広瀬 謙次郎(ひろせ けんじろう、1918年〈大正7年〉 - 2004年〈平成16年〉6月1日)は、日本の予知能力者。東京銀座生まれ。父は、日本の実業家。日本商工会議所初代会頭、貴族院議員を務めた藤田謙一(1873年 - 1946年)。この父の「謙」の字を継ぎ命名された。学生時代に広瀬家の養子となる。 1918年、実業家の藤田謙一の息子として東京市京橋区銀座に生まれる。慶應幼稚舎(小学校)に入学し、附属学校を経て、慶應義塾大学 経済学部へ進学。裕福な時代の藤田家で暮らすが、父藤田謙一の賞勲局疑獄による失脚で、没落した藤田家を離れ、広瀬家の養子となる。1941年、同大学を卒業し、徴兵で中国大陸へ派兵され、蕪湖・蘇州・上海など4年間転戦し、1945年、上海から復員・帰国。
出典:ウィキペディア「広瀬謙次郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
