スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
冨田 康平(とみた こうへい、1996年6月9日 - )は、… 冨田 康平(とみた こうへい、1996年6月9日 - )は、埼玉県所沢市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・AC長野パルセイロ所属。ポジションはディフェンダー。 さいたま市立浦和高校を経て、2015年に早稲田大学に入学しア式蹴球部に入部。早稲田大学では左サイドバックとしてプレーしている。2018年6月29日、2019年からの京都サンガF.C.への加入内定が発表された。同年8月7日、特別指定選手として京都に選手登録され、8月11日のFC岐阜戦でJリーグ公式戦初出場を果たした。 2021年12月23日、FC今治へ完全移籍により加入した。 2023年、FC今治を退団。 2024年、AC長野パルセイロに移籍。
戸嶋 祥郎(としま さちろう、1995年9月26日 - )は… 戸嶋 祥郎(としま さちろう、1995年9月26日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市浦和区)出身のプロサッカー選手。Jリーグ・柏レイソル所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 2014年にさいたま市立浦和高等学校(3年時、全国高等学校サッカー選手権大会16強)から筑波大学へ一般入試で進学し、蹴球部へ入部。在学中、2度天皇杯へ出場した。特に4年時の第97回大会ではJリーグのチームを3度破り(YS横浜・仙台・福岡)、4回戦まで進出した。また、4年時には、関東大学サッカーリーグ戦で優勝し、自身はMVP及びベストイレブンに選出された。2017年夏季ユニバーシアードの代表にも選出され、チームの優勝に貢献した。
大山 啓輔(おおやま けいすけ、1995年5月7日 - )は… 大山 啓輔(おおやま けいすけ、1995年5月7日 - )は、埼玉県さいたま市出身のプロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 元サッカー選手の大山俊輔は実兄。 大宮アルディージャジュニアの1期生。ジュニアユースを経て、2011年にユースへ昇格。同年、埼玉県選抜としておいでませ!山口国体に出場した。2012年8月からは、トップチームに2種登録選手として選手登録。2013年も引き続きトップチームに帯同。 2014年より、トップチームへ正式に昇格。クラブを代表するプレーヤーだったMF斉藤雅人が着用し、引退後は4年間欠番となっていた背番号15を背負う。同年2月、J3に参戦するJリーグ・アンダー22選抜に選手登録された。
吉田 直矢(よしだ なおや、1994年12月20日 - )は… 吉田 直矢(よしだ なおや、1994年12月20日 - )は、埼玉県出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 川崎フロンターレU-18を経て、筑波大学へ進学。4年次に全日本大学サッカー選手権(インカレ)でゲームキャプテンを務め、優勝に貢献した。 2017年より、tonan前橋へ加入。同年8月、ザスパクサツ群馬へアマチュア契約で移籍加入した。2018シーズンよりプロ契約に変更。シーズン終了後、契約満了により退団。 2019年、いわてグルージャ盛岡に加入。 2020年、いわてグルージャ盛岡との契約満了。 2021年、ヴェルスパ大分に移籍。 2022年末でヴェルスパ大分を退団。 2023年、神奈川県社会人サッカーリーグ1部の品川CC横浜に移籍した が、8月4日に東京武蔵野ユナイテッドFCに移籍することが発表された。
石井 里奈(いしい りな、1989年10月25日 - )は、… 石井 里奈(いしい りな、1989年10月25日 - )は、日本の女性ファッションモデル、OL、ヨガインストラクター、インフルエンサー。 埼玉県出身。さいたま市立浦和高等学校卒業、上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業。
辻 峰拓(つじ たかひろ、1989年10月2日 - )は、日… 辻 峰拓(つじ たかひろ、1989年10月2日 - )は、日本の吹奏楽作曲家、編曲家。 埼玉県さいたま市出身。さいたま市立浦和高等学校卒業。高校より吹奏楽部に所属し、コントラバス、ギター、ベースを担当。また、作編曲に興味を持ち、演奏会などで自作を発表する。京都市立芸術大学音楽科作曲・指揮専攻を首席で卒業。作曲を、松本日之春、前田守一、葛西聖憲、中村典子、岡田加津子、トランペットを早坂宏明、吹奏楽法を黒川圭一にそれぞれに師事。京都市立芸術大学大学院音楽研究科作曲専攻を卒業。
大野 拓朗(おおの たくろう、1988年11月14日 -)は… 大野 拓朗(おおの たくろう、1988年11月14日 -)は、日本の俳優、モデル。東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。身長184 cm。妻は女優・プロデューサーの佐藤玲(さとう・りょう)。 小学校卒業まで東京在住。中学から埼玉へ移住。 さいたま市立上大久保中学校、さいたま市立浦和高等学校ではバスケットボール部に所属。1年間宅浪した後、立教大学コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科に入学、その後卒業。高校在学中に、3年連続でミスター・コンテストにて優勝を果たす。 2009年、立教大学で第25回ミスター立教に選出される。 2010年1月31日「ホリプロ創業50周年記念事業」新人俳優オーディション『キャンパスター☆H50with MEN’S NON-NO』でグランプリを受賞。
藤光 謙司(ふじみつ けんじ、1986年5月1日 - )は、… 藤光 謙司(ふじみつ けんじ、1986年5月1日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身。三室小学校、三室中学校、市立浦和高校、日本大学卒業。300mの元日本記録保持者。マネジメント契約先は藤光謙司個人事務所。 三室中学校3年時の2001年に、参加標準記録ピッタリで全日中の100mと200mに初出場を果たすも、両種目で予選敗退に終わる。 さいたま市立浦和高校2年だった2003年に世界ユース選手権日本代表に選出され、200mとメドレーリレーに出場した。200mは準決勝で敗退したが、メドレーリレーでは2走を務めて銅メダルを獲得した。 日本大学2年だった2006年に関東インカレの200mで20秒46を記録するなどしていたが、日本選手権で好成績を上げることができず、大学時代はオリンピックや世界選手権の出場経験はなかった(2007年のアジア選手権に出場経験があり、200mで優勝している)。
大山 俊輔(おおやま しゅんすけ、1986年4月6日 - )… 大山 俊輔(おおやま しゅんすけ、1986年4月6日 - )は、埼玉県大宮市(現さいたま市見沼区)出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。早稲田大学人間科学部eスクール(通信教育課程)人間環境科学科卒業。 実弟はツエーゲン金沢の大山啓輔。 浦和レッドダイヤモンズ下部組織育ちの生え抜きとして2004年から浦和のトップチームに昇格。しかし厚い選手層のため出場機会に恵まれず、2007年にJ2愛媛FCへ期限付き移籍しレギュラーに定着、経験を積んだ。 2008年は湘南ベルマーレに期限付き移籍。しかし、16試合出場に留まった。 2009年、愛媛FCに完全移籍で再加入。 2013年、カターレ富山に完全移籍。
門山 哲也(かどやま てつや、1983年10月22日 - )… 門山 哲也(かどやま てつや、1983年10月22日 - )は、埼玉県出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ車体ブレイヴキングス刈谷でチームディレクターを務めている。 2005年に日本ハンドボールリーグのトヨタ車体へ加入。 2006-07年シーズンはリーグ4位の得点(110得点)を挙げ、最優秀新人賞を受賞。 2007-08年シーズンはリーグ9位タイのフィールド得点(74得点)を記録。 2008年5月に北京オリンピック世界最終予選の日本代表に選出。 2008-09年シーズンはリーグ8位の100得点を記録した。 2009-10年シーズンはリーグ2位の83得点を記録し、ベストセブンに選出された。
床井 伸太朗(とこい しんたろう、1982年10月28日 -… 床井 伸太朗(とこい しんたろう、1982年10月28日 - )は、埼玉県さいたま市出身の元サッカー選手。 ポジションは、FW、MF、DF。
町田 多聞(まちだ たもん、1982年2月14日 - )は、… 町田 多聞(まちだ たもん、1982年2月14日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。ポジションはFW。
蓮見 孝之(はすみ のりゆき、1981年6月2日 - )は、… 蓮見 孝之(はすみ のりゆき、1981年6月2日 - )は、TBSテレビのアナウンサー。同局では、知育教育プロジェクトや放送表現用語委員会の委員も務めている。 浦和市立大牧小学校(現・さいたま市立大牧小学校)、浦和市立尾間木中学校(現・さいたま市立尾間木中学校)、浦和市立高等学校、法政大学経済学部卒業。 以下の番組には、2023年6月に休職するまでレギュラーで出演。休職期間中の同年9月から、「一時離脱」と扱われていた。2024年1月に復職してからは、出演を再開していない。
柿沼 亨(かきぬま とおる、1981年5月13日 - )は、… 柿沼 亨(かきぬま とおる、1981年5月13日 - )は、埼玉県出身の元サッカー審判員、元サッカー選手。 市立浦和高等学校から筑波大学に進学し、蹴球部に入部。大学院修士課程進学後はジョイフル本田つくばFCでプレーを続け、大学院修士課程修了の2006年をもって現役を引退。 選手活動と並行してジュニア年代のサッカークラブのコーチも務めており、卒業後に日本サッカー協会 (JFA) テクニカルハウスと契約。2011年に1級審判員の資格を取得し、2013年には3級審判インストラクターの資格も取得した。2012年から日本フットボールリーグ (JFL) の主審を務め、2014年からは日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の主審も担当。
堀之内 聖(ほりのうち さとし、1979年10月26日 - … 堀之内 聖(ほりのうち さとし、1979年10月26日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市緑区)出身の元プロサッカー選手、フットゴルフ選手。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック)、ミッドフィールダー(ボランチ)。 妻は元シェキドルの荒井沙紀。 旧浦和市に生まれた生粋の「浦和っ子」で、浦和三室サッカー少年団時代から才能を評価されて市内少年団選抜チームのFC浦和のメンバーとしてもプレー、浦和市立三室中学校を経て浦和市立高等学校へ進学し、2年時には第75回全国高等学校サッカー選手権大会に出場してボランチとして中盤を統率し準々決勝にて中村俊輔擁する桐光学園高等学校に惜敗、主将を務めた3年時は埼玉県大会決勝で埼玉県立浦和東高等学校に逆転負けしたが同大会にて2年連続で優秀選手に選出された。
那須 洋子(なす ひろこ、1979年3月3日 -)は、フリー… 那須 洋子(なす ひろこ、1979年3月3日 -)は、フリーアナウンサー、静岡第一テレビ(SDT)の元アナウンサー。
陣内 智衣(じんのうち ともい、1978年9月30日 - )… 陣内 智衣(じんのうち ともい、1978年9月30日 - )は、ジョイスタッフ所属のフリーアナウンサーで、元石川テレビアナウンサー。 埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身。てんびん座、血液型はB型。愛称は「陣ちゃん(じんちゃん)」。 浦和市立高等学校(現さいたま市立浦和高等学校)卒業。在学中、高校野球埼玉県大会や全国高校サッカー選手権大会に出場した際、チアリーダー部員として応援した。 獨協大学在学中、東京アナウンスセミナーに通っていた。大学卒業後、2002年4月から2年間NHK高知放送局のキャスターとして夕方の情報番組で活動。またスポーツ中継や『おはよう日本』「西日本の旅」リポーターを務める。 2004年4月石川テレビ放送アナウンサーとなる。
井上 敦史(いのうえ あつし、1977年5月28日 - )は… 井上 敦史(いのうえ あつし、1977年5月28日 - )は、埼玉県新座市出身の元サッカー選手。現役時のポジションはゴールキーパー。 浦和市立高校時代から活躍して国体埼玉県選抜に選ばれる。筑波大学では4年次に関東大学リーグ優勝、インカレ準優勝などに貢献した。2000年にコンサドーレ札幌入団。しかし、佐藤洋平が正GKにいたため出場機会は無く、若手の藤ヶ谷陽介の台頭もあって2003年に戦力外となる。 その後トライアウトを経て2004年にJFLの横河武蔵野FC に加入した。移籍後は正GKとして活躍し2005年には副主将、2006年には主将を務めた。 2007年にJリーグ参入を目指すガイナーレ鳥取に移籍。
町 亞聖(まち あせい、本名:同じ、1971年8月3日 - … 町 亞聖(まち あせい、本名:同じ、1971年8月3日 - )は、埼玉県蕨市出身のフリーアナウンサー。元日本テレビ社員(報道局記者、報道キャスター、アナウンサー)。愛称は、あーちゃん。 与論島出身の父を持ち、たびたびハーフと間違えられて育った。亞聖という名は父の命名で、聖人に次ぐ第2の君子を意味する。浦和市立高等学校(現:さいたま市立浦和高等学校)卒業。在学中、野球部が夏の甲子園に出場した際、チアリーダー部員として応援した。身長162cm。 高校3年の時に母親がくも膜下出血で倒れ、それが原因で認知症になり、以後10年にわたり母親の介護をしていた。介護のほか、妹弟の世話や家族が住むマンションのローン返済も担っていたという。
朝岡 実嶺(あさおか みれい、1970年4月18日 - ) … 朝岡 実嶺(あさおか みれい、1970年4月18日 - ) は、日本の女優。伊丹十三、野島伸司などの作品への出演でも知られる。Green Brush Management所属。埼玉県出身。 1991年にAVデビュー。きっかけは、東京の街頭でのスカウト。現役女子大生の正統派美少女として、ジャンルは違えど白石ひとみとともに1990年代前半に一世を風靡し、人気を博す。 AV女優時代の1993年、野島伸司三部作の一作目『高校教師』に出演。このドラマが一般作品のデビュー作品となった。これをきっかけに本格的に一般女優へ転進。 1993年、『実嶺ラストFUCK』でAVを引退。 1995年、野島三部作の三作目『未成年』に出演。
白戸 圭一(しらと けいいち、1970年-)は日本のアフリカ… 白戸 圭一(しらと けいいち、1970年-)は日本のアフリカ地域研究者。立命館大学国際関係学部教授。 埼玉県出身。市立浦和高等学校、立命館大学国際関係学部卒業、立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了後、1995年毎日新聞社入社。鹿児島支局、福岡総局(現西部本社報道部福岡本部)、外信部、ヨハネスブルク特派員、政治部、ワシントンD.C.特派員を経て2014年3月退社。三井物産戦略研究所に入社後、主席研究員、欧露中東アフリカ室長などを経て退職。2018年4月より現職。 単著「ルポ資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と繁栄」(東洋経済新報社)で第53回日本ジャーナリスト会議賞受賞、第9回新潮ドキュメント賞最終候補。
笠岡 誠一(かさおか せいいち、1967年7月22日 - )… 笠岡 誠一(かさおか せいいち、1967年7月22日 - )は、日本の栄養学者、博士(農学)(愛媛大学)。文教大学健康栄養学部管理栄養学科教授。マネジメントエージェント キャスティングドクター所属。 1967年7月に広島県三原市で生まれて小学5年で埼玉県へ転居し、1986年にさいたま市立浦和高等学校、1991年に東京農業大学農学部栄養学科、それぞれを卒業する。1993年に東京農業大学大学院農学研究科食品栄養学専攻博士前期課程を修了し、1999年に愛媛大学大学院連合農学研究科で博士(農学)を授かる。1993年4月から2000年3月31日まで山之内製薬健康科学研究所研究員、2007年4月から2008年3月31日までアメリカ国立衛生研究所研究員、2014年4月から文教大学健康栄養学部管理栄養学科教授、2015年から理化学研究所客員研究員、それぞれ勤務する。
むらかわみちお(1964年9月26日 - )は、日本の漫画家… むらかわみちお(1964年9月26日 - )は、日本の漫画家。東京都荒川区在住。 東京生まれ、埼玉の寒村に育つ。浦和市立浦和高等学校、某大学法学部卒。現在は東京都荒川区在住。 大学卒業後、広告代理店勤務や編集者業などと並行して漫画を執筆発表し続ける。一時、亡父の跡を継ぎ電気設備メーカーの代表取締役を務めていたが、会社を廃業し、現在は漫画家を生業とする。表千家茶道を学び、宗名は「宗迪(そうてき)」。 熱烈な『宇宙戦艦ヤマト』ファンであり、業界機関誌の編集者時代に「1999年ヤマト発進200年前記念本」を自ら企画し編集者、出版社にもちかけていた。 2011年、友人であり同じくヤマトファンの出渕裕が総監督を務める『宇宙戦艦ヤマト2199』で総監督からの依頼を受け、劇中のディスプレイデザインを担当した。
野島 伸司(のじま しんじ、1963年3月4日 - )は、日… 野島 伸司(のじま しんじ、1963年3月4日 - )は、日本のテレビドラマ、映画、アニメーションの脚本家、シナリオライター。血液型はA型。 脚本業を始め現代詩、作詞、絵本、小説、漫画、アニメーションの分野にも進出している。 新潟県柏崎市出身。1981年、さいたま市立浦和高等学校卒業。その後中央大学法学部政治学科中退後に渡米し、ロサンゼルスに滞在。ホームステイをしながらUCLAに通う。帰国後、飲食店、肉体労働、テレビ局におけるフロアディレクターなどのアルバイトを転々とし、22,3歳の頃、青森県の製缶工場でまるでロボットのように黙々と作業していた時の反動でアイデンティティを確立したいと強く思い、帰りがけにたまたま見た雑誌に載っていたシナリオ募集に応募してみようと決意し、ワープロで初めて執筆した。
田中 孝司(たなか こうじ、1955年11月2日 - )は、… 田中 孝司(たなか こうじ、1955年11月2日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身 の元サッカー選手。元日本代表。サッカー指導者。サッカー解説者。ポジションはMF、DF。 明治大学を経て、1978年に日本サッカーリーグの日本鋼管サッカー部(のちのNKK)に入部。JSL1部で通算143試合出場を記録した。1982年1月16日のボカ・ジュニアーズ戦で日本代表として初出場した。なお、国際Aマッチで通算20試合3得点を記録して日本代表の主将も務めた。なお、1982年1月に行われた日本代表vsボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)との3試合で、ディエゴ・マラドーナとマッチアップした。 1988年に引退後は1989年から1992年までNKKのコーチを務めた後、1993年にはU-18日本代表の監督を務め、1995年から名古屋グランパスエイトのコーチに就任した。
清水 秀彦(しみず ひでひこ、1954年11月4日 - )は… 清水 秀彦(しみず ひでひこ、1954年11月4日 - )は、東京都出身の元サッカー選手(FW、MF)・サッカー指導者、サッカー解説者。 浦和市立高3年次の1972年に高校サッカー選手権優勝を経験し、法政大学経営学部卒業後の1977年に日産自動車サッカー部に入部。1983年にはセンターFWのポジションを柱谷幸一に譲り、豊富な運動量、中盤のディフェンシブなMFとしてプレー。冷静な判断力と高い戦術眼を生かし、攻守のバランスを整える存在となり、好守に活躍してチームの躍進に貢献。1985年からはコーチ兼任となり、1988年限りで現役を引退。 引退後は日産→横浜マリノスでヘッドコーチ(1989年 - 1990年)、監督(1991年 - 1994年)を務めた。
榎本 一夫(えのもと かずお、1953年12月18日 - )… 榎本 一夫(えのもと かずお、1953年12月18日 - )は、日本のデザイナー、有限会社バナナグローブスタジオ元代表取締役。 愛称は「えのん」「えのっぴ」「えのサン」など。 『ドラゴンクエスト』のロゴデザインで知られている。また、集英社の少年向け漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』の読者投稿コーナー「ジャンプ放送局」の一員であり、同コーナーに携わっていたさくまあきらが制作したコンピュータゲーム『桃太郎伝説』およびその派生作品である桃太郎電鉄シリーズでは、同コーナーの作画を担当していた土居孝幸が榎本をモデルとしてデザインしたキャラクター・貧乏神(ボンビー)が登場する。 埼玉県さいたま市出身。浦和市立高等学校、駒澤大学法学部卒業。
肥留間 正明(ひるま まさあき、1949年5月15日 - 2… 肥留間 正明(ひるま まさあき、1949年5月15日 - 2023年2月18日)は、日本のジャーナリスト、芸能文化評論家、出版プロデューサー、著作家。ペンネームは菅原 岳(すがわら たけし)、本庄 初(ほんじょう はじめ)がある。 『女性自身』『週刊宝石』『FLASH』などの週刊誌記者を務め、のち音羽出版を設立。 埼玉県さいたま市生まれ。日本大学法学部卒業。 芸能記者としてのデビュー当時は、「山口百恵と桜田淳子の区別がつかなかった」知識であった。学生時代から映画が大好きで『昭和残侠伝』『仁義なき戦い』、そしてアメリカンニューシネマを並木座などの名画館に追い求めて、ひたすら鑑賞。 1969年、女性自身の記者に転じグラビア班に配属される。
樗沢 憲昭(ぶなさわ のりあき、1947年11月3日 - )… 樗沢 憲昭(ぶなさわ のりあき、1947年11月3日 - )は、アメリカ在住の日本の柔道家 。9段を取得。海外ではノリ・ブナサワ(Nori Bunasawa)としても知られる。1972年ミュンヘンオリンピックの米国のテクニカルコーチ。1975年世界柔道選手権大会における米国チームのコーチ。柔道、柔術リサーチャー、武道の歴史研究家や作家、スポーツジャーナリスト、俳優、ファイトコリオグラファー、脚本コンサルタントとしても活動している。1996年アトランタオリンピックでは IJF (国際柔道連盟)の主席報道官(プレスチーフ)を務める。 1979年アメリカでJudo Journal社を立ち上げる。同年から2008年まで英語版武道専門紙『Judo Jiujitsu Profighting Journal』を発刊する。
日高 憲敬(ひだか のりたか、1947年5月29日 - )は… 日高 憲敬(ひだか のりたか、1947年5月29日 - )は東京都出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード。 浦和市立高等学校在籍時に高校選手権(1965年度)優勝に貢献。大学は立教大学に進学し、川上信夫と共に1969年度の天皇杯準優勝に貢献(1970年1月1日、1-4東洋工業)した。なお、これは現在に至るまで大学勢最後の決勝進出となっている。卒業後に日本サッカーリーグ1部の新日本製鐵サッカー部に入部し中心選手として活躍した。JSL1部通算成績は114試合50得点15アシスト。 日本代表としても、1970年6月4日のサウサンプトンFC戦で代表デビューを飾り、ワールドカップ西ドイツ大会予選など、国際Aマッチ4試合に出場した。
鈴木 保(すずき たもつ、1947年4月29日 - )は、埼… 鈴木 保(すずき たもつ、1947年4月29日 - )は、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。元サッカー日本女子代表監督(1989年-1996年、1999年)。 浦和市立高校(現:さいたま市立浦和高校)では全国高校サッカー選手権に優勝、立教大学では1969年度に第18回全国大学サッカー選手権、第49回天皇杯に準優勝し、主将も務めた。U-19日本代表の一員として1966年にフィリピンで開催されたAFCユース選手権1966に出場した。 サッカー部設立を目指す日産自動車の関係者から相談を受けた岡野俊一郎がユース代表監督時代の教え子である鈴木を推薦したことにより1970年度に日産自動車に入社。
近江 友介(おうみ ゆうすけ、1946年12月26日 - )… 近江 友介(おうみ ゆうすけ、1946年12月26日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションはFW(左ウイング)。 都内の小学校入学後すぐに群馬県前橋市に転居。小学4年生のときに埼玉県浦和市(現さいたま市)に転居した。浦和市立高等学校3年次に主将として日高憲敬や鈴木保らと共に1965年度の高校選手権優勝に貢献。法政大学を経て1970年に日立製作所に入部。同年に日本代表に選出され、1970年のアジア競技大会など、国際Aマッチ5試合に出場した。
落合 弘(おちあい ひろし、旧姓:山田、1946年2月28日… 落合 弘(おちあい ひろし、旧姓:山田、1946年2月28日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市)領家出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現「浦和レッドダイヤモンズ ハートフルクラブ」キャプテン。元々はFWや攻撃的MFを務めていた が年齢と共にポジションを下げ、守備的MFやセンターバック、サイドバックをこなすなど守備のユーティリティプレーヤーとして活躍した。 生誕6日後に父が亡くなり、母子家庭で育った。貧しかったことから技術を身に着けるために埼玉県立川口工業高校への進学を目指すも、中学時代の教師の勧めもあり浦和市立高校に入学した。浦和市立高校では1962年と63年の国民体育大会で2連覇。全国高等学校サッカー選手権大会では1年次から3大会連続出場を果たし2年次に準優勝、3年次には3位入賞。
武藤 博(むとう ひろし、1937年〈昭和12年〉4月20日… 武藤 博(むとう ひろし、1937年〈昭和12年〉4月20日 - )は、日本の政治家。埼玉県・旧上福岡市の最後の市長である。 埼玉県浦和市生まれ、6人兄弟の次男。父は浦和市議会議員、浦和市収入役を務めた。 元大蔵・財務事務次官、元日本銀行副総裁で、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会事務総長及び理事の武藤敏郎は弟。 1955年3月、浦和市立高等学校卒業。父病気のため高校卒業後は東京都内で3年間の修業を積んだ後、地元で浴場を開業した。1966年、上福岡に支店を出したことを契機に転居。PTA活動などをきっかけに市議会議員へ。 1979年4月、統一地方選挙上福岡市議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。
永瀬 洋治(ながせ ようじ、1931年(昭和6年)9月10日… 永瀬 洋治(ながせ ようじ、1931年(昭和6年)9月10日 - 2012年(平成24年)2月11日)は日本の政治家。埼玉県川口市長(第15代 - 第18代)。 埼玉県川口市出身。市立浦和高等学校を経て1954年に立教大学を卒業し、川口市役所に就職、1967年に川口市議会議員に初当選、この年の第22回国民体育大会では事務局長を務めた。 埼玉県議会議員を経て1981年から1997年まで4期16年川口市長を務めた。市長退任後も日本体育協会の理事、埼玉県体育協会の副会長、埼玉県国際交流協会の副会長、日本オペレッタ協会の理事を務めた。 市長在任中、「文化の香る街づくり」を掲げて川口駅前の公害資源研究所跡地の払い下げを受けて川口リリアを建設すると共に川口市民音楽協会会長(市長を退任した1998年から名誉会長)に就任、第九の会などを設立した。
筒井 富栄(つつい とみえ、1930年6月22日 - 200… 筒井 富栄(つつい とみえ、1930年6月22日 - 2000年7月23日)は歌人。 1930年、物理学者・筒井俊正の長女として東京都に生まれる。1943年に跡見高等女学校に入学するが、戦時下のため山梨県甲府市に疎開し、山梨県立第一高等女学校(現山梨県立甲府西高等学校)に転校。終戦後は東京転入規制のため、埼玉県浦和市立高等女学校(現さいたま市立浦和高等学校)に転校する。 1948年に住友銀行東京支社に入社し秘書を務めるが、社会人になってまもなく脊椎カリエスに罹り、2年間寝たきりの生活を送った。快癒後始めた染色を通じて荻野須美子と知己を得、1956年、歌誌「近代」(1963年に「個性」と改題)に入会、加藤克巳に師事する。
紫峰 七海(しほう ななみ、10月24日 - )は、元宝塚歌… 紫峰 七海(しほう ななみ、10月24日 - )は、元宝塚歌劇団花組の男役。元花組副組長。 埼玉県さいたま市、市立浦和高等学校出身。身長169cm。愛称は「ふみか」。 所属事務所はMC企画。 1998年、宝塚音楽学校入学。 2000年、宝塚歌劇団に86期生として入団。入団時の成績は23番。花組公演「源氏物語 あさきゆめみし/ザ・ビューティーズ!」で初舞台。組まわりを経て花組に配属。 2014年5月12日付で花組副組長に就任。 2015年12月27日、「新源氏物語/Melodia」東京公演千秋楽をもって、宝塚歌劇団を退団。 宝塚市内の歯科でアルバイト勤務
鈴木 ともみ(すずき ともみ)は、経済キャスター、ファイナン… 鈴木 ともみ(すずき ともみ)は、経済キャスター、ファイナンシャル・プランナー・DC(確定拠出年金)プランナー。 埼玉県出身。浦和市立高校(現・さいたま市立浦和高校)、中央大学経済学部国際経済学科卒業後、日本短波放送(現・ラジオNIKKEI)に入社。経済番組ディレクター、マーケット記者を経て独立。生島企画室との提携キャスターとなったのち、プロダクション会社の代表取締役社長兼経済キャスターとなる。 現在、国士館大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員、多様性キャリア研究所副所長、日本記者クラブ会員記者。埼玉大学大学院人文社会科学研究科経済経営専攻博士前期課程を修了し、経済学修士を取得。