雷 震(らい しん、1897年 - 1979年)は、中華民国の政治家・言論人。戦後台湾における白色テロの犠牲者。字は儆寰。 青年期に日本に留学し、1917年に中華革命党に参加。1926年、京都帝国大学法学部を卒業した後、大学院に進学し憲法を専攻した。同年中国に戻った後、1927年に母校である浙江省立第三中学(現在の湖州中学)校長に就任し、後に国民党政府法制局編審に任命され王世杰の部下となる。1932年には中国国民党南京党代表大会主席団主席、1934年7月には教育部総務司司長を歴任。日中戦争間は蔣介石の信任を得て国民参政会副秘書長などに任命される。1946年1月、政治協商会議(中国語版)秘書長に就任し、各党派の意見の調整に当たる。
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