伊勢 桃代(いせ ももよ、1937年〈昭和12年〉- 2024年〈令和6年〉1月3日)は日本の実業家、元国際連合職員、国連大学理事長、国連システム元国際公務員日本協会(AFICS-Japan)元会長。日本人初の国連大学事務局長などを務めた。 京都府出身。慶応義塾大学文学部社会学科に進学し、有賀喜左衛門のもとで社会学に興味を持ち社会学を専攻し、社会学学士号を取得。1962年、シラキュース大学マックウェル大学院にて計量社会学学士号を取得。1964年までハーバード大学にて比較文化研究に従事する。1964年からオファーを受けたことでジョンソン大統領下で反貧困政策に従事する。この経歴が評価されたことや、伊勢がニューヨークタイムズ紙に掲載された市民権のないイスラエル人の労働を違法であると認めるべきの内容を読んだことがきっかけとなり、1969年より国連職員としてニューヨーク本部で勤務する。
出典:ウィキペディア「伊勢桃代」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
