スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
後生川 凜(ごしょがわ りん、1996年10月11日 - )… 後生川 凜(ごしょがわ りん、1996年10月11日 - )は、日本のアナウンサー。熊本放送のアナウンサーである。 4人兄弟の3番目として熊本市に生まれる。父親は生誕当時教員であった。 熊本信愛女学院中学校、熊本県立熊本高等学校を経て、慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、2020年4月1日に熊本放送へ入社。 生誕直前のエピソードとして、1996年8月21日の「奇跡のバックホーム」で知られる第78回全国高等学校野球選手権大会決勝を、阪神甲子園球場にて観戦していた母親がまさに後生川を妊娠していたこともあって、レギュラー番組等でこのことを語ることがある。 この様な野球一家の生まれであり、兄と姉がリトルリーグで野球をしていたことがきっかけで、小学校1年生の時に野球を始める。
井 たくま(い たくま、1993年〈平成5年〉5月27日 -… 井 たくま(い たくま、1993年〈平成5年〉5月27日 - )は、日本の医師およびお笑い芸人、YouTuber。 医療に関するショートネタを得意とした『ニート医師』を自称する。2025年7月までは太田プロダクションに所属していたが退所し、2026年現在ではフリーである。『ニート医師』の自称は専業で立派にやっている医師とは違う、という謙遜から自称するものである。 1993年5月27日生まれの熊本県出身で、熊本大学教育学部附属中学校、熊本県立熊本高等学校、佐賀大学医学部卒業。 中学・高校時代共に進学校に在籍しており、医師を志望する友人が多かったことが医師になったきっかけである。また、勉強のしすぎで病んでいた時期に芸人のラジオを聞いて「芸人ってすごい仕事だな」と感じたことからお笑いにも興味を持つ。
久木田 紳吾(くきた しんご、1988年9月24日 - )は… 久木田 紳吾(くきた しんご、1988年9月24日 - )は、熊本県熊本市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダーおよびフォワード。 小学校3年から本格的にサッカーを始め、熊本県立熊本高等学校へ進学。熊本高では県大会ベスト8が最高であった。 高校卒業後、東京大学教養学部理科2類に進学し、3年時からは工学部都市工学科都市計画コースを専攻。東大の入学式で挨拶に立った東大教授の福島智の「誰も挑戦したことのないことに、挑戦することに価値がある」という言葉に感銘を受け、「本気で『東大出身者で初のJリーグ入り』を目指す」と公言するようになった。 東大ではア式蹴球部に所属し、2010年に主将を務め、大学東京都選抜に選ばれた一方、卒業後のJリーグ入りを目指して自分のプレー映像が入ったDVDを作成し、これを各クラブに送付するなどのアピールも行った。
小泉 朝香(こいずみ あさか、別姓・松下、1988年8月26… 小泉 朝香(こいずみ あさか、別姓・松下、1988年8月26日 - )は日本のサッカー審判員(国際主審)。 岩手県で生まれるが、大学で解剖学を教える父親の仕事の都合で幼い頃から日本国内外で引っ越しを繰り返し、小学校2年生の時に熊本県熊本市に転居、以後熊本で育つ。 小学校3年生の時、友人に誘われて、通っていた健軍東小学校にあった女子サッカー部に入ったのがサッカーと関わるきっかけ。中学校でもサッカーを続けるが、県立熊本高校では「別のスポーツをやってみたい」との理由で硬式テニス部に入部するが、自動車整備士を目指して推薦で筑波大学理工学群工学システム学類への進学が決まった後にサッカーへの興味が再燃。特にサッカー審判員に惹かれ、高校在学中に4級審判員の資格を取得する。
吉岡 世起(よしおか せいき、1988年1月5日 - )は、… 吉岡 世起(よしおか せいき、1988年1月5日 - )は、日本の男性プロレスラー。熊本県熊本市出身。薬剤師。 両親、2人の兄は医師。小学校時代、プロレス中継のビデオを見て武藤敬司に憧れる。中学3年の時、トリプルHが大腿四頭筋断裂の重傷から復帰を目指す姿を見て衝撃を受け、プロレスラーになることを決意する。熊本県立熊本高等学校時代にはテコンドー道場に通い、技術を習得した。大学進学先は、プロレス団体兼レスラー養成ジムであり、かねてより興味を持っていたレッスルゲートに近いという理由で一浪後、岡山大学薬学部に進学。 2007年4月、大学入学翌日からレッスルゲートに入門し2008年10月5日、レッスルゲート広島大会で本名の吉岡世起として正式デビューした。
三遊亭 好一郎(さんゆうてい こういちろう、1986年6月1… 三遊亭 好一郎(さんゆうてい こういちろう、1986年6月18日 - )は、五代目円楽一門会所属の落語家。三遊亭好楽の四番弟子。本名∶坂野 準哉。出囃子は『ポンポコニャ』。 熊本県上益城郡益城町出身。益城町立益城中学校、熊本県立熊本高等学校を経て、神戸大学理学部物理学科卒業。学生時代、大学の図書館で桂枝雀の「時うどん」のビデオをみたのが落語の世界に入るきっかけである。2008年には、立川談春の「芝浜」を観て自分で落語をやりたいと思い、社会人落語サークル「噺の会じゅげむKOBE」に参加し活動を行う。高座名は西遊亭悟空。 2009年6月、三遊亭好楽に入門し、「三遊亭好吉」を名乗る。2012年9月、二ツ目昇進。
三遊亭 好吉(さんゆうてい こうきち、1986年6月18日 … 三遊亭 好吉(さんゆうてい こうきち、1986年6月18日 - )は、円楽一門会所属の落語家。三遊亭好楽の四番弟子。本名は坂野準哉。
成宮 真希(なるみや まき、1985年4月7日 - )は、熊… 成宮 真希(なるみや まき、1985年4月7日 - )は、熊本県熊本市出身の日本の元プロレスラー。身長163cm、体重56kg。熊本県立熊本高等学校卒業、お茶の水女子大学文教育学部中退。 (LARITZA BACALLAO)
山田 勇樹(やまだ ゆうき、1983年7月24日 - )は、… 山田 勇樹(やまだ ゆうき、1983年7月24日 - )は、日本のプロダーツ選手。熊本県熊本市出身。熊本県立熊本高等学校卒業。横浜国立大学経営学部中退。美容師の資格を持っている。福岡県在住。 現在はSOFT DARTS PROFESSIONAL TOUR JAPANで活躍している。 妻はプロダーツ選手の山田かおり。 PERFECTツアーでは2008年2位、2009年1位、2010年3位、2011年2位、2012年1位、2013年1位、2014年4位、2015年3位、2016年2位、2017年4位、2018年2位、2019年3位となっている。 SUPERDARTSでは2009年にGomezという名で出場し決勝で星野光正に敗れたものの、他を寄せ付けない強さで準優勝している。
稲葉 俊郎(いなば としろう、1979年1月9日 - )は、… 稲葉 俊郎(いなば としろう、1979年1月9日 - )は、日本の医師。医学博士。著作家。熊本県生まれ。東京大学医学部附属病院 循環器内科 助教を経て、2022年より軽井沢町国民健康保険軽井沢病院院長。信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東北芸術工科大学客員教授(山形ビエンナーレ2020 芸術監督)を併任。2024年より、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科 特任教授。
坂口 恭平(さかぐち きょうへい、1978年4月13日 - … 坂口 恭平(さかぐち きょうへい、1978年4月13日 - )は、日本の建築家、作家、アーティスト。熊本県出身。 熊本市で生まれ、福岡県糟屋郡新宮町へ転居。1987年7月(9歳)に熊本市へ再転居、熊本市立日吉小学校、熊本市立城南中学校を経て熊本県立熊本高等学校在学中に石山修武(早稲田大学理工学部教授)に憧れて建築家を志し、早稲田大学理工学部建築学科へ進学する。2001年に大学を卒業し、卒論で路上生活者の家を建築学的に調査したレポートを発表する。それをもとにした写真集『0円ハウス』(2004年)を皮切りにフィールドワークにもとづく著作を発表した。2006年に結婚した。2007年1月にケニアのナイロビで世界会議フォーラムに参加し、手作りの自転車に段ボールで作った家を積み重ねた作品「Kibera Bicycle」を展示した。
杉島 泰斗(すぎしま たいと、1977年9月10日 - )は… 杉島 泰斗(すぎしま たいと、1977年9月10日 - )は、日本の実業家。プログラマ。 熊本県出身。熊本県立熊本高等学校、東京工業大学工学部卒業。 SCS Deloitte Technology(現:アビームコンサルティングに吸収合併)に入社。ITコンサルタントとして基幹系システムを取り扱う。 その後株式会社ネクスト(現:株式会社LIFULL)を経た後、株式会社クリスクでWebマーケティングのコンサルティングおよび自社運営メディアの担当部長を兼務。2011年に代表取締役に就任。 2021年1月にトレノケート株式会社 取締役に、7月にトレノケートホールディングス株式会社 代表取締役社長に就任。2024年3月に退任した。
稲塚 貴一(いなつか きいち、1977年6月1日 - )は、… 稲塚 貴一(いなつか きいち、1977年6月1日 - )は、NHKのチーフアナウンサー。 太字は、現在担当中の番組
榊 素寛(さかき もとひろ、1976年 - )は、日本の法学… 榊 素寛(さかき もとひろ、1976年 - )は、日本の法学者。専門は商法、特に保険法、運送法。神戸大学教授。落合誠一門下。
西田 譲(にしだ ゆずる、1975年9月6日 - )は、日本… 西田 譲(にしだ ゆずる、1975年9月6日 - )は、日本の政治家。こども政策担当大臣補佐官。 衆議院議員(1期)、千葉県議会議員(1期)を務めた。 1975年9月6日、熊本県の田舎の80世帯ほどの集落で、農業に従事する両親のもとに生まれた。天明町立銭塘小学校、熊本大学教育学部附属中学校、熊本県立熊本高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部中退。 1999年の東京都知事選挙で石原慎太郎のボランティアスタッフを務めた。1999年から2005年まで小林興起の秘書を務めた。 2007年、千葉県議会議員選挙八千代市選挙区に無所属で出馬し、初当選。その後、自由民主党会派に入る[要出典]。総合企画水道常任委員、総務常任委員会副委員長、医療問題議員研究会幹事、介護問題議員研究会事務局長等を歴任[要出典]。
長嶺 超輝(ながみね まさき、1975年8月3日 - )は、… 長嶺 超輝(ながみね まさき、1975年8月3日 - )は、日本のフリーライター。 長崎県平戸市生まれ。3歳から熊本県で育つ。熊本県立熊本高等学校を経て九州大学法学部卒業。司法試験に7回不合格となった後、2004年に上京。法律分野を得意とするライターとして執筆活動を始める。 2007年に発表したデビュー著書『裁判官の爆笑お言葉集』が、30万部を超えるベストセラーとなる。 大学生の頃、初めて最高裁判所裁判官国民審査に投票するに際し、投票用紙に記された裁判官の名前を一人も知らないことにショックを受けたことがきっかけで、最高裁判所に関心を持ち、2005年の第20回最高裁判所裁判官国民審査から、審査対象となる裁判官のプロフィールや判決実績をまとめて、インターネット上のサイトに公表している。
向山 昌利(むこうやま まさとし、1975年5月20日 - … 向山 昌利(むこうやま まさとし、1975年5月20日 - )は、日本の元ラグビー選手であり、大学教員。現役引退後に同志社大学大学院スポーツ健康科学研究科修士課程修了 修士(スポーツ健康科学)、同志社大学大学院総合政策科学研究科博士後期課程 中退、びわこ学院大学教育福祉学部スポーツ教育学科講師を経て、流通経済大学スポーツ健康科学部 大学院 スポーツ健康科学研究科 准教授を経て、現在、中央大学文学部 准教授 1994年、熊本高校卒業後、同志社大学に入学する。 1997年、同志社大学ラグビー部の主将に就任した。 1998年、同志社大学卒業後、ワールド(現・ワールドファイティングブル)に加入。 2003年、NECグリーンロケッツに加入。
直江 光信(なおえ みつのぶ、1975年4月21日 - )は… 直江 光信(なおえ みつのぶ、1975年4月21日 - )は、日本のスポーツライター、コラムニスト、ラグビー解説者。熊本県熊本市生まれ。 熊本高校でラグビーを始め、3年時には花園に出場。現役時代のポジションはCTB。 早稲田大学商学部に入学。なお大学時代はクラブチーム(GWラグビークラブ)でプレー。 現在はラグビーマガジンを中心にフリーライターとして活動。また、J SPORTSのラグビー中継などで解説者としても活動。2024年2月からラグビーマガジンの編集長に。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
野溝 美子(のみぞ みこ、1975年2月15日 - )は、日… 野溝 美子(のみぞ みこ、1975年2月15日 - )は、日本の元アナウンサー。熊本市東区出身。熊本放送(RKK)社員で、元同局アナウンサーである。 幼稚園生の頃からアナウンサーを志し、NHK総合の報道番組『ニュースセンター9時』を担当していた宮崎緑に憧れていた。父親の仕事の都合で、小学1年・2年を沖縄県、3・4年を福岡県で過ごした後、4年生の3学期に熊本市立健軍小学校に転入。 熊本市立東町中学校、熊本県立熊本高等学校、津田塾大学英文科卒業後、1997年にRKKに入社。同期のアナウンサーはは本田恭子。 当初はテレビ番組を中心に活動し、入社直後の1997年10月からは江越哲也が司会を務めた番組『ニュースな気分ビバ!』のサブ司会に起用される。
松村 圭一郎(まつむら けいいちろう、1975年〈昭和50年… 松村 圭一郎(まつむら けいいちろう、1975年〈昭和50年〉- )は、日本の文化人類学者、岡山大学准教授。 熊本県生まれ。熊本県立熊本高等学校、京都大学総合人間学部卒業。 2005年(平成17年)京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了、「土地所有と富の分配をめぐる人類学的研究 エチオピア西南部・コーヒー栽培農村の事例から」で博士(人間・環境学)の学位を取得。 2015年(平成27年)岡山大学大学院社会文化科学研究科・文学部准教授となる。 2018年(平成28年)『うしろめたさの人類学』で毎日出版文化賞特別賞受賞。専門は文化人類学。エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有や分配、貧困と開発援助、海外出稼ぎなどについて研究。
大島 唯司(おおしま ただとも、1974年9月27日 - )… 大島 唯司(おおしま ただとも、1974年9月27日 - )は、熊本県出身の陸上競技指導者。熊本県立熊本高等学校、亜細亜大学卒業。JR東日本ランニングチーム監督や亜細亜大学陸上競技部総監督を歴任。 熊本県立熊本高等学校卒業後は陸上競技の強豪・亜細亜大学に進学。入学後からマネージャーとして所属。 大学卒業後はコニカミノルタに入社。 2013年からは東京都立松が谷高等学校社会科教諭として教壇に立つ。同校では陸上部の監督も務め、都立高校を東京有数の強豪校に成長させた。 2018年からJR東日本ランニングチームの監督に就任。 JR東日本ランニングチームの監督を退任し、2025年4月1日付で母校の亜細亜大学陸上競技部の総監督に就任。
松嶋 和子(まつしま かずこ、1973年12月29日 - )… 松嶋 和子(まつしま かずこ、1973年12月29日 - )は、日本の政治家。熊本県阿蘇市長(1期)。 熊本県阿蘇市生まれ。熊本県立熊本高等学校を経て、早稲田大学法学部卒業。卒業後は合志市役所に勤務する。 2024年12月に合志市役所を退職した。同月3日に阿蘇市長選挙への立候補を表明した。選挙戦ではふるさと納税による財源確保や子育て支援、高齢者支援の拡充を訴えた。 2025年2月16日、阿蘇市長選挙6期目を目指した現職の佐藤義興を破って初当選。熊本県内では初の女性市長となった。 ※当日有権者数:20,177人 最終投票率:67.43%(前回比:-pts) 3月6日に6代目阿蘇市長に就任した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
日高 常博(ひだか つねひろ、1973年9月25日 - )は… 日高 常博(ひだか つねひろ、1973年9月25日 - )は、日本のプランナー、プロデューサー。元お笑い芸人。 映像・WEB・平面コンテンツ企画から、広告・新規事業企画立案・ローンチまでの各種業務に幅広く携わるマルチアカウントプランナー、プロデューサー。 流通・商業・金融・官公庁系スタートアッププロジェクトマネジメントに詳しい。 熊本県熊本市出身。熊本大学教育学部附属小学校、熊本大学教育学部附属中学校、熊本県立熊本高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。 大学時代はふかわりょうと同じQ組。寺尾研究会に所属。部活はつちのこ研究会のコアメンバー。 在籍中から、お笑い芸人の道を志すがTBSの居作昌果と出会い、テレビ番組の企画や制作を学ぶ一方で、業界初のテレビ番組初のホームページを立ち上げアンケート回収等も行い、またゲーム会社やレコード会社からWEB広告をとり、番組内で紹介して購入に結びつけるクロスメディアの先駆けを構築する。
村田 絵美(むらた えみ、1971年5月22日 - )は、元… 村田 絵美(むらた えみ、1971年5月22日 - )は、元NHKアナウンサー。熊本県出身。熊本県立熊本高等学校を経て慶應義塾大学卒業。
瀬戸熊 直樹(せとくま なおき、1970年8月27日 - )… 瀬戸熊 直樹(せとくま なおき、1970年8月27日 - )は、競技麻雀のプロ雀士。千葉県勝浦市出身、血液型O型、日本プロ麻雀連盟所属(現在、同団体内での段位は九段)。愛称は「卓上の暴君」。
石川 伸子(いしかわ のぶこ、1969年12月3日 - )は… 石川 伸子(いしかわ のぶこ、1969年12月3日 - )は、日本のフリーアナウンサー。元RKB毎日放送アナウンサー。
田中 秀喜(たなか ひでき、1969年2月17日 - )は、… 田中 秀喜(たなか ひでき、1969年2月17日 - )は、NHKのチーフアナウンサー。 熊本県菊池郡菊陽町出身。 熊本県立熊本高等学校を経て、一橋大学社会学部を卒業後、1992年(平成4年)に入局。 ※太字は、レギュラー番組 (※2014年4月 - 2015年3月→新井隆太 アナと2週間交替で出演,2015年4月 - 2016年3月→佐藤克樹 アナと2週間交替で出演)
池松 英浩(いけまつ ひでひろ、1968年10月 - )は、… 池松 英浩(いけまつ ひでひろ、1968年10月 - )は、日本の防衛官僚。 福岡県出身。父は、防衛大学校出身の自衛官。熊本県立熊本高等学校を経て、東京大学法学部卒業。ハーバード大学公共政策大学院(ケネディースクール)卒業(修士)。 行政官長期在外研究員と在豪日本国大使館参事官を務めた防衛省の国際派。
中島 ヒロト(なかじま ヒロト、本名:中島 広人〈なかじま … 中島 ヒロト(なかじま ヒロト、本名:中島 広人〈なかじま ひろと〉、1968年5月23日 - )は、日本のラジオDJ、パーソナリティ。熊本県熊本市出身。血液型A型。既婚、二男一女の父。 フリーであるが、キッスコーポレーションと業務提携をしている。また、番組やイベントの企画・構成を行うチーム、ユージュアル・クリエイツの代表を務める。 熊本市立西原中学校、熊本県立熊本高等学校卒業。熊本大学法学部中退。 1991年、地元熊本放送(RKKラジオ)の若者向け夜ワイド『燃えろ!サタデーナイト』でデビュー。また、熊本では番組やイベントのディレクター、CMナレーションもしていた。 1993年9月1日のCROSS FM開局後は、福岡に拠点を移す。
荘口 彰久(そうぐち あきひさ、1968年5月19日 - )… 荘口 彰久(そうぐち あきひさ、1968年5月19日 - )は、フリーアナウンサー。アミューズ所属。 熊本県熊本市出身。熊本県立熊本高等学校、1992年3月に早稲田大学法学部を卒業後、同年4月ニッポン放送に入社。同期は、現:CP局報道スポーツコンテンツセンタースポーツ部アナウンサーの山内宏明、元アナウンサーで、現相撲ジャーナリストの下角陽子、元アナウンサーの仲佐かおり、根岸紀子である。主に音楽番組やバラエティ番組を担当し、『伊集院光のOh!デカナイト』では、外回りリポーターを担当した。また、1995年からはニッポン放送では珍しいアニラジ番組を担当していた。 ニッポン放送の就職試験の最終面接時に荘口は、試験官から「どんなアナウンサーになりたいですか?」と問われ、フリー志望ではなかったのにもかかわらず、思わず「35歳でフリーになりたいと思ってます」と口を滑らせた。
本田 千穂(ほんだ ちほ、1967年11月6日 - )は、テ… 本田 千穂(ほんだ ちほ、1967年11月6日 - )は、テレビ熊本 (TKU) のアナウンサー。 熊本県熊本市出身。熊本県立熊本高等学校、長崎県立女子短期大学卒業。 テレビ長崎から福岡県内にある放送局の勤務を経て、2012年4月にテレビ熊本に入社。
武田 真一(たけた しんいち、1967年9月15日 - )は… 武田 真一(たけた しんいち、1967年9月15日 - )は、日本のフリーアナウンサー。NHKの元エグゼクティブ・アナウンサー。 男5人兄弟の長男として誕生。熊本市出身(父は阿蘇郡高森町出身)。熊本市立西原中学校、熊本県立熊本高等学校、筑波大学第一学群社会学類(現在:社会・国際学群社会学類)卒業。高校時代はバンド活動でオリジナル曲の作詞をするなどしており、NHKのプロフィールページにも「もしアナウンサーになっていなかったら…」の問いに「ロックンローラー、現実的にはコピーライター」と答えるほど。大学時代はバンドを組んで歌い、中学生時代からの大ファンだった佐野元春に入れ込んだ。大学時代の就職活動時に友人の誘いでNHKに応募し、当初はディレクター志望で応募したがアナウンサーとして採用された。
岩城 宏幸(いわき ひろゆき、1967年(昭和42年)7月1… 岩城 宏幸(いわき ひろゆき、1967年(昭和42年)7月15日 - )は、日本の運輸・国土交通官僚。 熊本県天水町(現・玉名市)出身。熊本県立熊本高等学校を経て、1991年(平成3年)に東京大学法学部を卒業。同年4月に運輸省入省、港湾局管理課配属。 ロンドン大学修士課程修了、観光庁総務課企画室長、北陸信越運輸局企画観光部長、国土交通省大臣官房参事官(物流産業)、総合政策局公共交通政策部参事官、総合政策局情報政策課長、港湾局総務課長、経済産業省商務・サービス担当審議官を歴任。 2022年1月5日、北海道運輸局長に就任。2月14日、JR北海道の島田修社長に対し、大雪による大規模運休の原因の検証と改善策を文書で報告するよう指示した。
井上 諭一(いのうえ ゆいち、1966年10月17日- )… 井上 諭一(いのうえ ゆいち、1966年10月17日- )は、日本の文部科学官僚。内閣府科学技術・イノベーション推進事務局統括官。 熊本県熊本市出身。熊本市立慶徳小学校、熊本県立熊本高等学校を経て、1990年 (平成2年)に九州大学工学部資源工学科を卒業後、九州大学大学院工学研究科資源工学専攻修士課程を中退し、1991年 (平成3年)、科学技術庁に入庁。 入庁後、科学技術庁科学技術振興局国際課課長補佐、文部科学省研究開発局開発企画課課長補佐、松田岩夫大臣秘書官事務取扱、外務省在ドイツ日本国大使館一等書記官、文部科学省研究振興局情報課計算科学技術推進室長、文部科学省研究開発局海洋地球課長、科学技術振興機構経営企画部長、文部科学省高等教育局学生・留学生課長、文部科学省大臣官房参事官などを歴任。
後藤 英友(ごとう ひでとも、1966年9月23日 - )は… 後藤 英友(ごとう ひでとも、1966年9月23日 - )は、日本の政治家。民主党所属の元衆議院議員(1期)。 熊本県熊本市出身。菊陽町立武蔵ヶ丘小学校、熊本大学教育学部附属中学校、熊本県立熊本高等学校、上智大学を経て東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了後、ハーバードビジネススクールに留学。電通に勤務する。 2003年、第43回衆議院議員総選挙に初めて立候補するが落選し、その後補欠選挙も含め落選。2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙において比例九州ブロックで復活し初当選した。自治労、連合から支援を受けていた。 しかし、選挙直後に後藤の出納責任者が選挙運動に日当を支払ったことが公職選挙法で禁じられている日当買収にあたるとして、出納責任者が起訴され、2010年7月29日に最高裁判所で懲役1年6ヶ月執行猶予5年の判決が確定。
蓮田 健(はすだ たけし、1966年6月18日 - ) は、… 蓮田 健(はすだ たけし、1966年6月18日 - ) は、日本の医師(産婦人科医)。 医療法人聖粒会慈恵病院の理事長兼院長。2021年12月、日本で初事例となる内密出産を受け入れた。 父は、親が育てられない赤ちゃんを匿名で預かる「こうのとりのゆりかご」を、国内で初めて設置した蓮田太二(1936-2020年)。祖父は、三島由紀夫を見出したといわれる国文学者の蓮田善明(1904-1945年)。 熊本県熊本市北区植木町生まれ。1972年、熊本大学教育学部附属小学校入学。熊本大学教育学部附属中学校を卒業後、熊本県立熊本高等学校入学。小学5年時より、空手道に強い関心を持ち、県内の新人戦では個人戦3位に入賞し、ヨーロッパ遠征に参加した。
田上 健一(たのうえ けんいち、1966年 - )は、日本の… 田上 健一(たのうえ けんいち、1966年 - )は、日本の建築家。九州大学芸術工学部環境設計学科教授。 1966年、熊本県生まれ。熊本高校、筑波大学、マンチェスター大学大学院修了。株式会社日本設計に入社。主にプロポーザルを担当。 琉球大学工学部環境建設工学科助手、九州大学大学院芸術工学研究院デザインストラテジー部門准教授を経て、現在環境デザイン部門教授。専門は建築計画・建築設計・都市地域デザイン。 博士(工学)(東京大学)、一級建築士、技術士建設部門(都市及び地方計画)。
前田 知巳(まえだ ともみ、1965年 - )は、日本のコピ… 前田 知巳(まえだ ともみ、1965年 - )は、日本のコピーライター、クリエイティブディレクター。 熊本県熊本市出身。熊本県立熊本高等学校を経て、1988年東京外国語大学外国語学部卒業、同年博報堂入社。 1999年、博報堂を退社し、2001年にフューチャーテクスト設立。 朝日広告賞最高賞、毎日広告デザイン賞最高賞、読売広告大賞読者大賞、TCC最高賞、ADC賞、JR東日本ポスターグランプリほか多数
藤末 健三(ふじすえ けんぞう、1964年2月18日 、ボク… 藤末 健三(ふじすえ けんぞう、1964年2月18日 、ボクシングリングネーム:アイアン・フジスエ)は、日本の政治家・研究者。自由民主党所属の元参議院議員(3期)。東京大学工学部助教授を経て、中国清華大学客員教授、カーネギーメロン大学サイラボ特任フェロー、早稲田大学未来イノベーション研究所客員上級研究員、早稲田大学研究院客員教授、東京理科大学大学院経営学研究科技術経営専攻上席特任教授。 民進党参議院政策審議会長、総務副大臣(野田第3次改造内閣)、参議院総務委員長を歴任。現在は、東京大学大学院情報学環・学際情報学府客員教授を経て、慶應義塾大学経済学部及びグローバルリサーチインスチチュート特任教授。
大島 一博(おおしま かずひろ、1964年〈昭和39年〉2月… 大島 一博(おおしま かずひろ、1964年〈昭和39年〉2月8日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 1964年(昭和39年)2月8日、熊本県下益城郡小川町(現・宇城市)で出生。熊本県立熊本高等学校を経て、1987年(昭和62年)3月、東京大学法学部を卒業。 1986年(昭和61年)10月に国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格。翌年4月、厚生省に入省し、厚生省大臣官房人事課に配属。 老健局計画課認知症対策推進室長、保険局総務課保険システム高度化推進室長、厚生労働省大臣官房総務課企画官、老健局介護保険計画課長、保険局保険課長、保険局総務課長などを歴任。この他、北九州市で保健福祉局障害福祉課長、保健福祉局生活福祉部長、年金資金運用基金で運用部運用管理課長、内閣府で参事官(社会システム担当)、大臣官房参事官、内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)付、内閣府特命担当大臣(「新しい公共」担当)付、地方創生推進室次長、大臣官房審議官(経済財政運営及び経済社会システム担当)、高度人材受入推進担当室長、内閣官房で内閣審議官(内閣官房副長官補付)、健康・医療戦略室次長、まち・ひと・しごと創生本部事務局次長、社会保障改革担当室審議官などを務めた。
平野 洋一郎(ひらの よういちろう、1963年8月25日 -… 平野 洋一郎(ひらの よういちろう、1963年8月25日 - )は、アステリア株式会社(東証プライム上場、旧:インフォテリア株式会社)代表取締役社長。XMLの将来性に着目し1998年に日本で最初のXML専業ソフトウェア開発会社を設立した。公職として、一般社団法人ブロックチェーン推進協会代表理事。MIJSコンソーシアム理事。京都大学経営管理大学院特命教授。元青山学院大学大学院客員教授。XML技術者育成推進委員会副会長など。
中島 英史(なかしま ひでふみ、1963年 - )は、日本の… 中島 英史(なかしま ひでふみ、1963年 - )は、日本の経済産業技官。独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構特命参与を経て、秋田県副知事を務めた。 熊本県熊本市出身。熊本県立熊本高等学校を経て、1987年九州大学工学部資源工学科卒業、通商産業省入省。1995年外務省在ブルガリア日本国大使館出向。1998年資源エネルギー庁長官官房鉱業課。2000年石油公団計画第二部調査役。2003年経済産業省経済産業政策局地方調整室長。2004年経済産業省中国経済産業局資源エネルギー環境部長。2006年独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構京都メカニズム事業推進部長。2008年独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構研究開発推進部長。
河野 哲也(こうの てつや、1963年 - )は日本の哲学者… 河野 哲也(こうの てつや、1963年 - )は日本の哲学者。立教大学文学部教育学科教授。専門は心の哲学、現象学、倫理学、応用倫理学(ビジネス倫理、科学技術倫理)、倫理教育)
大森 賢治(おおもり けんじ、1962年11月10日 - )… 大森 賢治(おおもり けんじ、1962年11月10日 - )は、日本の物理学者、化学者。自然科学研究機構分子科学研究所教授。熊本市出身。 光と物質の量子力学的な相互作用の観測と制御、およびその工学応用に関する研究を行っている。これまでに、分子の中の量子力学的な物質波が描く時空間模様をフェムト秒ピコメートルの精度でデザインし可視化することに成功している[1, 2]。またこの技術を応用して、1個の分子でスーパーコンピューターの1,000倍以上の速さで計算する分子コンピューターを開発した[3, 4]。さらに、絶対零度近くの極低温原子とアト秒精度の超高速コヒーレント制御を組み合わせるという全く新しい発想で、量子多体系の非平衡ダイナミクスを1ナノ秒でシミュレートする超高速量子シミュレータの開発に成功した[5]。
河津 秋敏(かわづ あきとし、1962年11月5日 - )は… 河津 秋敏(かわづ あきとし、1962年11月5日 - )は、日本のゲームクリエイター、ゲームプロデューサー。株式会社スクウェア・エニックス第一開発事業本部所属。 熊本県立熊本高等学校卒業、東京工業大学理学部在学中にソニーから内定通知を受け入社予定だったが、事情によりやむを得ず中退。のちの1986年、スクウェアのアルバイト採用試験に応募した際、前日に採用が締め切られていたことを告げられるも、結果として採用される。入社直後、マスターアップ間際の『ハイウェイスター』のデータ作成を手伝う。社員となり『ファイナルファンタジー』、『ファイナルファンタジーII』の開発に携わったのち、当時の社長宮本雅史から新発売の携帯ゲーム機ゲームボーイのソフト開発を任される。
本田 桂子(ほんだ けいこ、1962年9月27日 - )は、… 本田 桂子(ほんだ けいこ、1962年9月27日 - )は、日本出身の経営コンサルタント。アジア部門では女性初となるマッキンゼー・アンド・カンパニーのシニア・パートナーを経て、世界銀行グループ上級副総裁兼多数国間投資保証機関長官兼CEO。退任後、コロンビア大学客員教授、東京大学運営方針会議議長、早稲田大学教授、AGC取締役、三菱UFJフィナンシャル・グループ取締役などに就任。 熊本県熊本市出身。熊本市立黒髪小学校、熊本市立若葉小学校、熊本市立東野中学校、熊本県立熊本高等学校を経て、1984年お茶の水女子大学家政学部家庭経営学科卒業、ベイン・アンド・カンパニー入社。 1986年にシェアソン・リーマン・ブラザーズ証券入社後、フルブライト奨学生として、1989年にペンシルベニア大学ウォートン・スクール修士課程を修了し、MBAの学位を取得。
藤川 幸之助(ふじかわ こうのすけ、1962年4月8日 - … 藤川 幸之助(ふじかわ こうのすけ、1962年4月8日 - )は、日本の詩人、児童文学作家、写真家、講演家である。日本児童文学者協会会員。 熊本県湯前町に生まれる。熊本県立熊本高等学校、長崎大学大学院教育学研究科修了。学生の頃、谷川俊太郎の詩集『日々の地図』(集英社、1982年)に感銘を受け、詩作を始める。長崎県の小学校教員として生計を立てながら、ひたすら詩を書く日々を送る。 26歳の時、母親がアルツハイマー型認知症になる。父の死後、その遺言により母の介護を本格的に始めることに。24年間に及ぶ介護体験をもとに、命や認知症を題材にした作品を発表し、認知症への理解を深めるため全国各地で講演活動を行なっている。
安東 郁(あんどう かおる、1961年11月21日 - )は… 安東 郁(あんどう かおる、1961年11月21日 - )は、日本の文筆家。大分県別府市出身。
後藤 雅宏(ごとう まさひろ、1961年8月10日 - ) … 後藤 雅宏(ごとう まさひろ、1961年8月10日 - ) は、日本の化学工学者。九州大学大学院工学研究院主幹教授、日本膜学会会長。元日本溶媒抽出学会会長。 1980年熊本県立熊本高等学校卒業。1984年九州大学工学部合成化学科卒業。1986年九州大学大学院工学研究科合成化学専攻修士課程修了。1989年九州大学大学院工学研究科合成化学専攻博士課程修了、工学博士、日本学術振興会特別研究員。1990年九州大学工学部合成化学科助教授。1994年マサチューセッツ工科大学留学。2000年化学工学会九州支部若手エンジニア連絡会会長。2001年九州大学大学院工学研究院応用化学部門教授、科学技術振興機構さきがけ21研究者。
三池 敏夫(、1961年〈昭和36年〉5月26日 - )は、… 三池 敏夫(、1961年〈昭和36年〉5月26日 - )は、日本の特撮美術デザイナー、特技監督。アニメ特撮アーカイブ機構理事。日本映画・テレビ美術監督協会会員。特撮研究所所属。熊本県出身。 大学在学中の1983年(昭和58年)に、特撮業界を志し上京。東映プロデューサーの平山亨や特撮研究所の矢島信男らと面会する。 1984年(昭和59年)、九州大学工学部卒業。同年、特撮研究所に入社し、特殊美術助手となる。 1987年(昭和62年)、特撮テレビドラマ『超人機メタルダー』でデザイナーに昇格する。 1989年(平成元年)、東宝制作の映画『ガンヘッド』に参加するため特撮研究所を退社し、フリーランスとなる。