三浦 章(みうら あきら、1956年12月31日 - )は、… 三浦 章(みうら あきら、1956年12月31日 - )は、日本の実業家。パンパシフィック・カッパー代表取締役社長や、JX金属取締役副社長、硫酸協会会長、触媒資源化協会会長などを歴任した。 青森県出身。1980年東北大学法学部卒業、日本鉱業入社。2012年JX日鉱日石金属執行役員。2014年JX金属常務取締役。触媒資源化協会会長を経て、JX金属及びパンパシフィック・カッパーチリ事務所長としてチリに赴任し、2016年パンパシフィック・カッパー取締役副社長。日智商工会議所理事も務め、2017年からはパンパシフィック・カッパー代表取締役社長として、パンパシフィック・カッパー佐賀関製錬所の拡充や、カセロネス銅鉱山の安定化などにあたった。
岩村 正彦(いわむら まさひこ、1956年12月30日 - … 岩村 正彦(いわむら まさひこ、1956年12月30日 - )は、日本の法学者。東京大学名誉教授。専門は社会保障法。 労働政策審議会労働条件分科会長(2011年度)、全国健康保険協会船員保険協議会初代委員長(2009年~2019年)、過労死等防止対策推進協議会初代会長(2014年12月~2018年12月)等を歴任。2019年2月に中央労働委員会会長に就任(2025年2月まで)。 日本においては労災保険、外国ではフランスの労災保険についての論文がある。社会保険についての考察や、民法などその他の法領域との関連についての論文もある。教科書として、『社会保障法I』(弘文堂、2001年)がある。社会保障国民会議委員も務めた。
井上 公造(いのうえ こうぞう、1956年〈昭和31年〉12… 井上 公造(いのうえ こうぞう、1956年〈昭和31年〉12月30日 - )は、日本の元芸能リポーター。 元雑誌編集長、元スポーツ新聞記者。 福岡県福岡市中央区生まれ。西南学院高等学校、西南学院大学商学部卒業。大学卒業後は、マスコミ関連企業への就職活動をしたが叶わず、明治屋に就職。半年で退社し、フリーターなどを経て、明太子メーカー「鳴海屋」に再就職した。鳴海屋東京支社に転勤となり上京。その後、飲みに行った際に竹書房社員と知り合ったのをきっかけに、同社の契約社員となる。編集長になったのち退職し、産経新聞に中途入社。サンケイスポーツ文化社会部記者となる。野球を担当していたこともある。 1986年、30歳の時に芸能リポーターである梨元勝にスカウトされ、「株式会社オフィス梨元」入りし、芸能リポーターに転身。
中西 俊司(なかにし しゅんじ、1956年〈昭和31年〉12… 中西 俊司(なかにし しゅんじ、1956年〈昭和31年〉12月29日 - )は、日本の政治家。北海道留萌市長を2期務めた。 北海道留萌市出身。1975年(昭和50年)3月、北海道留萌高等学校普通科卒業。卒業後、すぐに留萌市役所に入庁。財政や総務など管理分野を中心に務めたほか、教育委員会などの運営も経験する。産業建設部長時代には経済界と連携し、市街地の活性化やインフラの整備を推進した。職場では温厚な人柄が評価されていた。 2010年(平成22年)7月、留萌市副市長に就任。2014年に留萌港から中国や韓国へのトドマツの輸出が始まると、留萌振興局局長らと共に輸出先となる韓国・群山の製材工場を視察し、ソウルで開催された総合建築見本市で情報収集を行った。
桜 金造(さくら きんぞう、1956年〈昭和31年〉12月2… 桜 金造(さくら きんぞう、1956年〈昭和31年〉12月29日 - )は、日本のコメディアン、俳優。本名は佐藤 茂樹(さとう しげき)。旧芸名は佐藤 金造(さとう きんぞう)。「桜金造」の名付け親は松田優作。 広島市南区宇品生まれ、東京都杉並区荻窪育ち。過去に渡辺プロダクション、太田プロダクションに所属し、有限会社イブエンタープライズ所属から、現在は株式会社シンコーアソシエイツに所属。血液型はO型。 TBSの『ぎんざNOW!』素人コメディアン道場でデビュー。1975年、小林まさひろらとともにコメディ集団ザ・ハンダースを結成(1980年に解散)。その後、アゴ勇とのコンビ「アゴ&キンゾー」での活動や、俳優としての映画『タンポポ』『マルサの女』などへの出演で知られる。
杉山 武史(すぎやま たけし、1956年12月29日 - )… 杉山 武史(すぎやま たけし、1956年12月29日 - )は、日本の技術者、実業家。三菱電機株式会社特別顧問。 岐阜県各務原市出身。岐阜県立岐阜高等学校を経て、1979年名古屋大学工学部卒業。同年三菱電機入社、姫路製作所配属。以降様々な分野を担当し、モバイルターミナル製作所長、生産技術部長、中津川製作所長、リビング・デジタルメディア事業本部副事業本部長等を経て、2014年常務執行役リビング・デジタルメディア事業担当に昇格。2016年専務執行役リビング・デジタルメディア事業担当。2017年代表執行役副社長リビング・デジタルメディア事業担当。2018年から取締役代表執行役社長 を務め、縦割の強い三菱電機の各事業間の連携によるシナジー創出などにあたった。
西山 英彦(にしやま ひでひこ、1956年12月29日 – … 西山 英彦(にしやま ひでひこ、1956年12月29日 – )は日本の元通産官僚、経産官僚。学位はLL.M.(法学修士、ハーバード大学(1984年))。
北村 滋(きたむら しげる、1956年〈昭和31年〉12月2… 北村 滋(きたむら しげる、1956年〈昭和31年〉12月27日 - )は、日本の警察官僚、実業家。 2011年12月から2019年9月まで内閣情報官。2019年9月から2021年7月まで国家安全保障局長と内閣特別顧問を務めた。 2021年7月の退官後は、北村エコノミックセキュリティ合同会社代表を務めている。 東京都出身。開成中学校・高等学校、東京大学法学部を経て、1980年4月、警察庁入庁。入庁同期に、第26代警察庁長官の坂口正芳、第92代警視総監の髙橋清孝などがいる。 北村は安倍晋三首相からの信頼が特に厚いことで知られ、安倍の首席秘書官などを務めた今井尚哉と並ぶ最側近の1人に数えられる。第2次安倍政権下では最も首相と面会した人物として、史上最長政権を情報面で支えたほか、各国情報機関との人脈を通じて外交面でも影響力を強めていった。
青柳 政司(あおやぎ まさし、1956年12月27日 - 2… 青柳 政司(あおやぎ まさし、1956年12月27日 - 2022年7月6日)は、日本の男性空手家、プロレスラー。愛知県豊田市出身、福岡県糟屋郡出生。血液型AB型。身長172cm、体重93kg。空手道場・国際空手拳法連盟「誠心会館」の館長であり、通称「青柳館長(あおやぎかんちょう)」。プロレスへの参戦活動で知られ、数多くの団体を渡り歩いた。 福岡県で炭鉱労働者の家庭に生まれるが、いわゆるエネルギー革命の影響で父親が職を失ったため愛知県豊田市に移住。小中学生時代は水泳をやっており、県大会の代表に選ばれたこともある。 プロレスへの憧れは中学生時代からあったが、当時は身長180cmに満たない選手など稀な時代であったため、あきらめていた。
田口 雅弘(たぐち まさひろ、1956年12月26日 - )… 田口 雅弘(たぐち まさひろ、1956年12月26日 - )は、日本の経済学者。環太平洋大学経済経営学部教授。岡山大学名誉教授。専門は、現代ポーランド経済史、ポーランド経済政策論、体制転換論。娘は社会起業家の田口愛。ワルシャワ中央計画統計大学財政統計学部国民経済計画学科卒。 1978年、ポーランド政府給費留学生として渡航する。留学中に、独立自主管理労働組合「連帯」運動や、ヤルゼルスキ政権による戒厳令を経験した。1984年、ワルシャワ中央計画統計大学(SGPiS:現在のワルシャワ経済大学)で経済学修士の学位を取得し卒業する。1988年、京都大学大学院博士課程後期単位取得退学。 同年より1990年まで、日本学術振興会特別研究員として東京大学社会科学研究所に所属した。
阪口 伸六(さかぐち しんろく、1956年12月26日 - … 阪口 伸六(さかぐち しんろく、1956年12月26日 - )は、日本の政治家、大阪府高石市長(4期)。元高石市議会議員。
島村 琢哉(しまむら たくや、1956年(昭和31年)12月… 島村 琢哉(しまむら たくや、1956年(昭和31年)12月25日 - )は、日本の実業家。AGC(旧・旭硝子)株式会社取締役兼会長、前代表取締役兼社長執行役員CEO。公益財団法人旭硝子財団理事長、公益社団法人新化学技術推進協会代表者。 入社から30年以上、化学品の営業に長く携わり、同事業の海外子会社社長、同事業部門長などを経験する。 社長になるまでの2年間(2013年、2014年)は、電子部門の責任者を務めた。 2015年から社長に就任するが、前年は大幅な減益に直面した為、どうすべきか腹を決め、まず「内向的な社内の雰囲気を変える」ことに取りかかった。その結果、収益改善に繋がり、更なる成長に向けての経営計画を立て、発表した。
小椋 冬美(おぐら ふゆみ、1956年12月25日 - )は… 小椋 冬美(おぐら ふゆみ、1956年12月25日 - )は、群馬県出身の漫画家。本名は後藤彩。血液型B型。
宮本 潤子(みやもと じゅんこ、本名・宮本 潤子、1956年… 宮本 潤子(みやもと じゅんこ、本名・宮本 潤子、1956年12月24日 - )は愛媛県宇摩郡土居町(現在の四国中央市)出身のフリーアナウンサー。 愛媛県立新居浜西高等学校・共立女子大学文芸学部日本文学コースを卒業後、高知放送アナウンサー室勤務。その後フリーとなり、1990年からNHKや民放各局で、報道キャスター・リポーターとして活動すると同時に、座談会・イベント関係の司会を務める。 1994年11月からは浅井企画に所属。引き続きNHK衛星放送や在京キー局各局、CS放送などで、メインキャスター・司会・レポーターなどを務めている。
藤崎 斉(ふじさき ひとし、1956年12月23日 - )は… 藤崎 斉(ふじさき ひとし、1956年12月23日 - )は、日本の実業家、日本ホテル株式会社常務取締役、東京ステーションホテル総支配人。 1956年12月23日、東京都生まれ。東京都立両国高等学校、立教大学経済学部卒業。株式会社リクルートの子会社を経て、1984年東京ヒルトンインターナショナル(現ヒルトン東京)開業スタッフとして入社。チーフレセプションクラーク、フロント支配人、宿泊支配人、ヒルトンインターナショナル日本/韓国/グァム/ハワイ地区担当エリア・フロントオフィスコーディネーター。 2002年ウェスティンホテル東京入社。宿泊部長を経て副総支配人に就任。 2006年株式会社JALホテルズ本社(現 オークラニッコーホテルマネジメント)営業本部副本部長として入社。
村瀬 幸雄(むらせ ゆきお、1956年(昭和31年)12月2… 村瀬 幸雄(むらせ ゆきお、1956年(昭和31年)12月23日 - )は、日本の銀行家。十六銀行頭取。岐阜商工会議所会頭。中部経済連合会副会長。 岐阜県岐阜市生まれ。岐阜県立岐阜高等学校、名古屋大学法学部卒業。 1975年、十六銀行に入行。常務取締役、専務取締役を経て、2013年9月に頭取就任。 同年9月26日の取締役会において、当時頭取の堀江博海からの交代が緊急提案されたため、一部では「クーデターによる頭取就任」と報道されたが「交代はあくまで堀江氏の意思。(他の取締役から)色々意見は出たが、クーデターなどではない」とした。
増尾 伸一郎(ますお しんいちろう、1956年12月23日 … 増尾 伸一郎(ますお しんいちろう、1956年12月23日 - 2014年7月25日)は、日本の歴史学者。道教史、道教研究者。東アジア文化史研究者。現代における道教研究の第一人者であり、特に日本文化や神道を視野に入れた研究で知られる。 山梨県生まれ。筑波大学大学院歴史人類学研究科博士課程単位取得。東京成徳大学人文学部助教授、2007年准教授、2009年教授。同大学在職中の2014年7月に急逝した。 主に東アジアの道教を研究したが、日本、中国、韓国、台湾、ベトナムなどの膨大な先行研究と一次資料を博捜し、通常の道教研究のように単純に「道教」があるとみてそれを直接に扱うのでなく、道教以外の様々な思想・宗教等と道教との相剋・融合を追い、必ずしも道教ではないが道教につながる事象を丁寧に解きほぐしながら複合的・重層的に研究するという、非常に労力のかかる挑戦的な研究スタイルを取っていた。
宮西 達也(みやにし たつや、1956年12月23日 - )… 宮西 達也(みやにし たつや、1956年12月23日 - )は日本の絵本作家である。 静岡県駿東郡清水町出身。日本大学芸術学部美術学科卒。 人形美術、グラフィックデザイナーを経て絵本をかきはじめる。 現在[いつ?]は長さ50cmを超える大型本や紙芝居・プラネタリウム・エッセイ・小学校教科書(東京書籍)の挿絵なども手がけ幅広いジャンルで活躍し、絵本での作品がDVD化されている。 以前は拓新太朗のペンネームで執筆している作品もあった。
村上 弘明(むらかみ ひろあき、1956年〈昭和31年〉12… 村上 弘明(むらかみ ひろあき、1956年〈昭和31年〉12月22日 - )は、日本の俳優・タレント。本名は同じ。 岩手県陸前高田市広田町出身。宮城県気仙沼高等学校卒業、法政大学法学部政治学科中退。オフィス佐々木、オスカープロモーションを経て、2024年12月1日から芸能事務所HONESTと業務提携となった。 父親は自転車店と三陸海岸でのワカメ養殖業を兼営しており、弘明も家業を手伝っていた。進学校・気仙沼高校に越境入学して卒業。医学部を目指して浪人中、映画館に入り浸って3浪した末に「東京の大学に行って教職課程を履修し故郷に帰って教師になる」と両親に言って法政大学法学部に進学。映画好きの友人が無断で応募した映画『もう頬づえはつかない』のオーディションを受けて主役にキャスティングされそうでされなかったことを切っ掛けに芸能事務所に籍を置く(後述)。
斎藤 美奈子(さいとう みなこ、1956年12月22日 - … 斎藤 美奈子(さいとう みなこ、1956年12月22日 - )は、日本の文芸評論家。新潟県新潟市出身。父は新潟大学名誉教授の物理学者で、宮沢賢治の研究者としても知られる斎藤文一。妹は、韓国語の翻訳家・斎藤真理子。 日本の近現代文学には妊娠が重要となるジャンルがあるとした評論『妊娠小説』(1994年)で世に出る。風俗研究的著作もある。著作に『文章読本さん江』(2002年)、『文庫解説ワンダーランド』(2017年)など。 新潟県立新潟高等学校、成城大学経済学部卒業。大学では日本経済史の浅井良夫ゼミに所属。児童書の編集者を経て、1994年書き下ろし『妊娠小説』で文芸評論家としてデビュー。森鴎外『舞姫』から村上春樹『風の歌を聴け』まで、「望まれない妊娠」のシーンがある作品を取り上げて論じ、近現代日本文学に潜む女性観をあぶり出した。
平松 賢司(ひらまつ けんじ、1956年12月22日 - )… 平松 賢司(ひらまつ けんじ、1956年12月22日 - )は、日本の外交官。2011年(平成23年)から2012年(平成24年)まで、外務省地球規模課題審議官、2012年から外務省総合外交政策局長、2015年から駐インド特命全権大使。2019年から2022年にかけて駐スペイン特命全権大使。2022年退官。日本総合研究所 (株式会社)国際戦略研究所理事長。 大阪府出身。大阪府立大手前高等学校卒業。京都大学法学部卒業後、1979年外務省に入省した。1980年から1982年までスペインにてスペイン語研修。 外務省南東アジア二課長、総合外交政策局安全保障政策課長、外務大臣秘書官事務取扱を経て、2001年からアジア大洋州局北東アジア課長を務め、瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件で、川口順子外務大臣より厳重注意処分を受けた。
渡辺 裕明(わたなべ ひろあき、1956年12月22日 - … 渡辺 裕明(わたなべ ひろあき、1956年12月22日 - )は、日本の実業家。B-R サーティワン アイスクリーム株式会社代表取締役社長、日本フランチャイズチェーン協会会長。 東京都出身。1980年立教大学経済学部卒業、山一証券入社。1985年ビー・アールジャパン(現B-R サーティワン アイスクリーム)入社。営業管理部マネージャー等を経て、2003年執行役員社長室長。2007年常務執行役員管理本部長。2009年取締役管理本部長兼経営企画室長。2011年常務取締役管理本部長。2013年から代表取締役社長。不二家からの社長ではなく生え抜きの社長で、フレーバーの開発強化などを進めた。2019年日本フランチャイズチェーン協会会長。
村山 浩昭(むらやま ひろあき、1956年12月21日 - … 村山 浩昭(むらやま ひろあき、1956年12月21日 - )は、日本の弁護士、元裁判官。2017年(平成29年)9月30日より大阪高等裁判所部総括判事を務めていた。2021年(令和3年)12月21日に定年退官。 裁判官としては、2014年(平成26年)に静岡地方裁判所の裁判長として、袴田事件で死刑が確定していた袴田巌について、彼の犯行の裏付けとされていた物証は捏造された可能性が高いと指摘し、再審開始と釈放の決定を出したことなどで知られる(後述)。
大島 敦(おおしま あつし、1956年12月21日 - )は… 大島 敦(おおしま あつし、1956年12月21日 - )は、日本の政治家。中道改革連合所属の衆議院議員(10期)、立憲民主党埼玉県連代表。 内閣府副大臣(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、総務副大臣(野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣・野田第3次改造内閣)、素交会会長、民進党幹事長(第3代)、希望の党幹事長兼政策調査会長、希望の党代表代行、旧国民民主党選挙対策委員長、立憲民主党組織委員長を歴任した。 埼玉県北本市生まれ。京華高等学校、早稲田大学法学部卒業(ゼミは会社法)。1981年に大学卒業後、日本鋼管(現JFEスチール、JFEエンジニアリング)へ入社。同社に14年間勤務し、輸出営業を担当、3年半のドイツ駐在を経験する。
三成 美保(みつなり みほ、1956年12月21日 - )は… 三成 美保(みつなり みほ、1956年12月21日 - )は、日本の法学者、社会学者、フェミニスト。専門分野は法制史で、ドイツや日本におけるジェンダー法学やジェンダー史を研究してきた。追手門学院大学教授(2022年-)、日本ジェンダー学会副理事長(2016年-)。 奈良女子大学副学長、日本学術会議副会長、ジェンダー法学会理事長、比較家族史学会理事などを歴任した。LGBT、ジェンダー関連の研究書を多数執筆、または編纂している。セクシュアル・マイノリティーの権利保証のためにジェンダーやセクシュアリティに関する問題提議を行ってきた。 香川県出身。1979年3月、大阪大学文学部史学科卒業。1982年3月、同大学院文学研究科博士前期課程修了。
小寺 雅夫(こでら まさお、1956年12月21日 - )は… 小寺 雅夫(こでら まさお、1956年12月21日 - )は、日本の著作家、小説家。 島根県出身。同県浜田市在住。元日本国有鉄道職員、元西日本旅客鉄道社員。成蹊大学経済学部卒業。国鉄労働組合員であり、慶応義塾大学の三田キャンパス内にある「三田文学会」の会員である。又JR西社員OBで組織する「西日本鉄道OB会」・国労OBで運営する「鉄道退職者の会」・国労出身議員を応援する各「議員後援会」の会員である。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
竹中 正治(たけなか まさはる、1956年12月21日 - … 竹中 正治(たけなか まさはる、1956年12月21日 - )は、日本の経済学者。元三菱東京UFJ銀行勤務で、龍谷大学教授、博士(経済学)(京都大学)。東京都出身。専攻は国際金融論、現代米国経済・金融。 1979年、東京大学経済学部を卒業し、同年東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。本店営業部、ニューヨーク支店、大阪支店勤務、為替資金部次長、調査部次長、米国ワシントンDC事務所長を経て(公益財団法人)国際通貨研究所経済調査部長兼チーフエコノミストを歴任した。 2009年に龍谷大学経済学部教授に就任。2012年に京都大学より博士号(経済学)を取得した。 日本金融学会、日本国際経済学会、Conference of Business Economists(USA)の各会員。
牟田 和恵(むた かずえ、1956年12月20日 - )は、… 牟田 和恵(むた かずえ、1956年12月20日 - )は、日本の社会学者。学位は、博士(人間科学)。大阪大学大学院人間科学研究科名誉教授。歴史社会学とジェンダー論を専門として近代化とジェンダーポリティクスを扱い、近現代日本の女性や家族に関する言説を著す。 福岡県で生まれ、福岡県立筑紫丘高等学校(高27回)を卒業後、1983年に京都大学文学部社会学専攻を卒業して1987年に大学院博士課程を退学する。佐賀大学で教養部講師を経て1989年に助教授、1991年に甲南女子大学で文学部助教授を務める。ハーバード大学、コロンビア大学へ留学し、2001年に甲南女子大学で人間科学部教授、2003年に大阪大学大学院人間科学研究科助教授を経て2004年に教授を務める。
平田 淳嗣(ひらた じゅんじ、1956年12月20日 - )… 平田 淳嗣(ひらた じゅんじ、1956年12月20日 - )は、日本の男性プロレスラー。本名:同じ、旧名・旧リングネーム:平田 淳二(読みは同じ)。神奈川県平塚市出身。新日本プロレス所属。
高砂 正弘(たかさご まさひろ、1956年12月20日 )は… 高砂 正弘(たかさご まさひろ、1956年12月20日 )は、大阪府生まれの日本の建築家、一級建築士。和歌山大学名誉教授。工学博士(大阪工業大学)・工学修士(早稲田大学)。高砂建築事務所代表。 専門は、建築設計・環境デザイン・設計手法。 1979年大阪工業大学工学部建築学科卒業。1986年早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻修了、工学修士(早稲田大学)。瀧光夫建築・都市設計事務所にて建築設計に従事。1990年高砂建築事務所設立。その後、大阪工業大学・関西大学非常勤講師、梅花女子大学現代人間学部教授などを経て、2008年大阪工業大学大学院工学研究科建築学専攻にて博士(工学)。2011年より和歌山大学システム工学部教授。
新川 敏光(しんかわ としみつ、1956年12月20日 - … 新川 敏光(しんかわ としみつ、1956年12月20日 - )は、日本の政治学者。法政大学法学部教授、京都大学名誉教授。元日本比較政治学会会長。専門は、政治過程論、比較福祉国家研究。
杉浦 健(すぎうら たけし、1956年12月20日 - )は… 杉浦 健(すぎうら たけし、1956年12月20日 - )は、新潟放送の元アナウンサー。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
木本 茂(きもと しげる、1956年12月20日 - )は、… 木本 茂(きもと しげる、1956年12月20日 - )は、日本の実業家。髙島屋代表取締役社長や、東神開発代表取締役会長、日本百貨店協会副会長を務めた。 東京都出身。1975年海城高等学校卒業。1979年横浜市立大学商学部卒業、横浜髙島屋(現髙島屋)入社。2006年髙島屋横浜店副店長。2007年新宿店副店長。2010年執行役員新宿店長。2011年常務取締役[企画本部副本部長、構造改革推進室長。11年ぶりの社長交代により2014年代表取締役社長に昇格。インバウンド消費への対応や、在宅勤務制度導入などの働き方改革にあたった。2019年東神開発代表取締役会長に就任。日本百貨店協会副会長なども務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
芳岡ひでき(よしおか ひでき、1956年12月19日 - )… 芳岡ひでき(よしおか ひでき、1956年12月19日 - )は、日本の男性イラストレーター。奈良県奈良市出身。血液型はAB型。
小杉 英了(こすぎ えいりょう、1956年12月19日 - … 小杉 英了(こすぎ えいりょう、1956年12月19日 - )は、日本の翻訳家・評論家・小説家。北海道旭川市生まれの関西育ち。関西学院大学仏文科卒。東京都在住。 ロック・ミュージックとグノーシス派の洗礼から霊学を志し、ルドルフ・シュタイナーの認識論を通って三島由紀夫の文化論に到る。オイリュトミー舞台公演の脚本として『謡曲・鬼阿闍梨』(京都・金剛能楽堂 1991)、『外典・緑の蛇と百合姫の物語』(新宿・朝日生命ホール 1992)がある。2012年、小説『先導者』(受賞時タイトルは『御役』)で日本ホラー小説大賞受賞。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
秋田 昌美(あきた まさみ、1956年12月19日 - )は… 秋田 昌美(あきた まさみ、1956年12月19日 - )は、日本のノイズミュージック音楽家・著作家・活動家、作家、活動家。東京都生まれ。玉川大学文学部芸術学科卒業。 1979年からMerzbow(メルツバウ)名義で音楽活動を続けている。「Merzbow」という名前はドイツ人芸術家のクルト・シュヴィッタースによる建築作品である"Merzbau"というドイツ語から来ている。これはダダイスムやジャンクアートに多大な影響を受けたという秋田本人の趣向を反映したものである。 灰野敬二、非常階段らとともに、日本のノイズミュージック(ジャパノイズ)の草分けといえる存在である。音楽的な特徴としては、灰野や非常階段が即興性の高いバンドサウンドとしての肉感的なノイズであるのに対し、Merzbowはシンセサイザーや機械、電子音・無機音によるインダストリアルで冷たい質感のノイズを志向している。
前原 雄大(まえはら ゆうだい、1956年12月19日 - … 前原 雄大(まえはら ゆうだい、1956年12月19日 - 2025年10月12日)は、競技麻雀のプロ雀士である。日本プロ麻雀連盟所属(2022年現在は常務理事)、同団体内での段位は九段。 東京都府中市出身。幼少時に母親がたまたま購入してきた『近代麻雀』(竹書房)を読んで競技麻雀に関心を抱く。早稲田大学在学中の20歳のときに古川孝次と出会う。 1981年3月に結婚し、雀荘を始める。直前に日本プロ麻雀連盟設立の話があり、数名から入会の誘いを受けるも「自分が麻雀プロに向いていないように考えていた」との理由で断りを入れるが、1981年9月に入り、連盟に研修生制度が創設されるに当たり、研修日初日に研修生になるように言われ参加、3年の研修生生活を経てプロ雀士となる。
長谷部 浩(はせべ ひろし、1956年12月17日 - )は… 長谷部 浩(はせべ ひろし、1956年12月17日 - )は、演劇評論家。日本文藝家協会会員。 埼玉県生まれ。本名・松野 誠。慶應義塾大学法学部卒業。出版社勤務を経て、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科助教授、同准教授を経て、2010年より同教授。2020年夏学期には、ウィーン大学演劇・映画・メディア研究所のプロフェッショナル・リサーチ・フェローを務める。2024年1月、最終講義。2024年3月、東京藝術大学を定年退職。同年7月、東京藝術大学名誉教授。 現代演劇から歌舞伎まで広く論じる。日本経済新聞(現代演劇)、東京新聞(歌舞伎)で劇評担当を歴任。雑誌「悲劇喜劇」(早川書房)、「文學界」(文藝春秋)などに評論を執筆。
伊藤 眞(いとう まこと、1956年12月17日 - )は、… 伊藤 眞(いとう まこと、1956年12月17日 - )は、日本の外交官。外務省大臣官房調査官や、デンバー総領事を経て、2017年(平成29年)4月17日からアルバニア駐箚特命全権大使。2020年(令和2年)10月16日から2022年(令和4年)12月9日にかけてボスニア・ヘルツェゴビナ駐箚特命全権大使。 東京都出身。東京外国語大学卒業後、1978年外務省入省。2002年から国際協力局国際緊急援助室首席事務官を務め、2003年にアルジェリア大地震が発生した際は、アルジェリアにおける地震災害に対する国際緊急援助隊専門家チーム団長として、現地で調査・復旧活動などにあたった。 2004年在ルーマニア日本国大使館次席参事官。
須藤 正裕(すどう まさひろ、1956年12月17日 - )… 須藤 正裕(すどう まさひろ、1956年12月17日 - )は、日本の俳優である。東京都出身。現在の所属事務所はオフィス佐々木。 一時期には須藤雅宏の名義を用いていた。 明治大学商学部卒業後、武道専門誌『月刊空手道』の編集者を経て俳優にスカウトされ、1982年放映のテレビドラマ『刑事ヨロシク』でデビュー。以後、村川透、瀬川昌治らの作品を中心に演技の幅を広げ活動。 2008年には中国映画『たった一人のオリンピック』(zh:一个人的奥林匹克)に出演。これを機に中国語を猛特訓し多数の中国映画・テレビドラマに出演している。 明治大学中国武術研究会の主将をつとめるなど学生時代から多くの武道に精通しており、一時松田隆智に師事し、NHKの『600 こちら情報部』で蟷螂拳を披露したこともある。
ガダルカナル・タカ(1956年12月16日 - )は、日本の… ガダルカナル・タカ(1956年12月16日 - )は、日本のお笑いタレント。高知県出生、静岡県田方郡天城湯ヶ島町(現在の伊豆市)出身。株式会社TAP所属で、ビートたけし率いるたけし軍団の一員。血液型B型。本名は井口 薫仁(いぐち たかひと)。妻はフリーアナウンサーの橋本志穂。
鍛治 靖子(かじ やすこ、1956年12月16日 - )は、… 鍛治 靖子(かじ やすこ、1956年12月16日 - )は、日本の翻訳家。別名義は梶元 靖子(かじもと やすこ)。日本推理作家協会会員。 東京女子大学文理学部卒業。小隅黎に師事して翻訳家に。SF翻訳家としてデビューした後、ファンタジー作品の翻訳を多く手がける。主な訳書にはロビン・ホブの『騎士の息子』『帝王の陰謀』『真実の帰還』『黄金の狩人』、コリン・ウィルソンの『サイキック』、L・M・ビジョルドの『スピリット・リング』『チャリオットの影』『影の棲む城』、アンドレ・ノートンの『ゼロ・ストーン』『未踏星域を超えて』などがある。 2021年から2022年にかけて、創元SF文庫から刊行されたファウンデーション・シリーズの三部作の新訳版が、2023年に星雲賞海外長編部門を受賞した。
森中 郁雄(もりなか いくお、1956年12月16日 - )… 森中 郁雄(もりなか いくお、1956年12月16日 - )は、日本の原子力技術者、実業家。関西電力代表取締役副社長や、関電プラント監査役、使用済燃料再処理機構理事等を務めた。 1979年名古屋工業大学工学部機械工学科卒業、関西電力入社。1996年原子力・火力本部原子力・火力企画グループ附電気事業連合会出向。2000年原子力事業本部保全計画グループチーフマネジャー。2003年原子力事業本部発電グループチーフマネジャー。2005年原子力事業本部保全計画グループチーフマネジャー。 2006年高浜発電所長。2009年原子力事業本部副事業本部長。2010年執行役員(従業員)原子力事業本部副事業本部長、原子力発電部門統括。
日比 孝之(ひび たかゆき、1956年12月15日- )は、… 日比 孝之(ひび たかゆき、1956年12月15日- )は、日本の数学者。大阪大学名誉教授。専門は代数学、特に計算可換代数と組合せ論。学位は理学博士(名古屋大学・1987年)。代数学賞受賞。 愛知県名古屋市生まれ。1975年名古屋市立向陽高等学校卒業。1981年名古屋大学理学部数学科卒業、1983年広島大学大学院修士課程修了、1985年広島大学大学院博士課程退学。理学博士(名古屋大学・1987年)。 1985年名古屋大学理学部助手、1990年北海道大学理学部講師、1991年同助教授、1995年大阪大学理学部教授、1996年同大学院理学研究科教授、2002年同大学院情報科学研究所教授。専門は計算可換代数と組合せ数学。
上村 英明(うえむら ひであき、1956年12月15日 - … 上村 英明(うえむら ひであき、1956年12月15日 - )は、日本の研究者、政治家、社会運動家。 衆議院議員(1期)、名古屋大学大学院講師、恵泉女学園大学教授、ソーシャル・ジャスティス基金運営委員長、アイヌ民族や琉球民族の先住民族としての国連を支援する市民外交センター(SGC)顧問(元代表)などを歴任。 1956年、熊本県熊本市で生まれる。 1975年、熊本県立熊本高等学校卒業。1979年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1981年、早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。 1982年、学習塾(AU英語進学教室)専任講師。同年、NGO市民外交センターを設立して代表になる。 1992年、川崎市によって開設された川崎市平和館で初代の専門調査員を務める。
山田 朗(やまだ あきら、1956年12月15日 - )は、… 山田 朗(やまだ あきら、1956年12月15日 - )は、日本の歴史学者。専攻は、日本近代史・日本軍事史・天皇制論。学位は、博士(史学)(東京都立大学)。明治大学文学部教授、歴史教育者協議会委員長。 大阪府豊中市生まれ。1979年、愛知教育大学教育学部卒業。1982年、東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修士課程修了。1985年、同大学院博士課程単位取得退学。同大学人文学部助手を経て、1994年、明治大学文学部史学地理学科助教授。1999年、同学部教授。2010年、明治大学平和教育登戸研究所資料館初代館長に就任。 佐々木隆爾に師事。1999年、「昭和天皇による戦争指導の軍事史的研究」で東京都立大学博士(史学)。
小野島 大(おのじま だい、1956年12月15日 - )は… 小野島 大(おのじま だい、1956年12月15日 - )は、日本の音楽評論家。1996年 - 2009年まで、西武百貨店池袋コミュニティカレッジで「音楽ライター養成講座」講師。2013年 - 15年,17年『音小屋』音楽ライターコース講師。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
伊藤 正道(いとう まさみち、1956年12月15日 - 2… 伊藤 正道(いとう まさみち、1956年12月15日 - 2012年2月17日)は、日本の絵本作家・イラストレーター。 1956年に横浜市に生まれ、中学生の頃に家族で鎌倉市に移り住む。高校卒業後にイラストレーターの仕事に就くが、父の死去を機に早稲田大学社会科学部に入学。1982年、同学を卒業し、その年に初の個展を開く。絵本の他、広告やパッケージデザインなどの商業デザインにも数多く携わった。2002年には鎌倉・稲村ガ崎にアトリエと私設ギャラリーを備えたgiogio factoryを開設した。 2012年2月17日、死去。享年55。 少年と犬や老人が織りなす、明るい色彩の作風が特徴で、企業の広告などにも採用されている。
岡村 洋一(おかむら よういち、1956年12月14日 - … 岡村 洋一(おかむら よういち、1956年12月14日 - )は、日本の俳優、声優、DJ、リポーター、司会者。大阪府大阪市生野区出身。身長177cm。体重75kg。血液型はA型。愛知大学法経学部経済学科卒業。巣山プロダクション[要出典]、ヒロオオフィスカンパニー[要出典]、成プロ企画を経て、ひまわり舎に所属。 1979年、文化放送主催「全国アマチュアフォークコンテスト中部北陸大会」優勝。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
小田 博子(おだ ひろこ、1956年〈昭和31年〉12月14… 小田 博子(おだ ひろこ、1956年〈昭和31年〉12月14日 - 2020年〈令和2年〉6月2日)は、日本の作家、市民研究者。 小学生の頃より社会問題、環境問題への意識が強く、常に改善できるように努力を重ねる。 2001年、44歳で難病の線維筋痛症発症後、一時寝たきりの状態となるも、2006年 福岡市にて大脳指向型BOOT療法を受け、治療開始4ヶ月後から劇的回復。線維筋痛症から回復できた過程を自ら研究。 2008年、自らのウェブサイト「線維筋痛症から回復した患者のホームページ」を開設し「中枢感作」 の概念の重要性を説き続ける。難病で苦しむ患者を一人でも多く回復できるようにと患者自助団体NPO市民健康ラボラトリー創設。