で育つ。
出典:ウィキペディア「福永嫮生」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
