名取 和作(なとり わさく、1872年6月3日〈明治5年4月28日〉 - 1959年〈昭和34年〉6月4日)は、大正から昭和にかけて活動した日本の実業家である。電機メーカー富士電機製造(現・富士電機)の初代社長や時事新報社社長などを務め、貴族院廃止直前の短期間だが貴族院勅選議員にも在任した。子に写真家・編集者の名取洋之助がいる。 名取和作は、明治5年4月28日(新暦:1872年6月3日)、筑摩県諏訪郡上蔦木村(現在の長野県諏訪郡富士見町)に名取和三郎の長男として生まれた。名取家は「桔梗屋」の屋号で造り酒屋を営む旧家で、元は裕福な家であったものの、明治時代に入ってからは松方デフレの影響で没落していた。
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