杉浦 守邦(すぎうら もりくに、1921年5月8日 - 2015年12月4日)は、日本の医師、医学史家、山形大学名誉教授。位階は従四位。 1945年、京都府立医科大学卒。1955年、「教職員結核の疫学的研究」で同大医学博士。同大学助手、滋賀県教育委員会学校衛生技師、山形県教育委員会学校保健課長。1965年、山形大学教育学部教授。1969年から1981年まで、同大学保健管理センター所長。1987年、定年退官、名誉教授、京都蘇生会総合病院副院長、2004年、同名誉院長。 1996年に勲三等旭日中綬章を受けた。 『江戸期文化人の死因』で、間宮林蔵の死因を梅毒と推定した。
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