スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
川合 カイト(かわい カイト、1999年7月29日 - )は… 川合 カイト(かわい カイト、1999年7月29日 - )は、元ラグビーユニオン選手。 東京都出身。父の川合レオは元日本代表。16歳からラグビーを始めた。 2018年、小山台高校卒業後、筑波大学に入る。 2022年、三重ホンダヒートに加入。 2023年3月12日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第8節江東ブルーシャークス戦にて途中出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。 2025年5月31日、三重ホンダヒート退団を発表。後日、引退を発表した。
三枝 千晃(さえぐさ ちあき、1997年3月21日 - )は… 三枝 千晃(さえぐさ ちあき、1997年3月21日 - )は、日本の女子ラグビーユニオン選手。 都立小山台高校・文教大学・ARUKAS QUEEN KUMAGAYAを経て、北海道バーバリアンズディアナに加入。 2022年、ラグビーワールドカップセブンズ2022の7人制女子日本代表に選ばれた。 2024年、パリ2024五輪の7人制女子日本代表内定選手に選ばれた。
米澤 太郎(よねざわ たろう、1997年2月12日 - )は… 米澤 太郎(よねざわ たろう、1997年2月12日 - )は、NHKアナウンサー。 東京都出身。東京都立小山台高等学校、早稲田大学法学部卒業後、2019年入局。熊本放送局でデビュー。 高校生の頃、野球部員として第86回選抜高等学校野球大会に出場した(結果は初戦敗退)。 ☆印は現在出演(担当)中。
伊藤 優輔(いとう ゆうすけ、1997年1月14日 - )は… 伊藤 優輔(いとう ゆうすけ、1997年1月14日 - )は、東京都荒川区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 荒川区立尾久八幡中学校では軟式野球チームの荒川ウェーブに所属し、3年夏に関東4強。 都立小山台高校では1年からエースナンバーを背負い、2年秋の都大会では堀越、早実、日大豊山を撃破するなどの活躍で8強進出。3年春には21世紀枠で第86回選抜高等学校野球大会に出場。1回戦で中山翔太ら擁する履正社と対戦し先発するも、8イニング11失点を喫し初戦敗退。3年夏の東東京都大会も準々決勝まで進むが、清水昇や郡拓也擁する帝京高校に敗れた。 中央大学では1年春から登板し、通算39試合登板、8勝13敗、防御率4.34。
松下 倫士(まつした ともひと 1984年- )は、高知県生… 松下 倫士(まつした ともひと 1984年- )は、高知県生まれの作曲家、ピアニスト。東京音楽大学、洗足学園音楽大学非常勤講師。 東京都立小山台高等学校、東京芸術大学音楽学部作曲科を経て、2009年に同大学院修士課程作曲専攻を修了。卒業時に藝大同声会賞を受賞。2014年、東京音楽大学大学院修士課程伴奏科修了。 1995年、第37回全四国音楽コンクールピアノ部門最優秀賞。第3回弥生の里ジュニア音楽コンクールピアノ部門第2位、併せて春日市教育長賞を受賞したほか、2007年「現代日本のオーケストラ音楽 第31回演奏会」では、故・小松一彦指揮の東京フィルハーモニー交響楽団により「交響的変容<トロンプルイユ>」が初演され、日本交響楽振興財団の第29回作曲賞を受賞。
古田 憲充(ふるた のりみつ、1983年 - )は、経営品質… 古田 憲充(ふるた のりみつ、1983年 - )は、経営品質協議会の認定セルフアセッサー。東京都大田区出身。経営学修士(中央大学)。 東京都立小山台高校卒業(硬式野球班)。 早稲田大学人間科学部人間情報科学科入学、第二文学部表現・芸術系専修卒業(鴻上尚史ゼミ)。 中央大学専門職大学院国際会計研究科修了(MBA in International Accounting)。 東京都立大学経済経営学部研究生(2022年-2023年) 2007年4月、株式会社IMJ(現 アクセンチュア株式会社)に新卒入社。 2013年10月、公益財団法人日本生産性本部に入職。経営アカデミー(経営大学院)での7年間の勤務等を経て、2023年4月より現職。
山崎 バニラ(やまざき - 、本名(旧姓):山崎 雅美(やま… 山崎 バニラ(やまざき - 、本名(旧姓):山崎 雅美(やまざき まさみ)、1978年〈昭和53年〉1月15日 - )は、日本の活動弁士、声優。白石市観光大使。 宮城県白石市生まれ、東京都大田区育ち 。父は工学者で慶應義塾大学名誉教授の山崎信寿、母はピアノ教師。東京都立小山台高等学校、清泉女子大学文学部スペイン語スペイン文学科卒業。4歳からピアノとモダンバレエ、絵画を習い始める。 大学在学中は早稲田大学ミュージカル研究会に参加。その頃、自主映画に多数参加。大学卒業後はダンサーや舞台俳優、声優として活動を始める。2000年、『東京キネマ倶楽部』開店時の活動弁士のオーディションに合格して活動弁士となる。
金澤 利夫(かなざわ としお、1967年3月3日 - )は、… 金澤 利夫(かなざわ としお、1967年3月3日 - )は、NHKのシニアアナウンサー、ラジオプロデューサー。 東京都立小山台高等学校を経て早稲田大学を卒業後、1991年入局。 広島放送局時代(2度目)には、2015年6月より岸慎治の後任として、3年間放送部アナウンス専任部長を務めた。
鎌田 和彦(かまた かずひこ、1965年11月8日 - )は… 鎌田 和彦(かまた かずひこ、1965年11月8日 - )は、日本の実業家、プロ経営者。株式会社オープンハウスグループ代表取締役副社長。 過去には、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア)の創業者メンバーとして20年間、経営に関与(1999年~2008年まで代表取締役社長)してきた。 神奈川県小田原市生まれ。小田原市立城内小学校(現・小田原市立三の丸小学校)、港区立港中学校(現・港区立三田中学校)、東京都立小山台高等学校を経て、1988年(平成元年)3月、慶應義塾大学文学部人間関係学科卒業。在学中は学生ベンチャー企業に参加した。慶大の文学部を選んだ理由は社会学者になって大学教授の道を目指そうと思っていたから。
宮津 大輔(みやつ だいすけ、1963年12月10日 - )… 宮津 大輔(みやつ だいすけ、1963年12月10日 - )は、日本のアート・コレクター (Art Basel Global Patrons Council メンバー)、第三代横浜美術大学 学長(2020 - 22年)、同大学教授(2017年 - )、京都造形芸術大学 客員教授(2014 - 18年)、森美術館 理事、美術評論家である。 東京都大田区出身。最終学歴は、東京藝術大学大学院 国際芸術創造研究科 アートプロデュース専攻 後期博士課程修了、博士(学術)。 東京都立小山台高等学校卒業。明治学院大学経済学部商学科において、『失敗の本質:日本軍の組織論的研究』の共著者である寺本義也ゼミで学び、卒業論文は「情報化社会における企業の戦略」を執筆。
広瀬 えり子(ひろせ えりこ、1963年5月22日 - )は… 広瀬 えり子(ひろせ えりこ、1963年5月22日 - )は、日本の女優、モデル。東京都品川区小山出身。血液型はO型。二人姉妹の次女。 コマーシャルは「ドモホルンリンクル」のドラマ編など。 1999年11月に結婚。2000年出産。
朝岡 聡(あさおか さとし、1959年10月26日 - )は… 朝岡 聡(あさおか さとし、1959年10月26日 - )は、日本のフリーアナウンサー、元テレビ朝日アナウンサー。オフィスモーニング所属。 東京藝術大学客員教授。日本ロッシーニ協会副会長。 神奈川県横浜市出身。東京都立小山台高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、1982年テレビ朝日に入社(同期は森下桂吉アナ)。入社後は報道・スポーツで活躍した。『ニュースステーション』の初代スポーツキャスターでもあった。また1987年〜1989年放送『ニュースシャトル』でも星野知子のアシスタントキャスターを務める。スポーツキャスターだったが運動は苦手だった(本人談)。ニュースステーション担当時には久米宏の長期休暇中代理を務めるなど後継と目されたこともある。
塩澤 賢一(しおざわ けんいち、1958年9月19日 - )… 塩澤 賢一(しおざわ けんいち、1958年9月19日 - )は、日本の経営者。アサヒビール会長を務めている。 東京都大田区出身。大田区立出雲中学校、東京都立小山台高等学校を経て、1981年に慶應義塾大学商学部を卒業し、同年にアサヒビールに入社。取締役、常務を経て、2017年にアサヒグループ食品副社長に就任。2019年3月から社長に就任した。2023年3月から取締役会長。
白石 史子(しらいし あやこ、1958年8月17日 - )は… 白石 史子(しらいし あやこ、1958年8月17日 - )は、日本の裁判官。 東京都立小山台高等学校を経て、1982年東京大学法学部卒業後、司法修習生36期。
村山 浩昭(むらやま ひろあき、1956年12月21日 - … 村山 浩昭(むらやま ひろあき、1956年12月21日 - )は、日本の弁護士、元裁判官。2017年(平成29年)9月30日より大阪高等裁判所部総括判事を務めていた。2021年(令和3年)12月21日に定年退官。 裁判官としては、2014年(平成26年)に静岡地方裁判所の裁判長として、袴田事件で死刑が確定していた袴田巌について、彼の犯行の裏付けとされていた物証は捏造された可能性が高いと指摘し、再審開始と釈放の決定を出したことなどで知られる(後述)。
米良 治彦(めら はるひこ、1956年7月23日 - )は、… 米良 治彦(めら はるひこ、1956年7月23日 - )は、日本のギタリスト、シンガーソングライター。神奈川県川崎市出身。横浜市在住。 血液型O型。ミュージシャンとしての活動時には、JERRY MERA(ジェリー・メラ)の名義で主に活動する。 母方の生家、宮崎県で出生。父親の仕事の関係上、転勤が多かった為、幼少期を大阪府吹田市、宮崎市、東京都で過ごしながら、5歳でクラシックギターを覚え、8歳の時に初めてエレクトリック・ギターに触れる。10歳の時に初めてジミ・ヘンドリックスの楽曲を聴いて、ロックミュージックに目覚める事となり、それに伴って自分自身で作詞・作曲を開始する。 14歳の時、自身の組んでいたバンドでとあるコンテストに出場した際に渋谷ジァン・ジァン当時の事務所からのスカウトがきっかけで、渋谷ジァン・ジァンや新宿ルイードなどのライブハウスへの出演が増える事となった。
牛尾 淳(うしお じゅん、1955年10月2日 - )は、ラ… 牛尾 淳(うしお じゅん、1955年10月2日 - )は、ラジオ関西出身のフリーアナウンサー。 島根県出身。東京都立小山台高等学校、東京都立大学法学部卒業後、金融機関へ入社。1980年にラジオ関西へ転職(入社)。 長嶋茂雄に憧れ、高校生時代には野球部に所属し投手、大学進学後は内野手でそれぞれプレーしていた。最初は野球関係の職に就きたいと思っていたが、担任教師からその声質を生かすようにという勧めもあってスポーツアナウンサーを志すようになる。 ラジオ関西では入社一年目に全国高等学校野球選手権兵庫大会の実況を担当するなど、主にスポーツ中継や音楽番組を担当した。なお、カラオケ好きで演歌の知識が豊富なことから、自らの音楽番組で流す曲は演歌が中心である。
海老根 靖典(えびね やすのり、1955年(昭和30年)8月… 海老根 靖典(えびね やすのり、1955年(昭和30年)8月17日 - )は、日本の政治家。元神奈川県藤沢市長(1期)、元藤沢市議会議員(4期)。 北海道生まれ。検察官である父親の転勤に伴い、各地を転居していたが、最終的に湘南、藤沢を気に入り定住することになった。 東京都立小山台高等学校を経て、横浜国立大学経営学部を卒業後、松下政経塾(第2期生)に入塾。 山本捷雄が市議から転じて市長選に出馬する際に「自分は市長に挑戦するから君も市議会議員に挑戦しないか」と誘われ、1991年に初当選(なお、山本は1992年の市長選では当時現職だった葉山峻に敗北。山本の市長就任は葉山の国会転出後の1996年である)。
淵田 敬三(ふちた けいぞう、1954年11月18日 - )… 淵田 敬三(ふちた けいぞう、1954年11月18日 - )は、日本の実業家。浦和レッドダイヤモンズ取締役社長付。 神奈川県横浜市出身。東京都立小山台高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。高校時代はサッカー部に所属。 1978年三菱自動車工業株式会社入社。米国子会社副社長、関東三菱自動車販売株式会社社長を経て、2014年浦和レッドダイヤモンズ社長に就任。2019年に退任し、取締役社長付に就任。
大久保 孝治(おおくぼ たかじ、1954年(昭和29年)4月… 大久保 孝治(おおくぼ たかじ、1954年(昭和29年)4月11日- )は、日本の社会学者。早稲田大学文化構想学部教授、2025年定年退任し、早稲田大学名誉教授。専門は、ライフストーリー研究・清水幾太郎研究。ライフコース論、日常生活論、社交論の研究家。 東京都大田区蒲田出身。東京都立小山台高等学校卒業。早稲田大学第一文学部人文専修卒業。早稲田大学大学院文学研究科修士・博士課程(社会学専攻)を経て、早稲田大学助手、放送大学助教授、早稲田大学助教授から、早稲田大学文化構想学部教授、同名誉教授。 以下の大学の非常勤講師を歴任。東洋大学、文教大学、流通経済大学、武蔵大学、聖心女子大学、慶応義塾大学、お茶の水女子大学。
内田 貴(うちだ たかし、1954年2月23日 - )は、日… 内田 貴(うちだ たかし、1954年2月23日 - )は、日本の法学者。学位は、法学博士(東京大学・論文博士・1986年)。東京大学名誉教授。早稲田大学特命教授。法務省経済関係民刑基本法整備推進本部参与、民法(債権法)改正検討委員会事務局長。公益財団法人日本交通公社理事(非常勤)。星野英一門下。弟子に新堂明子、吉川吉樹、瀧本哲史など。 大阪府出身。民法、英米法を研究対象とし、特に契約法、電子取引法の分野において有名である。『民法I~IV』(東京大学出版会)は従来の体系書の形式ではなく、教科書として執筆されており前から順に読んでいけば民法が理解できるように工夫したとのことである。同じ東大教授であった平井宜雄と論争を繰り広げ平井・内田論争とよばれた。
内田 篤呉(うちだ とくご、1952年 - )は、日本の美術… 内田 篤呉(うちだ とくご、1952年 - )は、日本の美術史家。美学博士。MOA美術館・箱根美術館館長。 東京都生まれ(1952)。慶應義塾大学商学部卒業(1976)。専門は日本工芸史。「光悦光琳蒔絵の特質とその系譜」で慶應義塾大学より博士(美学)の学位を取得(2007)。東京藝術大学(2007)、武蔵野美術大学(2007~2012)、スペインのラ・マンチャ大学招聘講師(2007)、お茶の水女子大学大学院(2008~2010)、慶應義塾大学(2010~2013)、九州大学客員教授(2011~2013)、沖縄県立芸術大学非常勤講師(2013~2022)を務める。公益社団法人日本工芸会常任理事、文部科学省文化審議会(2010~2019)、世界文化遺産・無形文化遺産委員(2013~2019)、静岡県文化審議会委員(2016~)、経済産業省産業構造審議会(2017~2024)、東京都大田区特別文化アドバイザー(2025~)、東京国立近代美術館評議員(2018~)などの各種委員を歴任。
玉木 久夫(たまき ひさお、1952年 - )は、日本のコン… 玉木 久夫(たまき ひさお、1952年 - )は、日本のコンピュータ科学者。Ph.D.(トロント大学、コンピューター・サイエンス)。明治大学理工学部情報科学科教授。専攻は計算理論など。 東京都出身。都立小山台高校を経て、1975年東京大学理学部物理学科卒業。1977年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。茨城大学工学部情報工学科助手、同講師。1993年トロント大学大学院計算機科学科博士課程修了。トーマス・J・ワトソン研究所、IBM東京基礎研究所在籍の後、1997年より現職。
田代 久雄(たしろ ひさお、1951年11月21日 - )は… 田代 久雄(たしろ ひさお、1951年11月21日 - )は、日本の舞台俳優である。 東京都出身。都立小山台高校卒業(押井守と同期生)。劇団四季に所属し、「ヴェローナの恋人たち」でデビュー。「ジーザス・クライスト・スーパースター」のユダ役をはじめ、ミュージカルを中心に多くの舞台を踏み、退団後も様々な分野で活躍。
楠本 史郎(くすもと しろう、1951年11月9日 - )は… 楠本 史郎(くすもと しろう、1951年11月9日 - )は、日本の牧師、キリスト教神学者である。 東京都大田区出身。都立小山台高校を経て、1975年に東北大学経済学部卒業、1979年に東京神学大学大学院博士課程前期修了。日本基督教団輪島教会、若草教会各牧師、若草幼稚園園長、日本基督教団中部教区総会議長等を歴任し、2008年より北陸学院大学学院長・教授。
押井 守(おしい まもる、1951年8月8日 - )は、日本… 押井 守(おしい まもる、1951年8月8日 - )は、日本の映画監督、アニメーション演出家、小説家、脚本家、漫画原作者、劇作家、ゲームクリエイター。東京大学大学院特任教授、東京経済大学客員教授などとしても活動している。2021年時点は静岡県熱海市在住。 東京都大田区大森出身。東京都立小山台高等学校、東京学芸大学教育学部美術教育学科卒。静岡県熱海市在住。2008年度から2009年度まで東京経済大学コミュニケーション学部の客員教授を務めた。 2017年時点で日本SF作家クラブ会員だったが、2024年6月時点の会員名簿には名前がない。 日本のアニメーション監督で、世界三大映画祭すべてに出品したことがある唯一の監督である(2018年現在)。
平川 克美(ひらかわ かつみ、1950年7月19日 - )は… 平川 克美(ひらかわ かつみ、1950年7月19日 - )は、日本の実業家、文筆家。 東京都大田区に生まれ育つ。東京都立小山台高等学校を経て、1975年に早稲田大学理工学部機械工学科を卒業。1977年、渋谷区道玄坂に翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを内田樹とともに設立、代表取締役となる。 2001年5月、株式会社リナックスカフェを設立し代表取締役に就任。株式会社ラジオカフェ代表取締役。2011年4月、立教大学特任教授。2014年3月、隣町珈琲店主。2016年4月、立教大学客員教授、早稲田大学講師。 著書に『経済成長という病』(2009年)、『移行期的混乱』(2010年)、『言葉が鍛えられる場所』(2016年)など。
高坂 真琴(こうさか まこと、1950年3月22日 - )は… 高坂 真琴(こうさか まこと、1950年3月22日 - )は、日本の女性声優。大阪府出身。東京俳優生活協同組合所属。 東京都立小山台高等学校卒業。1968年、劇団青い実の会に所属し、ユニオンプロを経て、1974年から東京俳優生活協同組合に所属。 2020年に第14回声優アワード功労賞を受賞。 声種はメゾソプラノ、アルト。方言は大阪弁。 テレビ番組、アニメで活躍している。 趣味・スポーツはテニス。 免許・資格は普通自動車。 太字はメインキャラクター。
関根 康正 (せきね やすまさ、1949年9月 - )は、日… 関根 康正 (せきね やすまさ、1949年9月 - )は、日本の文化人類学者。元関西学院大学社会学部教授、京都精華大学客員教授。東京工業大学、同大大学院で土木工学を専攻後、チベット・ネパール研究やKJ法で知られる川喜田二郎と新アニミズム論を唱える岩田慶治の影響で、文化人類学へ転向。 1949年、群馬県生まれ。1968年、東京都立小山台高等学校卒業。1973年、東京工業大学工学部土木工学科卒業。1975年、東京工業大学大学院理工学研究科修士課程(地域計画専攻)を修了。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)大学院(人類学・社会学専攻)に留学し、1984年に修士課程、1993年に博士課程をそれぞれ修了。
岩佐 鉄男(いわさ てつお、1949年6月18日 - 201… 岩佐 鉄男(いわさ てつお、1949年6月18日 - 2017年7月4日)は、日本の芸術学者、東京大学名誉教授。 東京都生まれ。東京都立小山台高等学校卒、1974年東京大学教養学部フランス科卒、1977年同大学院比較文学比較文化修士課程修了、1981年多摩美術大学助手、同大講師、電気通信大学助教授を経て、1988年東京大学教養学部助教授、1993年教授、総合文化研究科教授。2015年定年退任、名誉教授。 大学院生時代、マルセル・デュシャンの『大ガラス』の東京大学バージョンの製作に参加。 生家は製本業の岩佐製本所。
指田 文夫(さしだ ふみお、1948年3月 - )は、日本の… 指田 文夫(さしだ ふみお、1948年3月 - )は、日本の大衆文化評論家、著作家。2012年に退職するまで、横浜市役所職員であったが、在職中の1980年代から、評論、執筆活動をおこなっていた。 1948年3月、東京都大田区池上に生まれ、5人きょうだいの末子として、池上本門寺の近くで育った。父親は、小学校の校長をしていたが、文夫がまだ小学生だった1958年に現職のまま病死し、以降は、母親のもとで、叔父の支援を受けながら大学まで進んだ。 東京都立小山台高等学校から1966年に早稲田大学に進み、劇団演劇研究会に参加した。留年を経験して、1972年に早稲田大学教育学部英語英文科を卒業し、横浜市役所に入職した。
笠間 治雄(かさま はるお、1948年1月2日 - )は、日… 笠間 治雄(かさま はるお、1948年1月2日 - )は、日本の法曹家。元検察官、弁護士。第44代検事総長。最高検察庁刑事部長、次長検事、広島高等検察庁検事長、東京高等検察庁検事長などを歴任。 愛知県出身。中央大学法学部卒業後、1974年に検事任官。大学では法友会に所属。 1996年5月10日、東京地検特捜部副部長(財政経済担当)時代には、石川達紘の指示の下、泉井事件の捜査は東京国税局査察部長 鳥羽衛 - 笠間治雄のラインで動き出していくこととなった。その後、1999年9月 東京地検特捜部長に就任した。 東京地検特捜部長時代にはKSD事件などの捜査指揮を執っている。その後、甲府地方検察庁検事正を経て、東京地検次席検事から同高検次席検事に。
浅古 弘(あさこ ひろし、1947年11月19日 - )は、… 浅古 弘(あさこ ひろし、1947年11月19日 - )は、日本の法学者(日本法史・日本法制史)。早稲田大学名誉教授(早稲田大学法学学術院)。 1947年東京都品川区生まれ。1966年東京都立小山台高等学校卒業。1971年早稲田大学法学部卒業。1978年早稲田大学大学院法学研究科博士課程中退。 その後、早稲田大学・明治大学・立教大学の兼任講師や国立国会図書館立法考査局調査員、1990年東京法律専門学校嘱託講師などを経て、1992年早稲田大学法学部講師、1994年早稲田大学法学部助教授、1995-1998年ハーバード・ロー・スクール(en:Harvard Law School)EALS(東アジア法研究所)客員研究員、1999年早稲田大学法学部教授、2001年早稲田大学東アジア法研究所長。
矢村 宏(やむら ひろし、1947年10月27日 - )は… 矢村 宏(やむら ひろし、1947年10月27日 - )は、日本の刑事法学者。元裁判官。2009年(平成21年)3月25日より東京高等裁判所部総括判事(第1刑事部)を務め、2012年(平成24年)10月27日に定年退官。退官後に北海学園大学法科大学院教授に就任。埼玉県生まれ。東京都育ち。 裁判官としては2009年(平成21年)6月、足利事件の再審請求即時抗告審において、東京高等裁判所の裁判長として再鑑定結果の信用性を認めた上で当時の自白の信用性を否定し、再審開始決定を出したことなどで知られる(後述)。 東京都立小山台高等学校、東京大学法学部卒業後は1972年(昭和47年)4月に第26期司法修習生、1974年(昭和49年)4月12日に東京地方裁判所判事補任官。
和田 郁夫(わだ いくお、1947年 - )は、元日本放送協… 和田 郁夫(わだ いくお、1947年 - )は、元日本放送協会(NHK)総合企画室担当局長。
菅 直人(かん なおと、1946年〈昭和21年〉10月10日… 菅 直人(かん なおと、1946年〈昭和21年〉10月10日 - )は、日本の元政治家・弁理士(登録番号:07558)。勲等は桐花大綬章。 衆議院議員(14期)、厚生大臣(第79代)、副総理(鳩山由紀夫内閣)、財務大臣(第13代)、国家戦略担当大臣、内閣府特命担当大臣(科学技術政策、経済財政政策)、内閣総理大臣(第94代)、旧民主党代表、民主党代表(初代・3代・8代)、民主党政策調査会長、民主党幹事長、民主党代表代行、旧立憲民主党最高顧問、立憲民主党最高顧問を歴任した。中選挙区制時代の選挙区は、旧東京7区。小選挙区比例代表並立制導入後は東京18区及び比例東京ブロック。 1946年10月10日、岡山県出身の父・菅寿雄の勤務先である山口県宇部市に長男として生まれる。
宗岡 正二(むねおか しょうじ、1946年5月3日 - )は… 宗岡 正二(むねおか しょうじ、1946年5月3日 - )は、日本の実業家。新日鐵住金代表取締役会長や、全日本柔道連盟第4代会長を務めた。 山口県下関市出身。東京大学農学部農業経済学科卒業。東京都立小山台高等学校において、中西宏明(日立製作所会長、経団連会長)の1年後輩であった。 新日鐵住金の前身である新日本製鐵に第1期生として新卒入社。2008年4月、三村明夫(のちの会長、相談役)より社長職を引き継ぐ。2012年10月より住友金属工業との合併に伴い創立した統合会社の新日鐵住金の代表取締役会長兼CEOに就任した。2014年4月、同社代表取締役会長専任となった。2009年1億7060万円の役員報酬を、2013年1億600万円の役員報酬を受けた。
中西 宏明(なかにし ひろあき、1946年〈昭和21年〉3月… 中西 宏明(なかにし ひろあき、1946年〈昭和21年〉3月14日 - 2021年〈令和3年〉6月27日)は、日本の実業家。位階は正三位。勲等は旭日大綬章。 一般社団法人日本経済団体連合会会長(第5代)、株式会社日立製作所相談役(取締役会長兼執行役、代表執行役兼執行役社長兼取締役、代表執行役兼執行役会長兼CEO兼取締役)、日本赤十字社副社長、一般社団法人中東協力センター会長、公益財団法人奈良先端科学技術大学院大学支援財団理事、一般社団法人2025年日本国際博覧会協会会長、株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ会長、株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ最高経営責任者、株式会社日立製作所副社長、株式会社日立製作所社長、一般社団法人日本電機工業会会長などを歴任した。
宮川 泰夫(みやかわ やすお、1945年〈昭和20年〉4月1… 宮川 泰夫(みやかわ やすお、1945年〈昭和20年〉4月14日 - )は、日本のフリーアナウンサー。元NHKエグゼグティブアナウンサー。 太平洋戦争中に家族の疎開先の新潟県柏崎市で生まれ、終戦後に家族とともに東京都大田区へ転居した。東京都立小山台高等学校を経て、東京大学文学部を卒業後、1968年にNHKに入局。長崎放送局を皮切りに、帯広、福島、仙台の各局に所属した。 東京アナウンス室に異動後は『NHKおはようサンデー』や『NHKモーニングワイド』のキャスターを務め、1993年に『NHKのど自慢』の司会に就任する。1994年には『第45回NHK紅白歌合戦』で総合司会を担当した。『NHKのど自慢』司会在任中に海外大会が行われた影響で、やがて国際的に親しまれるアナウンサーともなった。
原田 義昭(はらだ よしあき、1944年〈昭和19年〉10月… 原田 義昭(はらだ よしあき、1944年〈昭和19年〉10月1日 - )は、日本の政治家、通産官僚、弁護士、実業家。船井電機代表取締役会長。日韓トンネル実現九州連絡協議会会長代行、原田国際法律事務所代表。 環境大臣(第26代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災)(第4次安倍第1次改造内閣)、文部科学副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、厚生政務次官(第2次橋本改造内閣)、衆議院議員(8期)、衆議院消費者問題に関する特別委員長・財務金融委員長・外務委員長、自由民主党総務会長代理・国際情報検討委員長・外交経済連携本部幹事長・競争政策調査会長・衆議院議員総会副会長・道州制推進本部長・人事委員長・筆頭副幹事長・福岡県支部連合会長・総務会副会長、中小企業庁参事官、通商産業大臣秘書官、関東通産局総務課長を歴任した。
向山 洋一(むこうやま よういち、1943年9月15日 - … 向山 洋一(むこうやま よういち、1943年9月15日 - )は、日本の教育者。「モンスターペアレント」という言葉を造語した。 1943年9月、東京都品川区に生まれる。 1959年に東京都立小山台高等学校に入学、1年生の秋に生徒会長に選出される。1964年に東京学芸大学初等教育学部に進学。 1968年、新卒で東京都大田区立大森第四小学校教諭に赴任。以後、1975年に大田区立調布大塚小学校、1986年に大田区立雪谷小学校、1995年に大田区立池雪小学校、1999年に大田区立多摩川小学校に赴任、2000年に教諭を退職。 1979年、最初の著書『斎藤喜博を追って: 向山教室の授業実践記』(昌平社)を出版。
松川 隆志(まつかわ たかし、1943年(昭和18年)6月7… 松川 隆志(まつかわ たかし、1943年(昭和18年)6月7日 - )は、日本の官僚。北海道開発事務次官、日本政策投資銀行副総裁、日本酒類販売社長などを務めた。血液型はB型。 都立小山台高校を経て、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業後、1966年 大蔵省に入省。入省同期に、中山成彬、武藤敏郎、中島義雄、宗田勝博(関東財務局長)、剣持宣揚、藤井誠人など。大臣官房審議官、国税庁次長等を経て、1995年(平成7年)に北海道開発庁総務監理官に転じ、1997年(平成9年)に北海道開発事務次官に就任。 1998年(平成10年)に退官後は、自動車保険料率算定会副理事長、日本政策投資銀行副総裁を経て、2003年(平成15年)6月日本酒類販売に入社、副社長に就任。
木下 英夫(きのした ひでお、1942年5月10日 - 20… 木下 英夫(きのした ひでお、1942年5月10日 - 2002年12月1日)は、日本の哲学者・倫理学者。 東京葛飾区柴又生まれ。1958年東京都立小山台高等学校入学。1963年東京大学教養学部文科III類入学。1967年東京大学大学院修士課程(倫理学専攻)入学。1970年名古屋大学大学院博士課程(哲学専攻)入学。1978年より横浜国立大学教育学部講師となり、後に教授となる。1982年より1984年まで、反核ミニコミ誌「一寸の虫」(同時代社刊)刊行した。2002年12月、胆管がんの術後のMRSA感染症による敗血症により死去。 古在由重の開催していた、哲学研究会である、「古在ゼミ」の門下生。1980年代初頭、原水爆禁止世界大会の準備会事務局(日本青年館地下にあった)で、ボランティア活動を行い、市井の多くの人の意見に共感し「戦争はいやだ」(同時代社刊)の出版に協力する。
勝田 泰久(かつた やすひさ、1942年(昭和17年)2月2… 勝田 泰久(かつた やすひさ、1942年(昭和17年)2月20日 - )は、日本の実業家。学校法人大阪経済大学元理事長。りそなホールディングス初代社長。東京都出身。 大和銀行の取締役、常務、専務、副頭取、頭取を歴任。大和銀ホールディングス社長やりそなホールディングス初代社長も歴任した。大和銀行時代には都市銀行として下位であった同行の生き残りのため、スーパーリージョナルバンク構想を打ち出し親密地銀、財務内容の悪化した地銀、破綻地銀を引き受け規模の拡大を図った。また、政界、官僚とのパイプも他都銀頭取に比べ太く、同構想を進展させる上での利点となった。 2003年のりそな銀行の発足と同時に同行の頭取に就任するも、直後にりそな銀行が公的資金の注入を申請したことに伴いりそな銀行頭取、りそなホールディングス社長を辞任することになる。
雁屋 哲(かりや てつ、1941年〈昭和16年/民国30年〉… 雁屋 哲(かりや てつ、1941年〈昭和16年/民国30年〉10月6日 - )は、日本の漫画原作者、エッセイスト。のりこえねっと共同代表。本名:戸塚 哲也(とつか てつや)。別名に阿月田 伸也(あづきだ しんや)、瀬叩 龍(せたたき りゅう)、雁屋F(かりや えふ)がある。 1941年(民国30年、昭和16年)10月6日、中華民国北京特別市に誕生。終戦後に日本に引き揚げ、東京田園調布で育つ。結核性の感染症に冒されて小中学生時代は入退院を繰り返し、医者にかかる機会が多かったことから自らも医師を志望していたが、東大病院の建物の陰気さに嫌悪感を持ち、志望を変更した。東京都立小山台高等学校を経て、東京大学教養学部基礎科学科で量子力学を専攻する。
中杉 弘(なかすぎ ひろし、1941年〈昭和16年〉9月5日… 中杉 弘(なかすぎ ひろし、1941年〈昭和16年〉9月5日 - )は、日本の思想家・実業家・宗教家。本名は黒須 英治(くろす ひではる)。 都立小山台高校中退後、工学院大学専門学校応用化学科卒後、日本電酸工業株式会社に就職、5年間研究室に勤務後、退職。フィリピン国立イーリスト工科大学より、副学長、工学博士授与。日本平和神軍総統、花月食品兼、グロービートジャパン会長として30年間従事して、300店舗達成、イオンド大学総長、正理会名誉会長、宝榮山妙法寺管長。 かつて日経企画出版局などから多くの著作物を刊行しており、『般若心経の大予言』を宝榮山妙法寺の在家僧侶養成講座のテキストとして使われている。 「近年では『寺門興隆』2011年6月号と2012年5月号で宗教法人を売買で取得したとされる宝榮山妙法寺」とウイキペディアで書いている人がいますが、これはウソです。
最上 進(もがみ すすむ、1941年〈昭和16年〉7月23日… 最上 進(もがみ すすむ、1941年〈昭和16年〉7月23日 - 2015年〈平成27年〉4月15日)は、日本の政治家。参議院議員(2期)、群馬県議会議員(2期)。群馬県高崎市出身。 1941年(昭和16年)、父・佐藤勇(運輸省官僚、月島倉庫株式会社副社長)と母・俊子の長男として誕生。出生地は朝鮮京城府栄町。 東京都立小山台高等学校卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科へ進学。1962年(昭和37年)、最上政三(立憲民政党所属代議士)、英子(実母・俊子の姉)夫妻の養子となった。1965年(昭和40年)に卒業。同大学院政治研究科修士課程へ進み、在学中より参議院議員の伯母・英子の第一秘書を務める。 1967年(昭和42年)群馬県議会議員選挙に立候補。
竹中 繁雄(たけなか しげお、1941年(昭和16年) - … 竹中 繁雄(たけなか しげお、1941年(昭和16年) - )は、日本の外交官。法務省入国管理局長やトルコ駐箚特命全権大使を務めた。 東京出身。東京都立小山台高等学校を経て、1965年に一橋大学法学部を卒業し、外務省入省。外務省では主にアジア外交にたずわる。 在大韓民国日本国大使館参事官・広報官室長を務めていた1986年9月17日に、ソウル市鍾路区雲泥洞にあった日本文化センター(日本大使館広報官室)の竹中の室長室が、中曽根康弘(総理大臣)の訪韓反対を主張するナイフを持った高麗大学校と韓国外国語大学校の学生5人に襲撃された。学生らは、竹中の要請でかけつけた警察官に取り押さえられたが、日本大使館が直接の標的となったことから、関係者に大きな衝撃を与えた。
平子 義雄(ひらこ よしお、1940年7月28日 - 201… 平子 義雄(ひらこ よしお、1940年7月28日 - 2011年)は、ドイツ文学者、哲学者、環境問題評論家。兵庫県立大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立小山台高等学校卒、1963年東京外国語大学ドイツ語科卒、1967年東京大学大学院独文専攻修士課程修了。その後マールブルク大学、ハンブルク大学に学ぶ。 帰国後、大阪教育大学助教授、大阪大学言語文化部助教授、88年東大教養学部助教授、89年教授、1998年姫路工業大学環境人間学部教授、兵庫県立大学環境人間学部教授、名誉教授。 夫人は歌人、教育学者の平子恭子。
真樹 日佐夫(まき ひさお、1940年〈昭和15年〉6月16… 真樹 日佐夫(まき ひさお、1940年〈昭和15年〉6月16日 - 2012年〈平成24年〉1月2日)は、日本の漫画原作者・小説家・空手家。本名:高森 真土(たかもり まつち)。 世界空手道連盟真樹道場宗師 キックボクシング真樹ジム会長。株式会社真樹プロダクション代表取締役、元極真会館本部道場師範代、元マス大山カラテスクール責任者。元ビッグマウス・ラウド特別顧問。NPO・アジア地域戦没者慰霊協会名誉顧問。映画・Vシネマの企画プロデュースや、格闘技のイベント興行・マッチメイクも不定期に手がけていた。 ペンネームは、高森3兄弟の本名の構成漢字を組み合わせる案を梶原が出し、これに従ったという。すなわち、梶原の「朝樹」と「真土」から1字ずつとって姓を「真樹」とし、下の名は三男の名「日佐志」を基に「志」を語呂良く「夫」に置き換えたものである。