長 晴登(ちょう はると、1866年9月30日(慶応2年8月22日) - 1916年(大正5年)8月25日)は、日本の政治家、衆議院議員(3期)。 山形県東置賜郡赤湯村(現在の南陽市)出身。1880年に米沢中学(興譲館)を卒業し上京。中村正直の同人社、ついで慶應義塾大学で学ぶ。 1886年に中学校と師範学校の教師免許を取得し郷里に帰るが、教員にはならず、高名な宗教家である北畠道龍に師事して宗教学を学び、師と共に各地に布教活動を行った。 1891年に重野謙次郎、戸狩権之助らと山形自由クラブを結成。1892年に東置賜郡会議員、ついで1895年に山形県議会議員となる。のち立憲政友会に参加。 実業界では、1894年に赤湯町に設立された金融会社の監査役に就任。
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